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ー 堕落男


 木崎(きさき) (ひとし)

 昭和42年3月産まれの29歳、職業はフリーター。



 実家に住んでいる彼は、最低賃金635円という社会に特に文句があるわけでもなく適当にバイトをしながら毎日を過ごしていた。


 叔父も叔母も親戚もいない核家族(かくかぞく)ではあったが、親の事業が成功してたか裕福な家家庭で産まれたので、不自由の無い幼少期を過ごす。

 小学生になってからはテレビに世界名作劇場が始まった事と、オイルショックに父が悩む姿が印象に残っている。中学になる頃には半袖スーツの父が、ウォークマンとインベーダーゲームに夢中で勉学(べんがく)が疎かになった彼を叱り、まぁまぁ、と母が(なだ)めるのがいつものこと(恒例行事)となっていたが、どうにか高校に進学。

 今度はファミコンにハマってしまい、勉強をしなければ開演された()()()の遊園地に連れて行かないと脅される。



 世間的には見れば自他共に認める裕福な普通の子供であった彼が持つ自慢は、自身の()である。


 スポーツをしているだけで女子生徒たちから黄色い声援が飛んでくるし、ビデオレコーダーが発売された時には、映画が家で観れる、と言うだけで家に女の子を呼ぶのも簡単だった。高校生の時はモテそうだからとギターを練習、CDプレーヤーを買ってもらってメリーアンの曲を練習していたらあだ名がアルフィーと呼ばれ人気者だった事もあったが、木崎仁という男の女好きが拍車が掛かったのが父の勧めた四年制大学に進学した頃。


 バブル到来を期に、彼のモテ期がやってきたのだ。


 入学した時点で、元から多い方だった母からのお小遣いが5万円の上乗せになっていた事からすでに到来していたようだが、目に見えて現れたのが大学生3年目。

 お気に入りのシール付きのチョコを頬張(ほおば)った後にボディコン会場に紛れ込んでは何度も年上の女性を狙っては甘い言葉で口説いては堕とし、大学の男連中からは名作をもじって、(へい)の中の()()()()()()、などと茶化される。

 父の自慢(じまん)するパソコンの良さはよく分からず、とりあえず持っていれば機械をよく知らない同年代からは“実は頭が良い”と(はく)を付けて騙す事にも使っていた。


 平成に入り、大学を卒業する頃には数々の女性を籠絡(ろうらく)させ、卒業ができたのも大学の女教師との()()によってできたようなもので、彼が学んだ事といえば女ウケの良い容姿(ビジュアル)流行(トレンド)を学び、よく回る()(かわ)かさない事の2つである。

 大学を卒業したにも(かか)わらず、天職(てんしょく)()()()(つと)める事を両親に話した時には、激怒(げきど)した父親に(いのち)である顔面を殴られそうになり、財布を持って逃げ出すように家出(いえで)をする結果となってしまった。


 まともに顔を向き合う事もできずに逃げ出す自分を止めるために涙声(なみだごえ)で叫んでいた母の声を背中で聞いた事を忘れられず、罪悪感(ざいあくかん)から、父には内緒(ないしょ)で母とはポケベルで連絡を取り合い、ホスト(づとめ)の毎日を過ごす事になる・・・が。



 1991年3月、バブル崩壊による景気悪化によって、父の運営していた会社が次々に倒産。


 崩壊から1年も経たない内に、【500731】(ごめんなさい)という母からの言葉を切っ掛けに、実家に駆けつけた彼が見たのは、“この先危険”と書かれたガス漏れの注意書きと山積みになっている請求書、ガスによって自殺をした父と母の姿だった。



 “葬式はいらない 達者に暮らせ”



 それだけ書かれた宛名の無い達筆(たっぴつ)な父による遺書(いしょ)を見て、自身に向けた言葉なのだと悟った彼は、泣きながら家族と過ごした過去を思い返しながら悔い改めようと決心し、ホストを辞める事となる。


 奇跡的ではあるが株に頼らず、幾千万(いくせんまん)と女性客から現金で()()()()()されていた彼は稼ぎだけは良く、不況(ふきょう)によって激減したセレブ達がいなくとも、平成8年となった今でも食うには全く困らなかった。


 しかし、年中(ねんじゅう)楽しい方へ、好きな方へと寄っては遊んでばかりいた男が一度の決心程度で変われるわけが無い。

 勤務内外(きんむないがい)問わず(たび)に異性関係による問題を起こしては叩き出され、かと言って関係が切れる(わけ)でも無く、新しい勤め先でも輪を掛けて問題に発展するループ状態に(おちい)る始末。



 修羅場(しゅらば)から(くぐ)り抜ける為、職場から夜逃げをしていた時に、勤務帰りの大寺 蓮葉(おおでら はすは)という女性に出逢(であ)う。


 これまで幾度と(くちびる)を重ねてきた女性達のような色気もお金もないが、心配そうに優しく声を掛けてくれるお(しと)やかで母性のある彼女は、その時点の彼にとって女神(めがみ)に見えたのだ。

 帰る家が無いという(うそ)を信じてくれる2歳年上の彼女の家は決して裕福とは言えないが、作ってくれる料理は亡くなった母の味にそっくりで、初めて食べた時には彼の目には涙が浮かぶほどだった。



 部屋は狭いが居心地が良く、実家には戻らず居候をして2人は恋仲(こいなか)となったのが約3年半前。

 愛していたはずの恋人のお腹に子供ができた事にショックを受けて逃げだしたこの男。




 木崎仁とは、男の中の(クズ)である。

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