治癒士の僕、狂戦士の彼女と依頼を受ける
残酷な描写がありますので注意ください。
【狂戦士】
由来は亜人種の戦士と言われている。
かつて大切な者を失った亜人種の戦士は、戦場に死に場所を求め、戦いと死の神の加護を入れ墨として全身に刻み、防具を捨て武器だけを持って戦いに挑んだという。戦いと死の神の加護により傷を負うほどに強くなる力を得た戦士は、血を流しながら己の命を顧みず、死ぬまで戦い続けたという。
それと同じ力を再現する【狂戦士】は防具を身につけることができない代わりに傷を負えば負うほどに力が増すという特性を持っている。
「【狂戦士】なんて初めて聞きましたよ」
「ええ、めったになる人はいないし、なったとしても死亡率がすごく高いからなかなか出会うことはないのよ」
ヴァネッサさんが解説してくれました。
僕の目の前には1人の女の子がいます。年のころは15か、もしかすると成人してないかもしれません。僕もあまり背は高くないですが、その僕より頭1つ小さいので背も低い方でしょう。
くすんだ金髪に青い瞳、目鼻立ちは整っていますが今は全身に傷跡が残っていています。恐ろしいと言うよりはむしろ痛々しく見えます。
そして【狂戦士】の特徴である入れ墨。これは自然と体に浮かび上がってくるそうで、彼女の見える肌の部分に赤い模様が見えます。
そして、彼女の身長と同じくらいの柄の長さの巨大な斧を背負っています。しかも2つ。
彼女が、パーティを組むことになった【狂戦士】のエステルです。
「初めまして。僕はソラ。【治癒士】をしています。しばらくあなたとパーティを組むことになったので、よろしくお願いします」
エステル、という名の少女は何も答えません。挨拶もできないのか……と思っていると、僕の袖を掴んで引っ張ります。
「ソラ君、手を出してあげて」
ヴァネッサさんが言うので僕は手の平を彼女の方に差し出しました。
”エステル。よろしく”
彼女は僕の手の平に指で文字でそう書きました。
「この子、声が出なくて喋れないのよ」
「治療しないんですか?」
ヴァネッサさんの言葉に、僕は思わず聞き返しました。何かの怪我の後遺症なら治さないのはおかしいです。
「体の怪我は魔法で治せるけど、心の怪我は魔法では治せないのよ。この子、自分の住んでいた村がモンスターに襲われて全滅してね。その時のショックで喋れなくなったの」
何か聞いてはいけないことを聞いてしまったようです。確かに、そういう症状は回復魔法では治せません。伝説になるような魔法だと治せる魔法もあったそうですけれど。
ただ、普通に会話ができない、というのは冒険者としては重いハンデです。冒険の途中にわざわざこうやって指で文字を書いて意思疎通するわけにはいきませんから。
「とりあえず、何か依頼を受けてみましょう。退治系がいいのかな」
【狂戦士】の本質は戦闘でしょうし。
「それならゴブリン退治の依頼があるわ。ギルドからの依頼になるけれど」
ヴァネッサさんが依頼票を見せてくれました。ゴブリン退治。討伐の証として耳を削いだものを持ってきて、持ちこんだ分が報酬が出る依頼です。最近、ゴブリンの動きが活発化しており、冒険者ギルドで常設の依頼を出して、退治を呼び掛けているそうです。
「わかりました。ちょうどいいのでそれを受けますね。エステル、それでいいかな?」
彼女はこくり、と頷きました。
◇◆◇◆◇◆
ゴブリン退治のために街を出て森に入りこんだ僕は、ハリィさんが投げ出した理由の1つにさっそくぶち当たることになりました。
「ストップ、エステル」
僕の呼びかけに、前を歩いていた彼女が足を止めて振り返ります。
「冒険者ギルドで講習は受けなかったんですか?」
冒険者になる者に対して、ギルドは最初に冒険者として活動するために必要な技能を教える講習を受けさせます。
彼女は僕の問いに首を振って、かしげます。つまり「いいえ」。受けてない、ということでしょうか。
「……森を歩くのに、歩き方を注意しないと。そんなに音を立ててしまうと、モンスターから奇襲を受ける原因になってしまいます」
森を歩くのに、普通の冒険者はなるべく音を立てないように足元に気をつけるのが当たり前です。【治癒士】の僕でも自然とそうるのが身についています。
けれど、彼女はそういう基礎がまったくできていないようです。さっきから草むらに体が当たってガサガサ音は立てる、落ちてる小枝を踏み折るなど、気になって仕方ありません。
彼女は僕のローブの袖を引っ張って手を出させると、手の平に文字を書きます。
”できない”
いや、できないじゃなくて、やれよ……と思いましたけれど。
「講習を受けてない、じゃなくて受けたけど、できなかった、てことですか、これは」
僕の言葉にこくこくと頷きます。
確かに、前のパーティでも防御力の高い金属製の鎧を身につけたカインはどうしても動くと鎧が音を立てたりはしましたけれど。彼女はごく普通の服しか着てないのですし周囲に無頓着すぎるのが原因ですが。
僕はため息をつきました。頭を抱えたくなりましたが、【狂戦士】とはそういうものだと、割り切るしかないかな、と思うことにしました。
◇◆◇◆◇◆
そうしてしばらくの間、森の中を進み続けました。
と、急にエステルが森の奥に走り出しました。
「えっ、何が!?」
慌てて後を追いかけます。走りながらエステルは背負っていた巨大な戦斧を1つ手に持ちます。
ひゅっ、という風切り音がして矢が、エステルの肩に刺さりました。
「敵!?ゴブリン!?」
慌てて僕は足を止めて周囲を見回しました。確かにわかりにくいですが、周囲に気配を感じます。しかも複数です。
それに気づいたのならかつての仲間のアイラ以上の索敵能力です。
「エステル!戻ってください!」
声をかけるけれど、彼女は止まりません。木々の影になって、彼女を見失いそうになるので慌てて後を追いかけます。
なるほど、ハリィさんが怒ってたのはこれでしょう。彼女は、仲間である僕のことをまったく見ていません。【狂戦士】の由来となった死ぬまで戦ったという亜人の戦士と同じように、周囲も自分のことも気にしない、できなくなるのでしょう。
「我は唱える、〈命の瞳〉」
僕は彼女の跡を追いかけながら、魔法を発動させます。
回復魔法の基本中の基本である〈命の瞳〉。
これは簡単に言えば「命を可視化する」魔法です。この魔法を使えば【治癒士】は他人の命を「視る」ことができるようになります。
その視え方は人によってさまざまで、それが、回復魔法の資質になります。ある人は、色の濃淡で、ある人は棒の長短で視えるそうです。
そして、僕は。
エステルの姿を、僕の目が捉えます。
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僕の〈命の瞳〉はその人の命の現在値と最大値を「数字」で視ます。
これは、回復魔法の最も優れた資質を持つ者の視え方になります。数字という「まぎれ」のない形で、しかもどれだけ怪我を負っているかが、客観的にかつわかりやすく視えるのですから。
回復魔法をかけるタイミング、かける威力の度合いを決めるのにこれほど便利な視え方はありません。
「エステル!刺さった矢を抜くんだ!」
前を走る彼女に大声で声をかけます。矢が刺さったままでも回復魔法はかけられますが、意味がなくなります。矢ごと傷が治っても、その矢を抜く時にまた傷を負い、よけいに痛い思いをすることになりますから。
こういう部分が、回復しかできない旧式の【治癒士】の弱点です。
ただ、僕の叫びは聞こえていないのか、彼女は無視しています。そして目の前には弓を持ったゴブリンの姿が現れました。すでに矢をつがえ、彼女の方に向けています。
さらに左右から矢が飛んできて彼女に刺さりました。せめて避けて!と思いましたが、まったく意に介する様子もなく、そのまま目の前のゴブリンを叩き切ります。一撃でゴブリンの胴が真っ二つになりました。
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視えている彼女の命が矢がさらに刺さったことで減りました。
「我は唱える、〈大治癒〉」
回復魔法を、彼女に飛ばします。矢が刺さったままなのはよくないのですが、やむを得ません。
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左右を見ます。木の陰で見えにくいですが、それぞれゴブリンが2匹ずつ、弓を持った奴と棍棒のようなものを持った奴とのペアがいるのが見えました。
「エステル!」
右に!と言おうとしたらもう左の敵に向かって走り出していました。しかたなく、右の2匹の動きに注意しつつ、彼女の後を追います。
また矢が飛んできて、腹に深々と刺さります。
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視えている命がごそっと減ります。その瞬間、彼女が加速しました。
慌てて棍棒を持ったゴブリンが立ちふさがり、手に持った棍棒を振り下ろします。まったく防御態勢を取らない彼女の頭にクリーンヒットします。普通なら昏倒しそうな一撃ですが、やはり彼女はまったく気にしません。
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まずい、回復魔法を、と思って魔法を発動させようとして、思わず目の前の光景に詠唱が止まりました。
背中に背負っていたもう1本の戦斧。今まで両手に握っていた戦斧を片手に持ち直すと、背中のもう1本を片手に持ち、片手に1本ずつ巨大な戦斧を持つとそのまま片手でゴブリンをガードした棍棒ごと首を斬り飛ばし。
そのまま猛スピードで弓を持ったゴブリンまで距離を詰めると、一撃で胴を真っ二つにしたのです。
【狂戦士】の特性。
傷を負えば負うほど、力を増す。
おそらく、彼女のまるで痛みを感じてない振る舞いも、まったく防御を考えずに突っ込むのも、その特性がゆえだとするならば。
右側にいたゴブリンから矢が飛んできます。1発目ははずれるものの2発目が彼女の足に刺さります。
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「我は唱える、〈小治癒〉」
彼女に回復魔法を飛ばします。全力ではなく、威力を弱めて。
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少しスピードは落ちたけれど、彼女の変わらずに両手に戦斧を持ちまっすぐに敵に向かって突き進んでいきます。
棍棒が彼女の体を撃つ。
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回復魔法を威力を抑えて、発動させる。
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戦斧が軽々とゴブリンを斬り飛ばします。恐怖に駆られた弓持ちのゴブリンが背を向けて逃げようとしたところを彼女が後ろから斬り捨てて、戦闘は終了しました。
◇◆◇◆◇◆
「痛むから我慢してくださいね」
刺さった矢を抜いて、回復魔法をかけなおします。矢を刺さったまま治療をすれば、回復して埋まった傷が矢に癒着してしまうのでそれを無理矢理はがしてもう1度傷口をふさがないといけません。
彼女は刺さった矢を抜くたびに、顔をしかめました。戦闘中でないなら痛みは感じるようです。
「矢が刺さったまま傷を治すと後で痛い思いをすることになるから、まず矢を抜くようにしてください。いいですね?」
魔法をかける僕の手をつかむと、彼女は手の平に文字を書きます。
”わかった”
そのまま文字を書き続けます。
”でも、敵がいる時はできない”
「……じゃあ、痛いのは我慢してくださいね」
すごく嫌そうな顔をしている彼女は年相応の女の子に見えました。
倒したゴブリンが5匹。耳を削いで討伐の証にすれば、とりあえずの仕事は完了です。
今までの戦いまでのことを、振り返ってみました。
まず、冒険者として、まったくなってない知識や行動。
敵を見たら周囲を気にせず突撃する。
確かに、パーティにいたら邪魔だし、足を引っ張るだけなのは目に見えています。
けれど、先ほどの戦闘はそれを補ってあまりあるほど強力でした。かつて仲間だったカインやライ以上のパワーとスピード、破壊力。あれがあれば、相当強力なモンスターでもなければまず負けることはないはずです。
そう、【治癒士】が足を引っ張らなければ。
今の【治癒士】は怪我を受けないようにすることを第一として魔法を使います。それは彼女の【狂戦士】の特性とあまりに相性が悪い。
敵の攻撃を受けることでより強くなっていくはずの彼女が、盾の魔法に守られて強さを発揮できない。そして敵に突っ込んだ彼女を守るために【治癒士】は彼女にかかりきりになって、パーティの連携が乱れる。
そりゃ、嫌われます。パーティで面倒見切れなくなるはずです。
ただ、僕となら。
僕の「旧式」の【治癒士】としての力で、彼女を命を低い状態のまま、傷を負った状態のままで戦い続けられるようにできるのなら───
「……依頼は達成できましたし、もどりましょうか」
彼女は頷きます。
そのアイデアはすごく魅力的に思えました。
けれど、【治癒士】として、仲間を傷を負わせたまま戦わせるなんてそれでいいのかということと、彼女を自分の都合よく利用していないか、ということの二重の良心の呵責に、胸が痛みました。