11月9日 木崎 仁
ーーーピンポーン
「ふぁ・・・!?あー・・・?」
仕事が明けて、彼にとって貴重な休日となった昼過ぎにインターホンの音が鳴る。
ーーーピンポーン
(2回?新聞はもう取ってんだけど・・・)
寝癖のついた頭をクシャクシャに掻きながら、居留守が使えるように、なるべく物音を立てずに小慣れた動きで男は起き上がる。
足元に落ちている競馬新聞や空っぽのビール缶、出し忘れたゴミ袋に足を引っかけないようリビングから廊下に向かい、目的地の玄関へと辿り着く。
(スーツの・・・女?)
ドアスコープ越しに男の視界に映ったのはいかにも真面目印象が残るが、恐らく美人の部類び入る女性だった。
男にとって家に来る訪問者とは新聞契約に来る小汚いおっさんか安っぽい宗教勧誘、もしくは遊び友達のどれかだが、どれにも該当しない雰囲気を持っていた。
ーーーピンポーン
3度目。
中に人がいると確信してるのか、ただしつこいだけなのか。
(見た目は結構タイプなんだよなぁ・・・)
とりあえず女だし、綺麗だから。
安易な理由と自覚をしながらも男はわざと足踏みをして、足音を徐々に大きくしながら、今来ました、と言わんばかりの小技を使った後にようやく扉を開けると女性がニコりと笑顔を作って頭を下げる。
「こんにちはー。ごめんなさい、何度もチャイムを鳴らしてしまって・・・ご就寝中でしたか?」
「まあ、そんなところです」
「そうでしたかー。お疲れのところ申し訳ありません。木崎 仁様のお宅で間違いないでしょうか?」
「・・・はい。俺ですけど・・・どちら様です?」
男の名前は木崎 仁” 。
その名前に間違いは無いが、それは男にとっては問題だった。
この家には表札に名前を載せていない。
理由は面倒な訪問者に家を特定されるリスクを少しでも避けたい時、表札が無ければ人違いだと仮面を被ってやり過ごすことが出来るため、追い返すのが楽だからだ。
「私はこういう者です」
両手で丁寧に渡された名刺を片手で受け取り、書かれている名前やその他諸々を目を通そうと視線を下げた時に男は驚いた。
「こんにちわ」
「たか・・・え?」
“高橋 明奈”という名前を目に通したところで子供の声で挨拶されたからだ。
彼女の足元へ目を移せば、ドアスコープでは確認できなかったほどに小さな子供がジッと男の顔を眺めているので、説明を請いたいとまた目線を女性に向ける。
「私は千葉県 児童養護施設、朝園の事務兼児童指導員の高橋 明菜と申します」
「え?えーっと、そのー、状況がよく分からないというか・・・」
「突然の訪問で申し訳ございません。大寺 蓮葉さん、という方に心当たりがございませんか?」
「・・・!?」
その名前を聞いた瞬間に男は逃げたい衝動に陥ってしまうのだが、扉を閉めずにどうにか踏み止まる。相手は自分が誰かと知ってここに来ている、というのもあるが、それ以上の嫌な予感がしたからだ。
「あー・・・はい、しばらく会っていませんけれど・・・」
「そうでしたか・・・どうか落ち着いて聞いてくださいね」
とりあえずは知った風に言葉を濁すが、男は視線を子供にもう一度移してみる。
「先日、大寺蓮葉さんがお亡くなりになられまして・・・」
その吸い込まれそうになるような茶色の瞳と目が合って、不思議なほどに心の中で合点がいったのだ。
「この子の名前は大寺 紅葉ちゃん。木崎さんの・・・お子さんになります」
どうして合点がいくのか?
それは、3年か4年くらい前に、子供がデキた事を切っ掛けに別れた恋人が大寺蓮葉という女性であるわけで。
「こんにちわ」
「あー・・・・・・コンニチハ」
そんな年月も経てば、立って歩くくらいの子供になっちゃってるんだろうなー、と休日だからと酒を飲みながら笑って寝たのが昨日なわけである。