彼女とポー
あれから、彼女とよく話すようになった。もちろん話題に上るのは、ほとんど小説の話だ。
「最近、ポーの小説を読み直してるの」
彼女は頬を赤らめながら続けた。
「ポーの作品はどれも名作だわ、君も読んだことあるかしら?」
ポーか。乱歩の方はよく読むが、まだポーには手を出していない。そのまま素直に、
「気にはなっているけど、まだ読んでないんだ」
彼女は眉間に皺を寄せながら
「人生の半分以上損をしているわ、勿体ないわよ」
ポーはミステリーの父だ。確かに彼女の言う通りかもしれない。
「君はポーの本を持っているのかい?」
そう問うと
「もちろん。いろんな出版社から出てるけど創元推理の物を持っているわ。全集なの」
彼女のおすすめなら面白いだろう。僕はそれほどミステリーは好きでないのだが、思わず
「そんなに面白いなら、貸してくれないか?」
そういうと彼女は少し笑いながら
「嫌よ」
「人に本を貸すとか絶対嫌。いくら本好きな君でもね」
まあ、彼女ならそう答えるだろうと思いながら、何故と問いかけた。
「もちろん、布教するからには貸した方がいいことは分かってる。ただ、ね……」
君なら分かるでしょ。そう小声で彼女は言う。
「貸したとして、家でどういう風に読んでいるか分からない。ページ折れ等、本に対しての扱い方が信用出来ない?」
そう問いかけると、彼女は笑顔で
「正解」
そう言った。分からなくもない。僕も昔友人に本を貸したら、ポテチでも食べながら読んだのか、油染みができて返ってきてショックだったのだ。彼女にもそういう記憶があるのだろう、そう思い話題を変えた。
「君はポーの作品でどれが1番好きな話を教えてくれないか」
本を勧めてくれるならその人の好きな話を聞いておくことだ。大抵それから読むとハズレない。
「そうね……」
そういうと彼女は少し眉をひそめながら、うーんと唸った。
「選びにくいな…」
「それでも強いて言うなら、黒猫かしら」
黒猫……どこかで聞いたことがある
「映画、もしくはドラマにならなかったかい?」
「そうね」
少し不服そうに彼女は言う。僕はなにかしくじったのだろうか。そう不安になった時彼女は話を続けた。
「あれはどちらかと言うと、ミステリーというよりコメディーホラーになってるし、ポーの話とは結構違うのよ。ポーが原作だと思わなければ面白いけどね」
なるほど。監督の趣味が入って原作ファンには微妙な作品になった感じなのか。
そろそろ予鈴のなる時間だ。
「ポーの作品自体は君も気にいると思う」
そう言い残し、彼女は自身の机に戻って行った。