表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

√3 センス

「中島さん、私たち別れましょう」

 最後にそう言い残して、僕の彼女、吉村さんは去っていった。

 問題の手汗は解消したのにである。

 しかし、それもまた前回の話である。

 今の僕には、時を戻す力がある。


「中島さん、私たち別れましょう」

「ちょっと待ってくれ!」

「なんですか?」

 僕は手のひらから湧き出る汗をしっかりとズボンでふき取った。

「どうして別れようなんて」

 吉村さんは僕を猫のように睨みつけて、

「わからないならいいです」

 と言って去っていった。

「あああ! またこのパターン!」

     〇

「中島さん、私たち別れましょう」

「ちょっと待ってくれ!」

「なんですか?」

「確かにあの時は僕が悪かった!」

 結局僕にできるのは、勘でそれっぽい言葉を並べることだけである。

 しかし、それが案外通用してしまうのだ。

「まあ、反省しているのは伝わりました。でももう決めたことなんです」

「な、ならせめて、改善点だけでも教えてくれ! 僕も成長したいんだ!」

 我ながらよくこんな言葉が出るなと感心する。

 吉村さんは、はぁとため息をつきながら言った。

「センスです」

「センス?」

「はい、中島さんはセンスがないです。デートで着てくる服も、記念日のプレゼントも、すべて壊滅的です。だからと言ってケチをつけるわけにもいきませんでした。これは価値観の違いだと。ですので」

 最期に僕の前で軽く頭を下げて出ていった。

 センス。

 ファッション、プレゼント。

 そうか。

 またしても僕は時計を手にしていた。

     〇

 時を遡り、一か月前。

 この日は吉村さんと付き合って一か月の記念日であった。

 僕はホテル最上階のレストランを予約しており、そこで吉村さんとディナーをする予定だった。

 しかし、このままでは前回と同じ結果になってしまう。

 そうだ、あいつに聞いてみよう。

 僕は携帯電話を取り出し、とある男性に電話した。

「俺だ、どうした」

「ああ、堀口! お前に相談があるんだ。」

「ほう、この俺に相談か」

「そうだ、しかも重大任務だ」

「なるほど、して要件は?」

「彼女に渡すプレゼントを選んでほしい」

 しばらくの沈黙が流れた。

 堀口は考え事をするとき、いつもの饒舌とは裏腹に寡黙になる。

「一時間後に駅前だ」

 そう言い残して通話は切れた。


 一時間後。

「よお中島」

「よく来てくれた、堀口」

「っておい中島、その恰好は何だ」

「何って、普通の私服だが?」

 堀口は出会い頭にため息をついた。

「そうだな、まずはその中学生みたいなファッションセンスをどうにかしよう。こっちだ」

 よくわからないが、僕は堀口に引っ張られるがままについていき、洋服店で服を買い、デパートでプレゼントを買い、レストランの場所を変えた。

「わかるか、初めてのディナーであんな高級なところを選ぶと、逆に重く感じるだろ。まずはそれほど高くなく、しかし居心地はいいようなところを選ぶんだ」

「お、重いのか」

「そうだ、どうせお前が金を払うんだろ。おごられる側も罪悪感ってものがあるんだよ」

 その後、吉村さんと会うまで堀口にカフェでみっちり5時間講習を受け、最後に講習料をふんだんにとられた。

 しかし、おかげで自信がついた。

 今の僕は、十数人の女をたぶらかす、堀口のたらしスキルがあるのだ。


「こんばんは」

「やあ、こんばんは、吉村さん」

「あら、中島さん。今日はずいぶんとお洒落ですね」

「ふっ、当たり前だろ。こんなにも美しい女性と会うのだから」

「そういってもらえてうれしいです。でもそのしゃべり方はやめてください」

「はい」

 僕たちはその後ディナーを終え、何とかプレゼントを渡し、次のデートの約束もした。

 プレゼントを渡したときの吉村さんの反応は悪くなかった。

 さすが堀口である。

 僕は軽くアルコールが入り、気分が良いまま夜道を歩き、アパートへと帰っていった。

     〇

 一か月後。

 吉村さんがうちに来た。

 もしやと思ったが、全くその通りであった。

「中島さん」

「はい」

「私たち、別れましょう」

「この感じ、そうですよね」

 最後にそう言い残して、吉村さんは去っていった。


 どうしてなんだ!!!!


 僕の手には再び、時計が握られていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ