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名探偵ゼロ  作者: 赤羽 翼
真夏の密室
8/33

密室事件

 『サマー・トリロジー1』なる映画を見終わった頃には十二時を過ぎていて、俺たちは映画館のある施設内の飲食店で昼食を取った。休日の十二時過ぎという時間帯のためどの店も異常に込んでおり、仕方なく十分並んで入ったイタリアレストランでパスタを食べた。本当はラーメンが食べたかったのだけど、竹丸が油っぽい物は苦手だからしょうがない。


 映画の感想はというと……何かよくわからなかった。高校生が主役の青春物なのだろうが、部活して友情して恋愛もするという色々詰め込まれすぎなストーリーで頭が追いついていかない。貝橋には悪いがあまり面白いとは思えなかった。ただ今売れてるらしい若手女優が主演なだけあり、客入りはそこそこだった。休日の映画館の客入りがそこそこで大丈夫なのかとは思うけれど。


 ずっと建物内にいたため、外に出たとき暖房のついた部屋に入ったときのようなむわっとした熱気に包まれた。俺たちはそそくさとタクシーを捕まえて学園に戻ってきた。


「あー……クソ暑いな……」


 校門を通りながら呻くと立川が頷き、


「まったくだ。七月でこれなら、八月はどうなってしまうんだろうな」


 ハンカチで頬を拭きながら嘆いた。


「下条と竹丸はこれからどうする?」


 貝橋は尋ねてきた。


「特に予定はねえ。強いて言えば勉強だ」

「僕はどうしようかなあ。勉強面倒くさいしなあ」

「そうか。なら、俺のわかりやすいノートのコピーをやろうか?」


 貝橋は学年でも十位以内の成績はある男だ。こいつのわかりやすいノートには幾度となく助けられてきた。


「くれるなら欲しい」

「僕も」


 俺と竹丸の成績は……まあ、赤点を取ったことないくらいには良い。

 四人で立川たちの部屋に向かうことにする。暑さから早く逃れるべくやや早歩きで二人の部屋の前までやってきた。立川が即座に鍵を開け、扉を開けた。点けっぱなしにしていた冷房が部屋にためにためた冷気が俺たちを包んだ。生き返る心地を覚えたのも束の間。俺の目に別の意味でひやっとする光景が飛び込んできた。思わず指を差す。


「お、おい立川! あの花瓶!」


 映画館へ向かう前、立川が紹介してくれた竜禅なんちゃらの数十万する花瓶がテーブルから床に落ちていた。


「ぬっ!」


 俺たち四人、扉も閉めず一斉に花瓶に駆け寄った。余裕がないからか立川はさっきはしていた軍手をせずに花瓶を持ち上げた。


「大丈夫か!?」

「損傷は!?」


 俺と貝橋が同時に尋ねる。床に破片が落ちていないため割れてはいないようではある。流石はマットレス。しかし……、


「ぬ、ぬあああああっ!」


 立川からこの世の者とは思えない絶望的な声が放たれた。


「ひ、ひびが……ここに大きなひびが入っている……!」


 立川が人差し指で示した箇所……口から真ん中にかけてひびが走っていた。かなり目立つひびだ。これでは、とてもじゃないが美術館に飾れないだろう。

 部屋に沈黙が訪れた。突然の出来事に誰も何も言えない状況のようだ。気まずい雰囲気の中、竹丸が取り繕うような声を出した。


「え、ええっと……とりあえずみんな、アイス食べて落ち着く?」

「そう、だな。竹丸、四人分持ってきてくれ」

「う、うん」


 竹丸は四本のアイスを持ってきて、各自に配っていく。


「はい、太司くん」

「あ、ああ……」


 立川は呆然と竹丸からアイスを受け取った。


「太司くん、花瓶のひびとかって直せないの?」

「無理だ。割れた物なら傷が目立たないくらいまで修復できるが、こう中途半端にひびが入るとパテかなんかで無理やり修復するしかない。が、それは見栄えが悪くなる」


 ひびは模様がある場所にまで入っている。困ったものだ。


「じゃあ……この花瓶、美術館に飾れないってこと?」

「そうなるな。……はあ」


 立川は完全に意気消沈といった感じだ。


「何故こんなことになってしまったんだ……」

「まったくだな。何故こんなことになったんだろう」


 立川のただ漏れてしまっただけであろう言葉に反応したのは貝橋だった。俺は貝橋の視線が鋭くなったことに疑問を抱きつつ訊く。


「どうかしたのか?」

「よく考えてみろ。花瓶が勝手に倒れるか? 何かきっかけがなければそうはならない。じゃあそのきっかけとは? 俺たちが部屋を出るときは花瓶はちゃんと机にあった。そして俺たちが帰ってくるまで鍵がかかってたんだ。誰もこの部屋には出入りできない。窓にも鍵がかかっているし、そもそもこの部屋は二階だから窓から出入りはできない。いわゆる密室というやつだ。この密室で、どんなきっかけが起こるというんだ? 明らかにおかしい」

「言われてみれば確かにな」

「つまり、これは密室事件というわけね」


 扉の方から女の声が聞こえ、俺たちの視線がそちら――扉の方――に向いた。俺は顔をしかめてしまう。


「き、君は……!」

「理事長の娘!」

「か、花蓮ちゃん……だったっけ?」


 普段抜き打ち寮監として日々生徒をどぎまぎさせている花蓮の登場に、三人は驚いたらしく口を開いたまま硬直してしまった。俺はため息を吐きつつ、


「花蓮……お前何でいるんだ?」

「この寮の前を通ったら凄い叫び声が聞こえてきたから見にきたんだよ」


 部屋は防音のはず、と思ったが扉が開けっ放しになってた。

 花蓮は扉を閉めつつ部屋に乗り込んでくる。


「話はばちこり聞かせてもらったわ。たぶん、何者かがトリックを使って密室に侵入したのよ。よし……こんな面白――じゃなくて、非道なことをする奴を放っておくわけにはいかないわ。花瓶を床に倒した犯人を探して出して弁償させるわよ!」


 俺を除く男三人はいきなり出現した花蓮の勢いに「お、おう」と飲まれてしまっている。

 俺は頭を掻きながらため息を吐き、


「確かに返事ではあるけど、密室事件ってのは流石に飛躍しすぎだろ。例えば、置き方が悪かったとかよ」


 それだと最後に花瓶を触った竹丸のせいということになってしまうと気づいて慌ててフォローしようと言葉を探したが、花蓮が素早くクビを振った。


「傾斜のある場所に置いたのならともかく、平面に悪い置き方したんなら置いた瞬間に落ちるよ。人為的なことが絡んでいるに違いないわ」

「同感だ」


 貝橋が頷いた。


「ってことで、この事件について調べるよ。まず、事件のいきさつについて教えて、真紅郎くん!」


 花蓮がぐいぐいとくるので、仕方なしに四人で出会ってから帰ってくるまでの説明を手短にした。


「なるほどねぇ。鍵をかけたのは間違いないんですね?」


 花蓮に尋ねられ、立川は頷いた。


「ああ、それは確実だよ。みんなも見ていたよな?」


 同意を求められ、俺たち三人も頷く。


「映画もいっている間、鍵はずっと俺のポケットに入っていた」

「各部屋には全部で三本ずつ鍵があります。他の二本は?」


 貝橋が自分のバッグの中から一本出し、立川がテーブルは引き出しさらもう一本を取り出した。


「鍵は全部ある、と。うちの寮の鍵は複製できない物だから、その三本以外にこの部屋を開けられる鍵はないわね」

「ちなみに外に出てる間、立川は一人だけトイレにいかなかったから、被害者のこいつが犯人だなんて言うなよ」

「言わないよ。うーん……うちの寮の鍵はピッキングなんかじゃ開けられないし……。犯人はどうやって中に入ったんだろ?」


 ノーヒントでいきなり密室トリックについて考えるなよ。

 俺は立川と貝橋の方に向き直り、


「なあ、この部屋に普段と違うことはないか?」

「普段と違う、か……」


 立川は顎に手を添え、陶器だらけの部屋を見回した。


「陶器がいっぱいで僕にはわからないなあ」

「同じく」


 即行で竹丸と貝橋は匙を投げた。立川もじっくりと部屋を見回していたが、


「駄目だ。陶器が多すぎて何もわからない」

「お前が集めたんだろうが」

「いや、でも待て。部屋の違いはわからないが、おかしいことならある。この花瓶の底だ」


 ずっと手に持っていた花瓶の底を俺たちに見せてくる。


「拾ったときは焦っていてスルーしたが花瓶の底が濡れているんだ」


 花蓮が人差し指で花瓶の底を突っついた。


「あ、ほんとだ」


 俺も花蓮に続いて指をあてがってみた。確かに軽く濡れている。


「ん、テーブルも濡れているぞ」


 貝橋の声に釣られて俺と花蓮が先ほどまで花瓶が置いてあったテーブルに視線を移した。

 映画にいく前にもあった二冊の分厚い書籍と書籍の間、拳一つ分空いた空間に少量の水があった。


「これはきっと犯人の手がかりだね」


 花蓮が興味深げに水を見つめながら言った。それに異論はないけど、この水がどういう物なのかはわからない。犯人の手が濡れていたということだろうか? しかしどうして?

 俺と同じように考え込んでいた花蓮がばちんと手のひらと拳をぶつけた。


「この部屋で考えてても仕方ないね。聞き込みにいくわよ!」

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