治癒士の僕、パーティを追放される
「ヒーラーがパーティを追放されて、新たな力に目覚めて成り上がり、ざまぁする」というお題で設定を思いついたので消化しようと思い立ちました。成り上がりとざまぁ成分は少ないですが。
全6話予定の習作ですが、よければ読んでいただけると幸いです。
「このパーティは解散しようと思う」
パーティのリーダー、カインのその言葉に対して僕が最初に思ったのは、ついに来る時が来ちゃったか、でした。
「……そっか、しょうがないな」
いつも明るいパーティメンバーのライも流石に今は神妙にしています。
「うん、ごめんなさい……このままじゃ、駄目だと思うから」
パーティの紅一点、アイラが申し訳なさそうに呟きます。
3人の視線は僕の方に向いていました。
「そうだね。僕もそれがいいと思う」
僕は答えました。しょうがありません。
パーティが解散する原因は確実に僕にあるのですから。
◇◆◇◆◇◆
僕たち4人は辺境のある村で一緒に生まれ育ちました。いつか物語に語られるような名のある英雄になることをお互いに夢見て、15の成人になるのと同時に村を旅立ち、街で冒険者ギルドに登録し、冒険者となりました。
パーティのリーダーで、大盾を持ち、常に最前線で敵の攻撃から仲間を守る【戦士】のカイン。
カノンと並んで戦いながら卓越した槍の腕前で敵を倒す【闘士】のライ。
パーティの紅一点で、警戒や探索を得意として、弓の腕前も一流の【斥候】のアイラ。
そして、僕。高い魔力でどんな怪我や状態異常も癒す【治癒士】のソラ。
4人でパーティを組んで冒険者を始めて、2年。
素質に恵まれ、努力を怠らなかった僕たちは17という異例の速さで冒険者ギルドでBランクまで上がり、周囲からは将来を期待される若手のホープのパーティ、と言われそこそこに名と顔も知られるようになっていきました。
けれど、その頃からだんだんと冒険者パーティとしての実力の限界を、僕たちは感じるようになっていました。依頼の達成はできても、自分たちの思うような結果とならず、パーティの中で言い争いになることも何度かありました。
主に僕が原因で。
それには【治癒士】の役目の変化、を説明しないといけません。
かつては【治癒士】と言えば、どんな深い怪我もすぐに治せる回復魔法を使うパーティの生命線、でした。けれど、魔法技術の進歩により防御魔法や支援魔法が見直され、より効果的で強力な新しい魔法が開発されることで【治癒士】の仕事は変化していきました。
「怪我を癒す」から「怪我を防ぐ」へ。
怪我を癒すのも怪我を防ぐのも結果は同じかもしれません。けれど、実際に怪我をする側から見たらどうか。怪我を癒す、ということは、怪我をした、という事実は残ります。受けた人の痛みの記憶や怪我をした時の恐怖はその人に残ってしまいます。それならば怪我をしないで済む方が当然いいのではないか。
「癒す」より「防ぐ」方がより優れている、と、受け入れられるのは当然でした。
今では【治癒士】はパーティの生命線としての役割はそのままに、受けるはずの傷を吸収する盾の魔法と、能力と感覚を高める強化の魔法が主な仕事となりました。かつての主な仕事だった回復魔法はいざという時の補助的な役割を担うようになりました。
そして、回復魔法を主とする【治癒士】は「旧式」と見下されるようになっていきました。
僕はいわゆるその「古い」【治癒士】です。回復魔法に高い適性を持っていて、回復魔法でなら誰にも負けないつもりです。けれど防御や支援魔法に関する適性はほぼありません。治療しか、できないのです。
盾役のカイン。
攻撃役のライ。
偵察と遊撃のアイラ。
みんな優秀な冒険者です。
僕だけが、「旧式」と馬鹿にされる能力しか持たない治療しかできない回復役として、だんだんとパーティの足手まといとなっていったのでした。
◇◆◇◆◇◆
ライが席を立ちました。
「じゃあ、俺はしばらくソロで動くよ。まあ、臨時パーティの募集もあるだろうし、それでやっていくさ」
ひらひらと手を振ると、愛用の槍をかついで、ライは部屋を出て行きました。
「ソラはどうする?」
カインが尋ねてきます。僕は無理に笑って答えました。
「僕でもやっていけるパーティがないか探してみるよ。それが駄目なら……ギルドの施療院に就職かな。安定した仕事も、むしろいいかもね」
「……ごめんなさい、ソラ」
アイラがうつむいてそう言いました。
カイン、ライ、僕、そしてアイラ。男3人に女の子が1人。年頃になれば自然と僕ら3人はアイラを異性として意識するようになりました。
そんなアイラが選んだのが、常にパーティのために傷つき戦うカインだったのはたぶん自然なことだったと思います。カインは僕から見てもかっこいい、いい奴ですから。
だからこそアイラは余計に僕のことを認めていませんでした。そりゃそうですよね、自分の好きな男性が、僕のせいでいつも傷つきながら戦わないといけないのを見ていないといけないわけですから。
「いや、いいんだ。元はと言えば、僕の実力不足が原因だしね。そもそもパーティ解散だって、僕に遠慮して、だよね?本当は僕だけパーティからはずして、新しい【治癒士】を入れればいいんだから」
「いや、それは違うぞ」
僕の言葉にカインが答えました。
「今まで4人で仲間としてやってきたんだ。それが崩れるなら、もうこのパーティではいられない……なら、解散するしかない。そう思ったから、そうしたんだ。別にソラだけをのけ者にするつもりはなかった」
「……そうか。ありがとう」
僕も席を立ちました。
「今までお世話になったね、カイン、アイラ。元気でね」
それだけ言って、僕は部屋を出ました。多少、扉が大きな音を立てて閉まりましたけど、仕方ないですよね。
自分が原因だってわかっていることを、そんな風にかばわれるのは余計みじめじゃないですか。
◇◆◇◆◇◆
「さっぱりみたいだねえ、ソラ君」
冒険者ギルドの受付カウンターに頬杖をついてにやにやと僕を見ているのは、ギルド職員のヴァネッサさんです。
パーティが解散してから10日が過ぎました。
カインとアイラは引き続きパーティを組んでいて、新しいメンバーを加えた新しいパーティで冒険に出ています。ライもパーティに加わらないかと声をかけられたり、熱心な勧誘を受けたりしているようです。
僕はと言うと、【治癒士】を探しているパーティに声をかけています。
「あのパーティの」と僕の名前はわりとこの街の冒険者には知られているのですが、僕が「古い」タイプの【治癒士】だと説明するとみな理由つけてパーティ入りを断ってきたのでした。
「どうせなら施療院勤務のギルド職員になったらどう?ソラ君の腕なら歓迎されると思うわよ?」
「……結構です」
冒険者ギルドの施療院というのは、大怪我をした冒険者や普通の人が運び込まれる簡易の病院のような施設を言います。ここでは純粋に怪我や状態異常を治す回復魔法が求められます。
「んー、ギルド職員も悪くないわよ?命の危険はないし、安定した職と言われるとちょっと微妙かもしれないけど、お給料もそんなに悪くないし」
「それはわかっているんですけどね……」
ヴァネッサさんの言わんとすることはわかるんですけれど。それでも僕はまだ、子供のころ、4人で語り合ったあの夢を、いつか物語で語られるような名のある英雄になる夢を諦めきれないでいるのです。
「若いわねえ。まあ、若いうちは冒険に憧れる気持ちもわかるけどねえ。特にソラ君は将来有望な冒険者だったわけだし」
ため息をついてこちらを見るヴァネッサさんに、僕は肩をすくめてみせました。
「おい、ヴァネッサ」
そんな話をしている所に、1人の男性が割って入ってきました。僕も見知っている冒険者の方で、名前はハリィ。年は30くらいで革鎧に剣を持った【闘士】の方です。僕と同じBランクのパーティのリーダーをしている方で、僕らの先輩に当たります。僕らも冒険者を始めたてのころは、色々とお世話になりました。
「あら、ハリィ、お帰り」
「お前に頼まれたあいつ、全然だめだわ。話にならん」
「ああ、そう……駄目?」
「ダメだな。こっちの言うことは聞いてはくれるんだが、いざ戦闘が始まったら突っ込むばかりでこっちの言ったことをきれいさっぱり忘れてしまう。あれじゃあ無理にパーティに入れるより1人で死なせた方がましだぞ?周りを巻き込みかねない」
ヴァネッサさんとハリィさんが話し込んでいるのが聞こえてきます。面倒見のいいハリィさんが珍しく怒っているようです。
「うーん、困ったわ。さすがに1人で死ねとは言えないわ……」
「気持ちはわかるがな。とにかく、俺たちじゃ手に負えない。悪いが他を当たってくれ」
そのままハリィさんは立ち去ってしまいました。
「どうかしたんですか?」
「ちょっと問題児の冒険者の子がいるのよね……入れるパーティがなくてハリィたちに世話してもらってみたんだけど、ハリィが匙を投げるならこれはもうおおごとね」
ヴァネッサさんが僕を見ると、悪戯っぽく微笑みました。
「ソラ君、今、フリーよね?」
むっとして、僕は答えました。
「……僕が入れてもらえるようなパーティはないですからね。『旧式』な【治癒士】の僕じゃ」
「じゃあ、ちょっとパーティを組んでみない?」
ニコニコといい笑顔でヴァネッサさんは言いました。そのあまりにも怪しい様子に僕は思わずジト目でヴァネッサさんをにらみつけてしましました。
「それ、さっきの話の問題児ですよね?厄介ごと押し付ける気ですか?」
「まあまあ……ソラ君は冒険者としての基本もしっかりしてるし、先輩として後輩の教育をするのも悪くないでしょう?」
ヴァネッサさんが笑顔で僕にプレッシャーをかけてきます。
はぁ、と僕は大きくため息をつきました。
「……どうせパーティに入れないと【治癒士】はろくな依頼も受けられないですしね。いいですけど、ハリィ先輩が面倒見切れない人を僕がどうにかできるとは思わないですよ?」
「ありがとう、恩に着るわぁ、ソラ君」
ぎゅっ、とヴァネッサさんが僕の手を取って握ってきました。うん、一応、僕も年頃の男なので、美人のヴァネッサさんに手を握られると気恥ずかしいのですが。
「その子の名前はエステル。【狂戦士】よ」




