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名探偵ゼロ  作者: 赤羽 翼
真夏の密室
9/33

犯人は誰だ

 全員固まってぞろぞろと聞き込みにいくのは効率が悪いので、俺と花蓮、残った三人で寮にいた生徒から話を聞くことになった。全員ばらばらになって行動した法が効率はいいのだろうが、万が一にも俺たちのなかに犯人がいた場合不利な情報をもみ消されてしまいかねない。花蓮はそれを危惧してこのグループわけにしたのだろう。


 俺と花蓮はとりあえず同じ階の部屋をノックしまくって出てきた人に怪しい人を見なかったか、と尋ねて回ったが、誰も何も見ていないようだった。とにかく外は暑く、また期末試験が近いとあって、殆どの生徒は部屋にこもりきりだったようだ。こんなとき部屋が防音じゃなければ花瓶が落ちたときの音のことを聞けたのだが……。


 五分ほどで俺と花蓮が聞き込みを担当することになっていた階の全生徒から話を聞き終わったので、立川たちの部屋に戻った。三人も聞き込みが終わっていたらしく、既に部屋にいた。互いに情報交換をしたが、三人も何の情報も得られていなかった。


「手がかりはなし、か……」


 貝橋が腕を組みながらため息混じりに呟いた。


「この暑い日……それも期末試験が近い日に部屋の外を出歩くのは俺たちくらいだったということか」


 がっくりと肩を落とす立川。彼は元気のない声で続ける。


「そもそも犯人を見つけたところで花瓶は戻ってはこない。これ以上調べたところで――」

「危機感がない!」


 いきなり花蓮が大きな声を発した。俺含む男衆はびくっと肩を震わせる。

 花蓮は立川にびしっと指を差し、


「よく考えてみて。手段は不明だけど、犯人は鍵のかかった部屋にあった物を動かせるんだよ? 今回は花瓶一つの被害で済んだけど、今後も同じことが起こらないとも限らないわ。この部屋の他の陶器も危険ということよ」

「た、確かに……」

「それに陶器だけじゃない。夜、この部屋で寝てる二人も危険だし、トリックが他の部屋にも適応できるなら他の生徒も危険。この事件は二次被害を食い止めるために、今ここで解決しなくてはならないわ!」

「そ、それは流石に大袈裟なんじゃ――」

「それが危機感がない証拠!」


 勢いに圧されて漏れた竹丸の言葉を花蓮とすかさず切り裂いた。


「数十万の物が破損させられたのよ? はっきり言って、本来なら警察を呼んで捜査してもらうべき事案よ、これは。短期間に警察が何度も関わるのは学園のイメージを損なうから呼ばないけだけでね」


 今の花蓮の言葉に、ピンとくる物があった。


「立川。あの花瓶が数十万もすることを知ってるの、俺たち以外にいるか?」

「……? どういうことだ?」

「ぱっと見、花瓶以外には被害はない。つまり犯人は花瓶をピンポイントで狙ったことになる。何で狙ったのか? 花瓶の価値を知ってたからだ」

「なるほど……そういうことか。若林さんには話したな」


 今朝、外出する際にすれ違った先輩だ。


「しかし、陶器に詳しければあの花瓶が竜禅正の作品だとわかるぞ」

「陶器に詳しい学生なんて滅多にいないがな。俺はお前しか知らん」


 貝橋が俺の推理に間接的に同意してくれる。竹丸が首を傾げた。


「若林さんが犯人ってこと?」

「いいや。若林先輩がそのことを誰かに話した可能性もあるから断定はできない。けど、疑う根拠はもう一つある」

「それは?」


 花蓮が訊いてくる。


「若林先輩は映画にいく前、俺たちと会ってる。つまりこの部屋が無人なことを知っていたんだ」

「けど、花瓶の値段と同じでそのことを別の人に話した可能性もあるよね?」


 竹丸の言葉に頷き、


「ああ。けど、若林先輩が誰かに話していたら話していたで、どの道犯人は絞れるだろ?」

「若林さんが花瓶の値段と真紅郎くんたちが映画にいくことの両方を話した相手ね」

「そうだ。ってことで、若林先輩に話を訊きにいくぞ」


 若林先輩の部屋は隣の部屋なので俺と立川で向かった。俺は若林先輩とは会ったら挨拶するくらいの仲なので、立川に扉をノックさせた。若林先輩はすぐに出てきた。


「んお、立川と下条だっけ? どうした?」


 立川を軽く肩で突っつき話させる。


「あの、ちょっと訊きたいんですけど、この前花瓶の話をしたじゃないですか」

「ああ、竜なんちゃらの花瓶だっけか? 数十万する。あれがどうした?」

「その話、他の誰かにもしましたか?」

「してねてよ。する意味もねえし」


 俺は横から更に尋ねる。


「俺たちがさっき映画にいったこと、誰かに話してませんか?」


 若林先輩は訝しげな表情を浮かべた。


「そっちこそ話さねえよ。何かあったのか?」

「いえ、ちょっと諸事情がありまして。ではこれで」


 俺たちはそそくさと立川の部屋に退散した。花蓮が真っ先に訊いてくる。


「どうだった?」

「どっちも誰にも話してないってよ。犯人の可能性は高いな」


 竹丸が腕を組んでうーんと唸る。


「若林さんがそんなことするとは思えないなあ。この前僕にアイスくれたし」


 こいつの人の善悪を決めるファクターがおかしいことはわかった。大丈夫かこいつ。不審者にアイスもらったらほいほい付いていってしまいそうだ。


「けど、犯人が若林さんだったとしても、トリックがわからなかったら意味ないんだよねぇ」


 花蓮は肩をすくめながら言った。……確かに、その通りだ。犯人がわかってもトリックがわからなければ、犯人はいくらでも言い逃れができる。そもそも若林先輩が犯人と決まったわけでもないのだが。


「密室トリックか……。手がかりと言えそうな物は例の水だけだな」


 貝橋が顎に手を添え真剣な顔で思案しながら呟いた。水、か……。あの水はどういう状況で花瓶の底に付着し、テーブルに水滴を残したのか。


「普通に考えれば犯人の手が濡れてたからなんだろうけど……」

「何で手が濡れてたのかわからないんだよねぇ」

「そうなんだよなあ」


 俺と花蓮は同時にため息を吐いた。考えられることと言えば、犯人が手を洗ったからだ。何故手を洗ったのか? それは手が汚れていたからに他ならない。何故汚れたのか? 部屋に入る際に汚いところに触れたからだ。では、その汚いところとはどこだ? 部屋を見回す。それに該当しそうなのはダクトくらいだったが、どう考えても中高生が出入りできる大きさじゃない。


 しばらくの間、誰も何も言わない時間が訪れた。おそらく全員が全員トリックについて考えていたのだろうが、なんの案も出てこない。水……マットレスは濡れていないようなので、やはり濡れていたのは犯人の手だけだろう。何で手が濡れてたんだ。何で……。


 必死に頭をこねくり回していたが立川が諦めたように呟いた。


「みんな、もういい。俺のためにそこまで考えてくれなくて」

「いや、私は立川さんじゃなくて学園の――」


 空気の読めないことを言おうとした花蓮の口を押さえた。


「どこかで誰かに恨み買ってしまった俺が悪いんだ。花瓶だって割れたわけじゃない。形が変わらずに残っているだけましだ。だから、俺のためにお前らまで悩む必要はない」

「立川……それでいいのか?」


 訊かずにはいられなくて、尋ねた。


「よくはない。俺だって犯人が誰なのか、どうやって部屋に入ったのか気になる。だがわからないんじゃしょうがない。だから、もういい。こんなことには頭は使わずに期末試験の勉強に使え」


 こいつのなりの気遣いに、俺たちは何も言えなくなった。


 ◇◆◇


 俺と竹丸は自分たちの寮に帰ってきた。何故か――理由は予想がつくけど――花蓮も付いてきた。竹丸と互いの部屋の前で別れ、俺と花蓮は自室へ入った。


「ゼロ!」

「ゼロくん!」


 扉を閉めるやいなやに俺たち二人は同時に叫んだ。が、返事はなかった。ゼロはベッドの上で壁にぐったりともたれかかったまま動かない。


「おい、ゼロ?」

「どうしたのゼロくん?」


 ゼロの顔がこちらに向いた。そして消え入りそうな声で言う。


「花蓮ちゃん……酷いじゃないか。お昼ご飯を届けてくれないなんて……」

「え、何のこと?」


 きょとんと首を傾げる花蓮。


「俺が朝メッセージ送ったろ。ゼロに昼飯届けてくれって」

「あ、そうなの? 起きてから一回もスマホ見てないから知らなかったよ。いやあ、めんごめんご」


 そんなことがあるのか!? スマホ持ってる女子中学生なんて、普通年中スマホいじってるだろうに。


「お、お腹空いた……」


 ゼロの腹の虫が大きな声で鳴った。


「花蓮、何か食べれる物持ってきてくれ」

「りょーかい!」


 ◇


「ふぅ。人間、一時的な飢餓に陥るだけでここまで食べ物のありがたみを実感できるものなんだね」

「朝飯と昼飯抜いただけで大袈裟すぎだろ」


 焼きそばパンを食べながら大層なことを言うゼロにつっこんでしまう。


「いやさ、ほら、僕は貧弱だから、少しのご飯で満足できる代わりに空腹の期間が長くなると体力を大きく消耗してしまうんだ」

「貧弱っつっても、中肉中背だろお前」

「僕は着太りするタイプなんだ」

「クソどうでもいい情報だな」

「僕は君の疑問に答えただけだよ」

「はいはい。そこまで」


 ぱんぱんと手を叩いて花蓮が口喧嘩をとめた。


「私たち、ゼロくんに訊きたいことがあるの」

「何だい?」

「実は密室事件が起こったんだ」


 俺が答えた。ゼロは興味深そうに額に指を当てた。


「密室事件ねぇ……。どんなことが起こったんだい? 聞かせてほしいな」


 お、頼むまでもなく食いついてくれた。


「一番最初から話してくぞ」


 俺は朝、立川の部屋へ起こったことと、外出中に起こったこと、帰ってきたら密室の状態で花瓶がテーブルから落ちていたこと、そして俺たちの中途半端な推理をゼロに――本人の要望に応え――事細かく詳細に伝えた。


 全てを聞き終えたゼロはがっかりしたかのようにベッドに寝転がった。


「この前の窃盗騒ぎのときの二人の推理は良い線いってたんだけど……。今回のことに関してはダメダメだね。百点満点中、二十点くらいかな」

「そ、そんな低いの……?」


 花蓮がややショックを受けたかのような愕然とした表情になった。


「低いね。犯人は、花瓶の価値と立川君たちの部屋が留守だったことを知っていた、という部分しかあってない。まったく……何をどう考えたらそんな推理にすらならないものを考えつくんだい?」

「う、うるせえな。そこまで言うってことは、お前は犯人とトリックがわかったってことか?」


 俺と花蓮が罵られるのはこの際どうでもいい。解けたのか解けてないのか。それが問題……なのだが、ゼロが浮かべた得意げな笑みを見て杞憂と悟った。


「もちろんわかってるさ。この程度の謎、僕にとっては無に等しいよ。早速語っていこうか。証拠が証拠であるうちに」

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