11月3日 親子
オレンジジュースのような空の色。
赤いような、黄色いような、そんな色。
「かーらぁすー なぜ鳴くのー からすの勝手でしょー」
紅く染まる夕空の下で、2つの影が伸びている。
片方はもう1つの影の半分もないくらいに小さくて、2つは手を繋ぎながら、人気の少ない歩道を歩いていた。
「やぁまぁに」
「あら?こんな歌詞じゃなかった?」
「からすは、やぁまぁにぃ」
「そうだった!そういえば、お母さんが小さい時、テレビで・・・っふふ」
小さな影はのんびりとした口調で間違っている歌詞を正し、大きな影はビニール製の大きな買い物袋を右手に持ちながら、昔に見ていた番組を思い出してクスクスと笑っていた。
「ごはん」
「そうね。お家に帰ったら晩御飯ね」
「みそしる、おみず」
「今夜は・・・卵が安かったから、しばらくは卵焼きも作っちゃう」
「おお」
親子は互いに空いた手で繋ぎながら顔を見合わせる。
ボーッとしたような目付きのまま、今夜のご馳走を想像して涎を垂らしているのは今日で3歳になる女の子。
「美味しいもの、作ってあげられなくてごめんね」
「たまご、おいしい」
「お誕生日だから、ケーキを買ってあげたかったけれど・・・」
美味しいと言ってくれる子供に、申し訳なさそうにしている女性の顔は少し窶れているが、優し気な微笑みで返している。
彼女は女の子の母親であり、今は子供を連れた買い物帰りだ。
「けーき?」
「白くてふわふわで、上にイチゴが乗ってるの」
「しろくて、ふわふわ」
「甘くて美味しいの。でも、来年までに幼稚園の準備をしないといけないから・・・生活も・・・」
話を続けて歩いているうちに、夕陽が少しずつ沈んでいって辺りが暗くなった頃に2人は家へと辿り着く。
五畳半の小さな部屋に狭いトイレ、申し訳程度のお風呂と古い家電。
ボロボロなアパートの一室が2人の帰る家。
「もみじ」
「え?」
子供の指を指す先に、紅のように鮮やかな色の葉っぱが落ちているが、このアパートには紅葉の成る木は無い。
扉の鍵をポケットから取り出すために、ガサリ、と音を立てて買い物袋を彼女が置いた時、たまたま頭に乗っていたものが落ちてきたのだろう。
「真っ赤なお手手が一枚。はい、パーってしてみて」
「ぱー」
子供の小さな手と紅葉の葉っぱの大きさはちょうどピッタリに収まった。
「今年も、紅葉の季節が来たね」
「もみじのきせつ」
女の子の名前は “大寺 紅葉”
今年で3歳になる、黒い髪と茶色いお目々の女の子。
来年には、近くの わかば幼稚園に通う予定になっている。
「お誕生日、おめでとう。紅葉ちゃん・・・!」
「おかあさん」
母親の名前は “大寺 蓮葉”
大事な我が子を育てる1人のお母さん。
「おかあさん?」
貧しい生活と日々の労働に身体がついていかなかったのだろう。
女の子が3歳になる誕生日の夜、彼女は過労で倒れ・・・子供を残して、心半ばにして世を去ることになる。