表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

「俺は客だ」

作者: よち

とある繁華街にあるビルの2階。

ドラッグストアにてコーヒーを購入し、併設されているイートインスペースにて、午前の空いた自由時間を過ごす――


「おい、レジ、開けてくれ」


中年男の声がした。

ビルのテナントとして、ドラッグストアは1階と2階にあり、店舗内は階段で繋がっている。

どうやら、2階に設置してあるレジカウンターを開けてくれと、店員を呼び止めたらしい。


「申し訳ございません。1階のレジへお回りください」


出社前のラッシュ時間は1階と2階、両方のレジを開けているが、それが過ぎれば、商品の補充陳列、在庫のチェック、事務作業と、他に人手を振り分けねばならない。

並びの少なくなったレジカウンターに人を配置しておく余裕など無いのだ。


激戦のドラッグストア業界。

いや、どんな職種でも同じであろうが、いかにして効率的に人を配し、あるいは廃し、人件費を筆頭とした諸経費を削って、利益を上げるか…苦心しているのである。


「はあ? 嫌だね。俺は、ここで会計したいんだ」

「……」


また出たか…


一定数居るであろう、およそ知能指数が乏しい、ヒトの形をした生き物。

ほとんどの人は、通常ヒトであると認識をせずに日々を過ごしているが、ヒトである事を誇示する。或いは、己が一端のホモサピエンスだと認めてもらいたいが故に、無理を通そうとする社会不適合者…


このお店は、社会的地位の上位を占める方々と、底辺。

公的権力の厄介になるような最底辺では無いが、近々そうなるのでは? と思わせるような方々が、好んで訪れる場所なのだ。


何故そうなるのかという推察はあるのだが、それはまた別の機会に残しておこう。



「すみません。二階は閉じておりますので、一階にお回り下さい」


推定30代の従業員のお姉さん。

マニュアル通りの返答を、中年男に向かって、努めて丁寧に吐き捨てる。


「はあ? 俺は客だぞ」



出た。


もう、この言葉を吐いた時点で、人間的価値がグンと下がる。

己を誇示しているようであって、実のところ周囲から下に見られること間違いなしのセリフである。


このセリフを吐き出す輩は、それを知らない、気付きもしない、考えが及ばない。

つまり、平凡な言葉で表せば、頭が悪いのである。



「……」


恐らくは、中年男を心の中で見下したお姉さんは、言葉すら返すのを躊躇った。


「…開けろ」

「…申し訳ございません」


「なんだと! お客様センターに電話すっぞ。お前の名前を出すからな!」


おっと、頭は悪いが、悪知恵は働くようだ。

小学校の低学年が、バカの一つ覚えみたいに「○○に言いつけてやる」と口にするのと、同様な香りがする。



「…どうぞ」


動じず、お姉さんが切り返した。土俵を割って、勝負アリである。

凛とした表情で、得意気に携帯を取り出した中年男を一蹴した。


「な…なに?」


リーサルウェポン。最終兵器が効かなかった悪役は、惨めである。

さっさと商品を置いて、或いは負けを認めて一階で会計を済まし、立ち去るがよい。


「こんな店、もう来ないからな!」


おっさんの語気が上がる。

当然、注目も浴びる。

引っ込みがつかなくなった中年男は、最後にお決まりのような捨てセリフを吐いた。



「…どうぞ」


私に歯向かった事を、後悔させてあげる。

お姉さんは「二度と来るなゴミクズ」 とでも言いたげに、いや、恐らく言葉に乗せて、静かに言い放った。


「お前となんか、もう遊んでやらないからな!」

「別にいいよ」


二人の会話を、小学校低学年の会話とするならば、こんな感じだろうか。



「おい! 聞いたかお前ら! この店、『来なくて良い』って客に言ったぞ!」


中年男は、何かに縋るように、まるで言質を取った事を誇るかのように、イートインスペースに集う我々一般市民に向かって、高らかに声を広げた。


だが、その時。

恐らく私を含む、総てのヒトが同じ想いを共有していた事だろう――




お前だけや…

最後までお読み頂き、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 売ってもらえなければ客たり得ないのをわかっていないのがコメディですね 対価を払ってこそ客なのに会計前にごねてどうすると
[良い点] はじめましてm(_ _)m 日本はね、サービス業のクオリティが働いている方のまさしくサービスで成り立っていることを理解していない人が多すぎるんですよね。 お客様は神様を間違って捉えている…
[良い点] お姉さんの返しにしびれました! お客様は神様(疫病神)……。 鎮まれー! 鎮まりたまえー(笑)!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ