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名探偵ゼロ  作者: 赤羽 翼
真夏の密室
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高い花瓶


 ゼロを匿ってから二週間以上経った。依然として彼の存在は花蓮以外にはばれていない。一応、学園側から生徒に不審者が侵入してまだ潜伏している可能性があることが説明されたが、まあ大体の生徒は気にしてなさそうである。その事実が発表されたのはゼロが学園に忍び込んで一週間が経ったころだった。その間に窃盗事件が起こっていたけれど、その犯人は逮捕された。つまり謎の侵入者は一週間何もしてないことを意味している。目撃した生徒もいないとなれば、現実感は皆無だろう。俺やゼロ、花蓮的には万々歳だが。学園側もまさか不審者を一週間も匿ってる生徒なぞいないだろうと思っているらしく、家宅捜索のようなことはされていない。


 土曜日の今日、俺は九時頃に目が覚めた。この学園の朝飯の時間は七時二十分であり、食べたい者はそれまでに食堂にいかなければならない。それは平日も休日も変わらないので、俺は朝飯を食い損ねたことになる。まあ毎度のことだ。俺は休日は朝飯を食べないことにしてる。休日に七時二十分なんて時間に起きてたまるか。


 ゼロは既に起きていたらしく、寝ていた俺に気を使ってかテレビにイヤホンを挿して録画してドラマを見ていた。こいつ、俺の部屋にきてからテレビと漫画しか見てないぞ。大丈夫か?


 ゼロはイヤホンをしていても俺の気配には気づいたようで、テレビからイヤホンを抜き耳から取り出しつつ、


「おはよう真紅郎」

「ああ」


 リモコンで音量を上げるゼロを尻目に俺は顔を洗いに洗面台へ向かう。鏡を見ると寝癖で髪がいつもよりはねていたが、まあ特に気にすることはない。もともと若干天パだった髪型が普通の天パの髪型に近づいただけの話だ。


 リビングに戻り寝巻きとして着ているTシャツから制服に着替える。


「おいゼロ。俺外出するから昼はテキトーにパンやらカップ麺やら買って食っとけ」

「僕、外に出れないんだけど?」

「あ、そういやそうだったな。完全に失念してたわ」


 ゼロから呆れるようなため息が漏れた。


「何で一番重要なことを失念するんだい?」

「いや、あまりにもお前が生活に溶け込みすぎててよ。じゃあ、花蓮に飯を差し入れとくように連絡しとく」


 俺は充電器に引き抜いてスマホを起動させ、花蓮にメッセージを送っておいた。まだ眠ってる時間帯だろうから返事がすぐこないのはわかっているのですぐにスマホをポケットに入れた。

 それを見てかゼロがテレビから目を離すことなく声をかけてくる。


「そんなことより真紅郎」

「そんなことって、お前の飯のことだぞ」

「それよりも重要なことだ。外出するんなら、このドラマのシーズン1のDVDを借りてきてくれないかい?」


 俺は顔をしかめた。


「何で俺がそんなことしなきゃならねえんだよ。金と借りる時間の無駄だ」

「何を言ってるんだい。借りてきた物を君も見れば無駄じゃなくなるじゃないか」

「いや、まあそれはそうだけど、屁理屈だろうが」

「どこが? 理屈は完璧に通ってる」

「俺の感情を無視してんだろ」

「この作品を見れば、その感情が愚かだと知ることになるよ」


 わかっちゃいたが、こいつ面倒くせえ。


「今日は連れがいるから無理なんだよ。映画見にいくんだ」

「映画って?」

「ええっと、何だったかな……」


 タイトルは聞いていたはずだが思い出せない。ゼロににやりとした笑みが浮かぶ。


「タイトルも思い出せない映画を見にいくんだね。自分が心から見たい映画ならタイトルくらいは知ってるはず。つまり友達に誘われたとみた。君は自分の感情を無視して友達に誘われた映画を見にいくということだね? あれ、感情を無視? どこかで聞いた言葉だね。それもついさっき」

「もういいよ。わかったよ。明日借りてきてやるよ」


 ゼロは満足げに頷いた。今後の教訓にしよう。口でこいつには勝てない。

 時計を確認する。まだ時間には早いが、俺の部屋に訪ねてこられると危険だし俺から訪ねるか。俺は財布をポケットにつっこむ。


「じゃあいってくるから外出るなよ」

「さっきまでそのことを忘れてたくせによく言うよ」


 ごもっとも。

 俺は扉を少しだけ開けて隙間から周囲の人の有無を確認する。誰もいない。開けたとき室内を見られてゼロの存在がばれるのが一番しょうもない。俺は扉をさっと開けてさっと閉めた。むわりとした熱気に身体が包まれる。室内は冷房が効いてるからいいが、廊下は非常に暑い。まだ七月だっていうのに、この連日の暑さには参る。


 俺は隣の部屋の扉をノックした。一瞬の間の後、ガチャリと扉が開き、コーン付きのアイスを手にした竹丸が現れた。相変わらずのニコニコ顔である。朝からアイスを食っていることにはもうつっこまない。


「あ、真紅郎くん。おはよう」

「よお。ちょっと早いけどそろそろいこうぜ」


 竹丸は部屋を振り返り時間を確認し、


「そうだね。ちょっと待ってて。お財布持ってくるから」


 一旦部屋に引っ込むと数秒後再び扉から現れた。扉に鍵をかける竹丸に尋ねる。


千山ちやまはまだ寝てんのか?」

「うん。桐雄きりおくんは休日は三時まで寝てるよ」

「怠け者だな」


 竹丸のルームメイトに呆れるけれど、怠け者でも不審者よりかはましか。

 俺たちは寮から暑い日差しが照りつける外へ出た。まだ朝だというのに軽く三十度は超えてそうな気温に辟易しながら、竹丸と共に別の学生寮へと向かう。


「竹丸。今日見にいく映画のタイトルって何だっけ?」

「えっと確か『サマー・トリロジー1』だったかな」

「夏の三部作ねぇ……」


 竹丸も曖昧なのは映画を見にいくと言い出したのは俺たちではなく、俺たちのクラスメイトだからだ。どうやら好きな小説の映画版らしい。主演は有名な女優みたいだがろくに映画もドラマもみない俺は知らなかった。


「そうだ。聞いてよ真紅郎くん」


 竹丸が思い出したかのように口を開いた。


「何だ?」

「僕の部屋にあるアイスが食べ過ぎてなくなりそうなんだ。どうしよう?」

「買えばいいだろ」

「それはそうなんだけどさ。この暑さだと買っても寮にくるまでに溶けちゃいそうだし」

「まあ、確かにな。まあ宅配とかしてもらえばいいんじゃね?」

「え、アイスって宅配できるの?」

「実際に使ったことはねえけどできる思うぞ。調べてみりゃいいんじゃないか?」

「そうだね」


 と竹丸はコーンをバリボリ食べながら力強く頷いた。……こいつ、どんだけアイス好きなんだよ。

 そんな話をしてる間に映画に誘ってきた男の住む寮に到着した。中に入って二階へ上がり、部屋の扉をノックした。

 扉が開き、眼鏡をかけた小太りの男が出てきた。


「おはよう太司ふとしくん」


 竹丸が挨拶すると太司……立川たちかわ太司は眼鏡の位置を正した。


「おはよう。竹丸、下条」

「準備できてるか?」


 立川に尋ねると、彼は首を振った。


「いや。今、裕也ゆうやがシャワーを浴びている」

「女みたいなことしてんのな、あいつ」


 立川のルームメイトの貝橋かいばし裕也こそ俺たちを誘った張本人なのだが、まさか朝にシャワーを浴びてるとは思わなかった。


「外は暑かったろう。奴が出てくるまで中で涼んでいるといい」


 俺たちはお言葉に甘えて部屋に入った。中に入ってまず目を引いたのは大量の皿と花瓶だった。


「入る度に思うけど、凄え量の陶器だな」

「ふっ。まあな」

「別に誉めちゃいねえよ」


 この立川、何と高校生にして陶器マニアなのである。陶器は壁際、本棚、テーブルに並べられ、圧倒的なまでの物量で部屋に入る者を驚かしてくる。


「割っちゃいそうか心配になるよ」


 竹丸が不安そうな声を漏らす。


「まあ割れたら割れたで仕方ないと考えてる。それに高価な物は実家に送っているし、問題はない」

「ないかなあ」


 この学園、基本的に違法な物じゃなければ寮に持ち込んでもいいという決まりがあるけれど、これはどうなんだろう。流石に多すぎねえか?


「こんなの部屋に人を上げられねえな」


 言ってから部屋に不審者を匿ってる俺も人を上げられないと気づいた。


「お前たちと寮監以外を上げたことはない」


 そうだろうな。

 そわそわしながら部屋を見回してると浴室の方から、腰にタオルを巻いただけの長身の男が現れた。


「お、もうきてたのか二人とも」

「服着ろ」


 反射的に貝橋につっこみを入れてしまった。


「はっはっは。すまない」


 貝橋はベッドの上にあった制服を身にまとっていく。

 その光景に愛想笑いを浮かべていた竹丸は何かに気づいたようで、窓際のテーブルに指を差した。


「太司くん。僕が前きたとき、あの花瓶あったっけ?」


 テーブルにある花瓶は一つしかなかったため俺にも竹丸がどれを差しているのかわかった。本物の花は生けられていない代わりに、ピンクの花と緑の茎の模様がある。しかしテーブルには大きなコップも並んでいるため花瓶の下部が見えない。見た目が台無しだ。

 立川はよくぞ訊いてくれたとばかりに頷いた。


「いや、あれはつい最近買った物だ。何と、竜禅りゅうぜんただしが焼いた花瓶なんだ」


 そんなこと言われても知らないけど。

 立川が花瓶が置かれたテーブルに寄っていくので俺たちもそちらに向かう。テーブルには陶器のコップ、花瓶の他、分厚くでかい陶器関連の書籍が二冊ほど転がっていた。

 立川はどこからか取り出した軍手をはめ、花瓶を持ち上げ、俺たちに見せつけてくる。花瓶は案外細く、手のひらにも乗せられそうだ。まあどんな花瓶でも、腕力さえあれば手のひらより幅が広くても乗せられるんだけどな。


「どうだい? 素晴らしいだろ?」

「素晴らしいかどうかはわからないけど、高そうではあるな」


 率直な感想を述べると後ろから貝橋が、


「実際に高いらしいぞ。数十万したらしい」


 立川には失礼だが、こう思ってしまった。こんなもんが?


「お前、よく陶器にそんな金かけられるな。贋作だったらどうすんだ」

「僕が贋作なんかに騙されるわけがないだろう。それに、これは父親の金で買ったんだ。父は僕の目を信じているからね。まあ自分で買う場合もあるけど」


 こいつの父親は確か世界にいくつもある大きな美術館の総合館長だったっけ。


「これは高価な物だから、今度実家に預けなきゃならないんだ。見ておくなら今のうちだよ。今見なきゃ父の美術館でしかみれなくなってしまう」

「美術館に飾るのかよ」

「ああ。これまで僕が買った有名な制作者が作った陶器は美術館に飾ってる」

「へぇ。ってことは親父さんの仕事の手伝いしてるってことになるのか」


 そうなると途端に立派だな、と思える不思議。


「けど、そんな大切な物ならテーブルの縁近くに置いとくなよ」

「他に置くところがないんだからしょうがないだろう」


 改めてテーブルも見渡す。並んでいるのは主にコップで、埃が被らないようにするためかラップのような物に覆われている。確かに空間があるのは先述した分厚い二冊の本が置かれている地点……すなわちテーブルの縁ら辺しかなかった。要はコップを覆ってるラップを剥がすのが面倒なんだろう。


「太司くん、この部屋にアイスってある?」


 竹丸が唐突に尋ねた。竹丸と立川は父親同士が友人らしく、昔からよく会っていたようなのでこういう普通に考えたら失礼なことも言えるのだ。立川は花瓶を置き、軍手を外しつつ、


「あるぞ」

「食べていい?」

「構わない」

「わーい」


 竹丸は嬉しそうに笑いながら冷蔵庫のある洗面所の方へ消え、棒付きのアイスを食べながら現れた。こいつを見てたら俺もアイスが食いたくなってしまう。


「なあ立川。俺ももらっていいか?」

「ご自由に」


 俺は竹丸と入れ替わるように冷蔵庫へ向かい、下部の冷凍庫を開けた。大小様々な保冷剤とチョコアイスの箱があった。俺は箱からアイスを取り出して冷凍庫を閉め、袋を破って近くのゴミ箱に捨てる。アイスを食べながらリビングへと戻った。


「ねえ太司くん、この花瓶僕も見ていい?」


 竹丸が数十万する花瓶を指差しながら訊いた。


「軍手をして丁重に扱うならな」

「わかった」


 竹丸はアイスを咥えたまま軍手をして、花瓶をしげしげと眺め始めた。そういやこいつ綺麗な物が好きだったっけ。見た目も相まって乙女みたいだな。

 突然ブォーンという音が部屋に響き渡った。貝橋がドライヤーで髪を乾かし始めたのだ。こいつも乙女か何かか?


「何でドライヤー使ってんだよ」


 若干呆れながら言うと貝橋は悠然とした笑みを浮かべ、


「そりゃシャワーを浴びたら髪を乾かすだろう?」

「まあそうだけどよ。外の気温と陽気ならすぐ乾くぞ」

「すぐ乾かさないと髪が痛んでしまうんだ」

「へぇ。そうなのか」

「いや知らない」


 何なんだよ。そんな貝橋の様子を見ていた立川がやれやれと肩をすくめた。


「やれやれ。裕也のマイペースぶりには参るな。まあこの性格のおかげで部屋を陶器だらけにしても文句言われないんだが」

「当然さ。俺の器はオーストラリア大陸並の大きさだからな」


 でかいけど大陸基準で見たら小さいぞ、それ。


「あ、もうそろそろいった方がいいんじゃない?」


 いつの間にか花瓶を見終わっていたらしい竹丸が時計を見ながら言った。確かに頃合いの時間だったので立川は財布をポケットに入れ、貝橋はドライヤーを切った。

 四人で暑い廊下へと出る。立川が最後に出てきた竹丸を待って部屋に鍵をかけ、俺たちは階段を下った。その途中、この寮に住む若林わかばやし先輩が、


「おっ、どこかいくのか?」


 と声をかけてきたため、立川が映画を見にと答えた。そう、俺たちは映画を見にいった。その間に、とある人物の策略があの花瓶に襲いかかっていたことを知らずに……。

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