治癒士の僕、かつての仲間と再会する
目の前にゴブリンが5匹。リーダーらしきやや体の大きな、質がゴブリン比でよさそうな錆びた長剣を持った個体が1匹。同じく錆びた短剣らしき武器を持った個体が4匹。
彼女はお構いなしにいつものように戦斧を構え、突撃しています。
「我は唱える、〈命の瞳〉」
いつものように魔法をかけ、準備をします。
54/150
そうしている間に彼女はゴブリンたちに斬られ、傷を負っています。背負った2本目の戦斧を片手に二刀流になると、瞬く間に2匹をなぎ倒します。
「我は唱える、〈小治癒〉」
威力を抑えた回復魔法を唱えます。
72/150
彼女と一緒に戦ってきてわかったのは、彼女の命の総量が150であること、命の残量が減れば減るほど彼女の能力の強化具合は高まること。
そして、彼女の命の残量が75を下回ることが、彼女が戦斧を片手ずつで2本、扱えるようになる条件であること、です。
命の残量は減れば減るほど強くはなりますが、その代わり一撃死のリスクも高まります。
ゴブリンを楽に倒せる強化と安全面を考慮した結果として、僕は彼女の命をおおむね「60」で維持するのが良い、と判断しました。
すぐに戦闘は終了しました。
返り血と自分の血で汚れた彼女は自分が倒したゴブリンには目もくれず、ぼんやりと立っていました。
「怪我を治しますよ」
僕の言葉に彼女が頷きます。
戦闘が終わったら怪我は全て綺麗に治しきるのが、傷を負わせたままで彼女を戦わせないといけない僕の、せめてもの【治癒士】としての矜持です。
色々と心にしこりは残りますが、おおむね、僕と彼女の冒険は順調でした。
◇◆◇◆◇◆
僕が彼女と知り合ってから7日が過ぎました。
3日依頼をこなして、1日休む。このペースで依頼をこなしていきました。とは言っても、ゴブリン退治ばかりですが。
最近、ゴブリンが近場の森にでも多く見られるようになったとかで、冒険者ギルドでは大々的に依頼を発注し、冒険者を派遣しています。僕と彼女の臨時パーティも、その恩恵を受けているわけです。
今日も、森に入り、退治したゴブリンは全部で18匹。
正直、遭遇するのも倒したのも異常な数ですが、それだけ僕と彼女のコンピがうまくはまっていた、とも言えます。
依頼の報酬を受け取った僕たちは、冒険者ギルドの2階にある酒場で、夕飯を食べていました。
「最初の取り決めの通り、明日は休みにします」
食事に熱中している彼女に言いますが、聞いてもらえてるかどうかはわかりません。
目の前には肉を焼いたものが大盛、深皿にシチュー、かごに入った大きなパンが4つ、サラダ。男の僕が見ていても胸やけしそうな量を、美味しそうに、かつ、何でもないように平らげていっています。
見た目は華奢なのにどこにそんな力があるのか、という彼女ですから(おそらくは【狂戦士】としての力なのでしょう)、体力補給も人一倍なのでしょう。
もっとも食費を考えると、頭が痛いのですが。
「休みなので、依頼はなしです。ただ、エステルは武器の手入れに、服も代えを買いそろえないといけないですね。朝から店を回りますからその予定でお願いしますね」
こくこくと彼女が頷きます。
言葉をしゃべれない彼女には1人で買い物や店をまわると行った行為はなかなか骨が折れるようなので、僕も一緒についてまわるようにしています。
まあ、最初の休日で確認したら武器は手入れされずボロボロ、服も戦闘スタイルのせいで破れたり汚れたりが多い、冒険者にとっての最低限の道具も揃えていないと、別の意味でも1人で行動させるのはまずそうだったのですが。
「ところで……正式パーティの件ですけれど、どうしますか?」
彼女の食事の手が止まります。
「僕としては、それなりにお互い上手くやれていると思うのですけれど」
とんとん、と彼女がテーブルを叩きます。僕は自分の手の平を差し出します。7日の間にごく自然と定着した、会話する時の僕と彼女の合図です。
”ソラにはすごく助けられている。ありがとう”
手の平に文字を書いて、彼女は僕に伝えます。
「なら、正式にパーティを組みますか?」
”ごめんなさい。私は1人がいい”
ここ2、3日、正式にパーティを組まないか、と伝えているのですが、いつも同じ返事です。
ありがとう、感謝している。
でも、1人がいい。
無理強いはよくないのかもしれません。声を失ったこと、あまり触れてはいけないような過去を背負っていることもわかります。
ただ。
どう考えても、彼女、1人でいると死にます。色んな意味で。
ヴァネッサさんが、無理にでもパーティに入れて、面倒を見てくれる人を探してたのがこの7日間でよくわかりました。冒険者としての基礎はまるで駄目、戦闘は突撃して力任せ、しかも防具もろくに身に着けていないのに防御に関して能力も意識もまったくない。
死にます。確実に1人で冒険に出たら、死にます。
それがわかっていて、見捨てるのは僕には無理です。できません。
「……理由を聞いてもいいですか?パーティを組めない理由を」
今まで、聞いた方がいいか悪いか迷って言う勇気がでなかった言葉を。思い切って僕は言いました。
彼女の指の動きが止まりました。困ったように、僕を見つめています。
「はっきり言います。エステルはパーティを組まないと3分で死にます」
”そんなことない”
ぐりぐりと指が手の平に押し付けられました。ちょっと痛いですが、我慢します。
「森や草原の歩き方も知らない、野営の仕方も知らない、敵を見かけたら突っ込むだけ突っ込んで傷だらけ。それでどうやって生きていけると思ってるんですか。そもそもこの前の休みにチェックしたら、武器は手入れもしてないので刃はボロボロ、水袋に火打石も持ってなかったじゃないですか。そんな人が1人で冒険者できると思ってるんですか。無理です、無理。冒険に出たら3分で死にます」
”そんなことない。3日はもちますー”
ふくれっ面で手の平に書き込まれました。
3日じゃだめじゃん、と思ったのは秘密で。
「僕とパーティを組みたくないなら、それでもいいです。でもどうか、誰か他の人と、エステルがいいと思う人とパーティを組んでください」
彼女の手が思いっきり僕の手をつねりました。痛い痛い痛い!?
それっきり、彼女は黙々と食事を再開しました。
どうしていいかわからず、仕方なく僕も食事を再開することにしました。
◇◆◇◆◇◆
お互いに食事が終わり彼女と食後のお茶を飲んでいると、1階の方から何か騒がしい音が聞こえてきました。
受付嬢のヴァネッサさんが慌てて、2階に上がってきます。
「ああ、ソラ君、いい所にいてくれたわ。怪我人がいるの。治療を手伝ってくれない?」
「どうしたんですか?」
「ゴブリンの集落を発見したパーティが大怪我をして戻ってきたの。どうやら『王』がいたようね」
ゴブリンの王。
モンスターの脅威度ではBランクになる危険なモンスターです。ゴブリンたちを率い、しばしば辺境の村や集落を襲うことでも知られ、ゴブリンキングがいると、ゴブリンたちは極めて統制のとれた行動をとるらしく、本体の戦闘力以上に危険とされています。
まさしくゴブリンの王と言うべき個体で、最近、ゴブリンが異常発生していたのもおそらくこいつのせいでしょう。
「わかりました。すぐ手伝います」
急いで1階に降りましたが、そこで見知った顔の人物がいることに気づき、僕は固まってしまいました。
「……ソラ」
泣いていたのでしょう。目を赤くしていたのは、かつてのパーティメンバー、そして僕を嫌っていたアイラでした。
「ゴブリンの集落を見つけたパーティが大怪我して戻ってきた、て聞いたけどアイラのパーティだったんですね……カインが見当たりませんが?」
あまり目線を合わせないようにしつつ、僕は話しかけました。アイラは確か、カインと一緒に新しいメンバーを加えてパーティを結成していたはずですが、そのカインの姿は今は見当たりません。
「カインは……カインは、ゴブリンキングから私たちをメンバーを逃がすために……敵を足止めするって、その場に残って……私も残る、て言ったのに、カインが逃げろって……」
泣きじゃくるアイラの話をまとめると。
カインとアイラのパーティは他の2つのパーティと一緒にゴブリンの集落を捜索する依頼を受けて、森に入ったそうです。
そこで集落を見つけ、各個撃破で掃討を始めたそうですが、そこでゴブリンキングと遭遇したとのこと。
取り巻きのゴブリンの数も多く、徐々に追い詰められていき、最後にはカインともう1人の盾役が足止めに残り、怪我人を連れて救援を求めに街に逃げ戻ったのだそうです。
「アイラ、場所は?」
「……地図が、私の、カバンの中に入ってるわ……ソラ……ごめんなさい……あなたにこんなこと頼める義理じゃないのは、わかってる……けど……」
彼女の側に置いてあったカバンから地図を取り出します。【斥候】のアイラが記した、目的地と通って行ったルートと目印が記された地図です。
「……お願い……カインを、助けて……」
「わかってます。ずっと一緒にすごした、幼馴染ですからね」
地図をざっと確認し、内容を頭に入れるとローブのポケットにいれます。2階の席に置きっぱなしの荷物を取りに行こうとすると、そこには僕のカバンを持った彼女がいました。
「エステルも、行くんですか?」
こくこくと彼女は頷きます。無理矢理、僕の手を引っ張り手の平を自分の方に向けます。
”ソラを手伝う”
「ありがとう」
お礼を言って彼女からカバンを受け取ると、背負いました。
「ヴァネッサさん!まだキングと交戦中の冒険者がいるそうです!救助に向かいます!」
「待ちなさい!もうすぐ日が沈むわ。今から森に行ってたら夜になるわよ!無茶よ、やめなさい!」
「大丈夫です!〈灯り〉の魔法くらいなら僕でも使えますから。行ってきます!」
背後から聞こえてきたヴァネッサさんの大声は無視して、冒険者ギルドの入口の扉を勢いよく開けると、僕と彼女は森へ向かって走り始めました。