第5話
とうとうこの日になってしまった。
俺は今、教会に向かう馬車の中で憂鬱な気分になりながら窓の外を眺めている。現代日本の乗り物のようにサスペンションなんて物はついていないので結構揺れる。まぁ、うちの領地で最も発展しているこの、スプリバルトは道路の補正が進んでいるのでそこまではひどくないが、快適かと聞かれればそうでないのが事実だ。
「タク、いよいよ祝福の儀だな。一体どんなスキルを授かるんだろうな!今から楽しみだ!」
俺の前に座る父様が楽しそうに話している。俺はそんな父様とは真逆の精神状態なので、その言葉に対して乾いた笑みを返す事しかできなかった。
「ふふふ、そんなに心配しなくても大丈夫よ。神様が私たちに授けてくださるスキルは必ず何らかの形であなたを助け、成長させてくれるわ。だから、不安にならないで。」
母様は俺の顔を見るとそう言って優しく微笑んだ。きっと俺が不安を感じていると思ったのだろう。不安の内容は異なるが感じているのは事実なので、母様のこの言葉で少しは気が楽になった。
「いや、俺たちの息子だ!!きっとものすごいスキルを授かるぞ!!そうに決まっている!!!」
まだ言うかこの親父!!母様と違って父様はさっきからこの調子である。よほど楽しみなんだろう。まぁ自分の息子の一種の晴れ舞台だから無理もないな。母様も「あらあら」と困ったように笑っている。教会までもう少しだ、少しぐらい我慢するか。俺はそう思い、また窓の外に視線を戻した。
それから少しして俺たちは教会についた。あれから父様はずっとあの調子だった。ほんとに子供か、まったく。馬車を下りた今でも何か言っているが、まぁ無視しても大丈夫だろう。
俺たちが教会の扉の前で立っていると、扉が開き中から白髪の老人が出てきた。鼻が高く、切れ長の目、またあごのラインがスマートな老人だ。何というか、狸爺ここにあり、と言わんばかりの腹の中を読ませないような雰囲気の老人だ。
「久しぶりだな、メルフェルト卿。」
「お久ぶりですね。」
「お久しぶりです、モードル様、ルノ様。」
父様と母様のあいさつに老人は慇懃に返した。どうやら、この老人と父様は旧知の仲らしい。俺が不思議そうに2人を見ていると、こちらに気づいた老人と眼があった。とりあえず、あいさつでもしておこう。
「初めまして。タク・フォン・イースフェルトです。」
「こちらこそ初めまして。私はメルフェルト・レイガンです。この教会で神父をいている者です。」
なるほどこの人がここの神父だったか。という事は今日の祝福はこの人が担当してくれるんだろうな。俺はそう思いながらもう一度神父様をみた。
「ところでだメルフェルト、分かっているとは思うが今日はタクの祝福の件でここに来たわけなんだが・・」
「存じ上げております。準備はできておりますので、いつでも大丈夫でございます。」
「そうか、では早速だが頼む。・・・タク、ここからは私たちはついて行けぬゆえ、メルフェルトについていくのだぞ。くれぐれも神様に失礼のないようにな。」
「タクなら大丈夫ですよ。メルフェルトもお願いしますね。」
母様の言葉にメルフェルトは丁寧に頭を下げた。祝福の儀は教会のなかでそれを受ける者と神父と神の三者のみで行われるためここから先は2人は入れない。これは、祝福の儀は恩恵を与える神と、それを受け取る者が神に仕える者を仲立ちに立てて行われなければならないという古の時代からの教えなんだとか。まぁ、その辺の話はあまり深く掘り下げても仕方ないだろう。
俺は変わらず憂鬱な気分でいるが、それを悟られないように大きく返事をした。
「はい!行ってまいります!!」
俺は老人の方へ歩き出す。老人は俺を見て微笑んだ。
「準備は済みましたかな。それでは、タク君。ついてきてください。」
俺は憂鬱な気分を引きずったまま、司祭様の後ろについていき教会へと足を踏み入れた。