正義の味方になりたいならチートになりなさい
あくまで私の考えです。
「正義の味方になりたいのならチートになりなさい」
「…………」
それは母の口癖だ。
父はいない。
昔に亡くなったのだ。
………川で溺れて。
いや、正確には。
(溺れた子供を助けて………)
そんな父を町の人は英雄だと優しい人だと教えてくれる。
だが、母はそれを鼻で嗤う。
「英雄? 優しい? はっ、あの人は優しくないわよ。いや、残酷な事をする人ね」
父を喪ったからそう言い出したんだろうと町の人は言うが。母は本気で言っていた。
「――母さん」
だからそんな母に聞いてみた。
「なんで残酷だって言うんだ? 父さんは立派な人だって評判だけど」
「――その評判がいまだに誰かを傷つけているのに」
静かな眼差しだった。
感情が掴めない。そんな顔。
「貴方は父さんそっくりだから心配よ」
同じ事をしそうで。
「はっきり言うとね。お父さんは正義の味方失格なのよ」
まあ、それは私の意見だから他にもいろんな意見があるのだから素直に受け止めなくていいわよ。
そんな前置きを置いて。
「確かにお父さんのした事は英断よ。溺れている子供を助けようと川に飛び込むなんて普通は出来ない」
そんなあの人だからみんなに好かれた。
「でもね」
遠くを見る。
「それで子供を助けて自分が死んだら意味がないのよ」
「意味がない……父さんの死を無駄死にとでも言うのかよっ!!」
叫んでしまうのは父さんがした事が素晴らしいと思っているから。だからこそ母さんの言葉が許せなかった。
「確かに子供を守った。それはいい事よ。その助けられた子供がカウンセリングを受けている事実がなければね」
「えッ……?」
初耳だ。
「知らないでしょう。ひた隠しにしているし」
そんな事実を知られたらどんな事言われるか。
「あの人は子供を助けた。もともと慕われていた人で英雄的行動だと言われているけど、その話が出るたびに助けらた子供は、その家族は責められているのよ。――お前たちが殺したと」
「えッ………そんな事……」
誰もしていない。首を横に振るが母さんは冷めた目をしている。
「しているのよ。あの人は立派だった。子供を助けて亡くなったのもあの人らしい。そうあの人の話題が出るたびに助けられた子は自分が殺したんだと自分が川に行かなければ……と自分を責める。親も同様。目を離さなければ。きちんと側に居れば……そう一生言われ続けるのよ」
それはなんて酷い事だろう。
「子供の身体を守った。だけど、心に大きな傷をつけたのよ」
「……………」
心に傷。
トラウマというのはよく聞く。
父は立派な人だった。
でも、まさか……。
「正直な話。母さん正義の味方は嫌いよ」
「母さん?」
「まあ、別にそういう話が嫌いってわけじゃない。誰もが正義の味方に憧れてそうなりたいと思うのは自由よ。でもね」
母さんはそっと部屋に置かれている父さんの写真を見つめ。
「誰かを助けたいのなら死んではいけない。後遺症を残してもいけない。怪我をしても最小限に留めなさい」
それを守れない者に誰かを助ける事は出来ない。
「誰かを守るために傷ついて倒れてもいいというのがヒーローもののお約束だけどね。された方からすれば堪ったものじゃないわよ。誰が、自分のせいで傷付くところを見たいわけ!! それで怪我をして、後遺症が残っても『君が無事ならいい』そんな事言われて喜べるわけないでしょう!! はっきり言うとそれを優しいというのなら大間違いよ」
怒りだった。
「守る事が出来る人が強いというのなら守られる覚悟を持つ人も強くないといけないのよ。そして、誰もがそんな強さを持っているわけじゃない。身体の傷は治せるかもしれないけど、心の傷は時が癒してくれると言うしかないのよ。そして、心の傷は表面に出ないからこそ見逃されるのよ」
そんな怪我をさせるのが優しいと言わない。
「だから、私は正義の味方は好きになれない」
「……………」
「誰かを守りたいのなら怪我をしてはいけないのよ」
それで悲しむ人がいる。それで苦しむ人がいる。
そんな心の傷を作るのは守ったとは言わない。
「まあ、私の持論よ。貴方はどう捉えるか知らないけど、心に留めといて」
「母さんは……その子供の事を」
どう思ったの。
「――覚えておきなさい。誰かに責められる事で救われる者もいるという事も」
許す事だけが救いではない。
許さない事も時には誰かを助ける事になるのだと。




