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その年、僕はとある田舎の大学を卒業した。
友人たちのほとんどは地元や都会で就職をしたが、僕は母校に残り、在学中師事していた教授の助手となった。
助手といっても僕に出来ることのほとんどは、誰にでも出来るような雑用だった。
助手になって迎えた初めての夏。
自然豊かな山間部にある学校内では例年にも増して、けたたましく蝉が鳴いていた。
大学の門を出て少し歩けば田んぼや畑がある。恋の季節になれば蛙が鳴く。蛇も出れば、猪も出る。この前はタヌキの親子の目撃情報もあった。
最寄り駅からは遠く、校舎から見える幹線道路は、まるで地平線のように遥か彼方にあるように思えた。
僕の直属の上司である教授は変わり者で有名で、彼の研究室には訪ねてくる者はおろか、受講している生徒ですらほとんど寄りつかなかった。
生物学者で、主に昆虫の研究を専門としていた教授の研究室の壁や棚には、蝶やら甲虫やら何らかの幼虫の標本などが肩を寄せ合い、所狭しと並んでいた。
風貌からは年齢すら不明な変わり者の教授と僕は、虫たちの、生気のない冷たい視線が注がれる、息の詰まりそうな研究室の中で一日の大半を過ごした。