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治癒士の僕、狂戦士の彼女と共に戦う

 鋭さを増した彼女の戦斧が、ゴブリンエンペラーの体をとらえます。

 今まで余裕をもってかわしていた攻撃が体をかすめ、傷をつけたことでゴブリンエンペラーの表情が変わります。


 そして戦斧の二刀流になったことで、手数が2倍に。


 彼女の攻撃が、ゴブリンエンペラーを押し始める。今までは敵わなかった力量差が【狂戦士】(バーサーカー)の負傷による強化で埋まり、上回るようになりました。


 「……よしっ」


 もし、負傷による強化があってなお、彼女がゴブリンエンペラーにかなわないのであれば、どうにもならなかったことなので、まずそこはクリアです。


 暴風のような彼女の戦斧2つの攻撃をゴブリンエンペラーがかいくぐります。


 「我は唱える、〈高治癒〉!」


 僕の魔法の詠唱と、彼女が斬られるのが重なります。

 今まで受けていた傷がふさがり、その上から、斬られる。



 12/150



 1回目、クリア。


 彼女のパワーとスピード、そして手数が増えたことで攻撃を受ける回数が減っているのが幸いですが、逆に攻撃を受けるタイミングを見逃さないよう、集中をきらさないようにしないといけません。


 「我は唱える、〈高治癒〉!」



 13/150



 2回目、クリア。


 彼女とゴブリンエンペラーの一足一挙動を見逃さないように、恐ろしく高速の戦闘を目で追いながら、僕は腰のウェストポーチから青い液体の入った瓶を左手の動きだけで取り出します。


 彼女が大振りの攻撃がすかされ、体勢が崩れます。


 「我は唱える、〈高治癒〉!」


 振り下ろされた剛剣が彼女を斬り裂きます。


 そのままゴブリンエンペラーが剣を握りなおし、追撃で剣を横なぎに薙ぎ払います。


 初めて見せた「連続斬撃」。


 「……はぁっ」


 急激な魔力の消費に、僕の息が乱れます。


 視える彼女の命の残量。



 11/150



 詠唱を省略してぎりぎり、回復魔法を間に合わせました。


 魔力を余計に消費すれば、詠唱を省略することは可能です。けれど効率は非常に悪い。あれを連発されると、まずい。魔力の急激な減少は、体にも影響を与え、集中力を削ぎます。


 体勢を立て直した彼女が連撃でゴブリンエンペラーに迫るのを見て、左手に持った液体を頭からかぶります。


 魔力を回復するためのポーション。本来は飲むものですが、飲んでいたら彼女の戦いから目を離すことになって危険すぎるので、やむをえません。


 「我は唱える、〈高治癒〉!」



 14/150



 繰り広げられる彼女とゴブリンエンペラーの戦闘はほぼ互角。けれど、僕が1度でも間違えたら、終わってしまう。


 極限までの集中を続けることを強いられたこの状態が、いつ終わるかわからない。


 それを僕が、彼女が勝つまで続けられるか。

 息を止めたまま終わらないマラソンをするような、絶望的な耐久戦。



 ◇◆◇◆◇◆



 どれくらいの時間戦っていたのかはわかりません。手持ちの魔力回復ポーションをあれから2回ぶっかけました。集中のしすぎで頭が朦朧としてきているのが自分でもわかります。


 それでも。


 徐々に、徐々にではあるけれど、彼女の攻撃がゴブリンエンペラーの体をとらえる機会が増え、ゴブリンエンペラーの体に傷が増えてきました。


 元々、パワーとスピードは彼女の方が上。その差を彼女が力任せな戦いしかできない部分とゴブリンエンペラーの戦闘のテクニックで埋めていたのが、長時間の戦闘で疲労と負傷が蓄積し、力の差が広がってきた分で、彼女の方が優勢になってきたのでしょう。


 このままいけば、押し切って勝てる。


 「我は唱える、〈高治癒〉!」


 いつものように彼女が攻撃を受けそうになるのを見て、回復魔法をかけます。


 その後、ゴブリンエンペラーは空いた手の拳を握りしめ、彼女に殴りかかりました。


 ゴブリンエンペラーの斬撃が、どれくらい彼女の命を削るのかは把握しています。それに合わせて回復魔法を使ってきました。けれど、素手での殴打がどれほどの威力になるかは、まだ見ていません。


 しかも彼女の命の残量は、殴りかかられた時点で。



 14/150



 威力によっては、衝撃によってそのまま死に至る。というかあのパワーなら回復しないと、死ぬ。


 けれど。回復しすぎれば、彼女の負傷の度合いが緩くなりすぎれば。

 彼女は弱くなり、逆に追い込まれることになりかねません。


 一瞬迷った。

 迷ってしまった。

 

 僕は詠唱を省略し、威力を抑えて、回復魔法を発動させました。


 殴り飛ばされた彼女の小さな体が吹き飛び転がります。


 彼女の命の残量は。



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 完全な、僕の判断ミスでした。


 後から思えば、とにかく全力で回復し、彼女を無傷の状態に戻せばよかったはずです。そこから斬撃を受けて、もう1度同じルーチンに戻せばよかったのですから。


 彼女が押している戦況が崩れるのがまずいと、間違えました。


 死には至りませんでしたが、残り命が10を下回った。これは普通なら意識を保っていられない、放置していたらそのまま死ぬレベルの怪我です。


 何より、この状況からは普通の回復魔法では回復ができません。カインの時のように、いったん〈蘇生〉で治療をしてからでないと回復魔法をかけられない。


 それでも、彼女は何事もなかったように立ち上がり、戦斧を構えました。その状態でも【狂戦士】(バーサーカー)は戦えるのでしょう。


 とにかく、まずは〈蘇生〉を。


 その時、ゴブリンエンペラーが剣を大上段に振りかぶり、一気に彼女との距離を詰めて斬りかかりました。今まで片手で振り回していた大剣を両手に握って。


 今まで、片手での斬撃で、彼女は無傷の状態でぎりぎり耐えられていた状態でした。


 では、剣を両手で握って力を籠め、全体重をかけた振り下ろしの斬撃では?


 〈蘇生〉をかけ、そこから〈高治癒〉で彼女の怪我を全て回復する。


 その状態で、彼女はあの一撃に耐えられるのか?


 「うわああああああっ!」


 僕は自分に魔法をかけると、情けない雄叫びを上げて、突進してくるゴブリンエンペラーに突っ込んでいきました。


 【治癒士】(ヒーラー)の僕がたとえどんな傷を癒せたとしても。


 一撃で死んでしまっては、その傷は回復できません。


 なら、どうするか。


 彼女とゴブリンエンペラーの間に、僕は割って入りました。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()


 一応で杖を構えて防御姿勢はとったのですが。その杖ごと僕は斬られました。

 体に激しい痛みが走り、力が抜けます。


 ああ、怪我をするというのはこんなに痛いんですね。

 そりゃ、旧式の【治癒士】(ヒーラー)が嫌われるのもわかります。


 「ソラーーーーー!!」


 倒れる僕の耳に初めて聞く女の子の叫び声が、聞こえました。

 声のした方を見ました。泣きそうな顔で、彼女が僕の方を見ています。


 「僕はいい!今は、戦うんだ!エステル!」


 傷の痛みを我慢しながら、僕は指さしました。


 そこには、渾身の一撃を僕に放ったことで、体勢を崩しているゴブリンキングの姿が。


 僕の声に、我に返った彼女が、戦斧を構え直します。


 僕が、身代わりになったことで、視える彼女の今の命の残量は。



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 【狂戦士】(バーサーカー)は傷を負えば負うほど、命の残量が減れば減るほど、力が強化されます。それは、単に怪我の重さに応じて強化されるというわけではなく。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()能力の強化の度合いは高まります。


 そして、今の彼女は、普通の人間ならそのまま死ぬような状態。


 「ああああああああっ!!!!」


 雄叫びをあげながら、彼女が斬りかかります。ゴブリンエンペラーはとっさに剣で受けようとしますが、その剣ごと斬り裂くと、さっきまでとは比べ物にならないスピードで二丁の戦斧をラッシュで叩き込んでいきます。


 そのまま、ゴブリンエンペラーは倒れて動かなくなりました。



 ◇◆◇◆◇◆



 「ソラ!」


 ゴブリンエンペラーを倒した彼女が、慌てて倒れている僕に駆け寄ってきました。


 「……声、出るようになったんですね」


 精神的なショックで声が出なくなるという失声症は心の傷を治療しなければ治らないそうですが。あるいはより強いショックが、彼女の声を戻したのかもしれません。


 「ソラ……し……な……」


 「まだ喋りにくいでしょうから、これでもいいですよ」


 僕は手の平を差し出します。


 ”死なないで”


 「もうちょっと優しく書いてください……今のエステルの力だと僕の手が潰れます」


 まだ、彼女の傷を回復してないですからね……力が強化されたままなので痛いのです。


 ”もう、目の前で人が死ぬのは見たくない”


 涙をぼろぼろ流しながら、彼女は必死に僕の手に文字を書いていきます。


 ”好きな人が目の前で死ぬのはいや”


 そういえば彼女は、自分の住んでいた村がモンスターに襲われて自分以外は全滅したのでしたっけ。きっと家族や友達をみんな、目の前で失ったのでしょう。それが、声を失わせる原因になった。


 だから、目の前で人が傷つくこと、死ぬのを怖がっているんですか。


 ああ、なるほど。


 敵を見つけたら真っ先に突撃していくのは【狂戦士】(バーサーカー)だからと思っていましたけれど。

 自分の周りの人が傷つき死ぬことを恐れて、敵を真っ先に排除しに行ってしまうんですね。


 「大丈夫ですよ」


 僕は体を起こしました。


 「冒険者の知識に乏しいエステルに解説しましょう。【治癒士】(ヒーラー)というのはパーティの生命線を担います。だから、パーティメンバーより先に倒れてはいけません」


 ざっくりと斬り裂かれた僕の革鎧を見ます。革も特に丈夫なモンスターの革で、中は鎖帷子で補強した高級品ですがもう使い物にならなそうです。

 前のパーティの時にみなでお金を出し合って買ってもらった防具。これがなければ、おそらく僕は死んでいたでしょう。


 「なので、常に体を鍛え、防具も十分に厳選し、身を護る手段を用意し、備えているものなのです。それに事前に自動的に回復する魔法を自分にかけてもおきましたからね。だから大丈夫ですよ」


 カインと散々護身術の特訓をしておいてよかったです。


 僕の言葉に、彼女がじっと僕を見つめ、確認するように体のあちこちをぺたぺたと触ります。大丈夫だとわかると、力いっぱい僕に抱きつきました。



 まずい……速く彼女を回復しないと……力が強すぎて締め付けががが。

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