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ある日教授は学会に参加するため、東京に一泊の出張に出掛けることになった。
「私が家を空けているあいだ、繭のことを頼む」
普通なら若く美しい妻を、居候している助手とはいえ男に任せて出張に行くなどあり得ないのかもしれない。僕が余程信用されているのか、それとも間違いが起こらないと断言出来るほど繭さんに愛されているのか……。
どちらにせよ僕にそんなことをする度胸も何もあるはずがなく、また繭さんには触れることすら許されないような神々しさと儚さがあった。
そもそも話し相手になる以外、僕に出来ることなどほとんどなかったのだ。
教授がいないその日の夜、繭さんはいつもより早く部屋に戻り就寝していた。
僕は静まり返った自室で書類の整理をしていた。ぱらぱらとガラス窓を叩く音で、雨が降り出したのを知った。
夜も更け、そろそろ寝ようかと思った頃、外では雨足が激しくなり始め幾度となく雷が轟いた。そのうちのひとつが近くに落ちたらしく、外からバリンと大きな音が鳴り響いたかと思うと、家中の窓がビリビリと震え、唐突に辺りは闇に包まれた。
「停電……」
僕は手探りで壁づたいに廊下へ出て、ブレーカーのある台所に向かった。途中色々な物にぶつかったがなんとかたどり着き、手探りでブレーカーを下ろした。
外の様子を見て停電から復旧したときにブレーカーを戻そうと思ったのだ。
そうだ、繭さんは平気だっただろうか。
そのまま眠っていれば怖くもないだろうが、もしも落雷の音で目を覚ましていたとしたら?
時折光る窓の外の雷光を頼りに、壁をつたって繭さんのいる部屋の前まで様子を見に行った。