ゼロは何を知っているのか?
「で、そのプラチナの指輪はどういう状況で盗まれたんだ?」
興奮から落ち着いた様子の花蓮はやや疲れたように息を切らしながら教えてくれた。
「木陰でお昼寝しちゃってたら指からなくなってたんだって」
「まじで不用心すぎて心配になってくるんだけど。こっから卒業する奴って社会でやってけるのか?」
「常に使用人を侍らせとけば問題ないんじゃない? それに学園の中だから油断しちゃうってのはあると思うし」
それならわかる。学園内は外から隔絶されており、全寮制ということもあって実質我が家のような場所だ。昼間っから在宅中に泥棒に侵入されるとは思わないだろう。
「他に紛失した物はあるのか?」
「昨日、高等部二年の黛さんのスケッチブックがなくなったって。校庭の絵を描いてて、トイレにいくときに置いておいたら盗まれてたみたい」
「生徒のスケッチブックに盗むほど価値があるのか?」
「同学年なのに知らないの? 黛さんはご両親が売れっ子の画家なの。彼女自身も絵の賞を何度も受賞してて、既に絵に買い手がついてるほどの逸材よ」
そんな凄い生徒がいたのか。知らなかった。
「スケッチブックに書いてたのはただの趣味の絵みたいだけど、画家の性的なものなのか、全ての絵にサインを書いてたっぽいから価値はあると思う」
「けどそんなの売れるか? 調べられたらすぐばれそうだぞ。それに逸材とは言ってもまだ高校生の絵だろ?」
「未来を見越してるんだと思う。今は注目されてるくらいの知名度だけど、将来的には大作家になる可能性が高いから。で、窃盗が時効になったときに売るの」
「辛抱強い泥棒だな……」
呆れの感情が出てくる。
「盗まれた物はこれだけだね。ちなみに全部放課後に起こったこと。何か気になったこととかある?」
「そうだなあ……なんつーか、単独犯なのか複数犯なのかわからないけど、どっちにしても行き当たりばったりな感じはするな」
「確かに。学園内を散策して、偶然見つけた物を盗んでる感じがするかも。まあ普段から学園にいて、ここの学生たちが危機感ないのを知ってたらそれが一番効率よさそうだけどね」
「それは確かにな。それから……うーん。なんだろ。生徒が犯人とは思いにくい」
「それは私も思ってるよ。何となくだけど」
「俺は何となくじゃない」
「というと?」
「犯人が金目当てなら、スケッチブックを盗むのは不自然だ。よく考えてみろ。スケッチブックが高値になるには、黛が高名な画家にならなきゃいけないだろ? けどそうなるまで何年かかるかわからない。黛が高名な画家になるころには犯人が大人になってる可能性だってある。この学園の生徒なんて、みんな将来給料のいい仕事に就く奴らばかりなんだから、将来を見越して金の種を手に入れる必要なんてない。むしろスケッチブックを売ると、自分が窃盗犯だったことがばれて地位を失う恐れすらある」
時効になっていたとしても、罪は罪だ。マスコミとかは黙ってない。時効というものは刑に処されないだけで社会的制裁は受けるのだ。
花蓮は納得したように頷いた。
「なるほどなるほど。その話を聞いて、私もどうして犯人が生徒とは思えないかわかったよ。スケッチブックって他に盗まれた物と違ってすぐお金に換えられないし、かさばるでしょ? 長いこと手元に置いておかなきゃいけない。それって、あまりにも抜き打ち寮監ことこの私に対して無警戒すぎるんだよね。どっかの誰かさんはともかく、普通の生徒は私みたいな異質な存在に注意を向けるし」
無警戒で悪かったな。
「スケッチブックなんて置いてたら私に見つかる可能性がある。部屋の外に隠しておくとしても、黛さんが高名な画家になるまで学園内に隠すのは無茶。学園外に隠すにしても、スケッチブックほどの大きさの荷物を持って外へ出たら監視カメラに映って容疑者になっちゃう」
「生徒は犯人じゃないってことで、俺たちの意見は一致したわけだ」
「だね。けどとりあえず後で抜き打ち寮監権限で色んな寮を見て回ってみるよ。一昨日やったときは何も出なかったけど」
「そっか。じゃあとりあえず今日はこのくらいにして、続きはその結果を踏まえて明日考えようぜ」
幸い明日は休日だ。花蓮は親指を立てて頷いた。
「オッケー。真紅郎くんもゼロくんに注意を向けててよね。真紅郎くんの部屋にはいかないからさ」
「わかった」
◇◆◇
その夜。ゼロはベッドに横になってクイズ番組を見ていた。問題が出題される度にゼロは素早く答えを口にし、それらを一問を漏らさず当てていっている。そして冷蔵庫から持ってきたコーラをコップに注いで好き勝手に飲む。完全に我が家のようにくつろいでいる。俺の部屋なのに。
『では、生物の問題です。私たちが普段食べているウニですが……あの黄色い部分はウニのどの部位でしょうか?』
司会の女性アナウンサーが出題した。ゼロはコーラを飲みながら俺に訊いてきた。
「真紅郎は、この問題の答えがわかるかい?」
突然のことに一瞬戸惑うも、すぐに考える。
「ん? んー……わかんねえけど、脳みそとかか?」
「全然違う。あれが脳みその味だと思うのかい君は?」
「生物の脳みそなんて味わったことねえから知らん。カニミソとかもあんま食わねえしな」
「カニミソは脳みそじゃない。中腸腺だよ。それは冗談として言ったのかい? それともカニミソは『みそ』って付くから脳みそだ、みたいな安直な理由からカニミソを脳みそだと思い込んでいたのかい?」
「じ、冗談に決まってんだろ!」
か、カニミソって脳みそじゃなかったのかよ! 十何年も信じてきたことが偽りだったと発覚したとき、人は平静でいられるだろうか。いいや無理だ。
「脳みそなんてイメージ的に苦いだろう? 魚の頭は苦い。そのイメージを持ってればウニの身が脳みそとは思わないと思うんだけど。まあカニミソを脳みそだと思ってたら、あのぐしょぐしょ感が比較的似てるしそう答えるのも無理はないね」
「冗談だっつってんだろ! 答えは何なんだよ?」
「卵巣と精巣だよ」
「うへぇ……」
予想外の部位に変な言葉が漏れた。
「何か食う気失せたな」
「大袈裟すぎないかい? 白子とかだって同じ物なのに」
「白子嫌いなんだよ」
「あっそう」
テレビの中で女子アナが正解を発表した。答えはゼロの言う通りだった。
「先人たちは凄いよ。ウニみたいな不気味な生物を割って、出てきた黄色い物体を食べたんだから。僕にはできないね。うん。人間っていうのは面白いよ」
人類の歴史的な何かに感動しつつ、ゼロは寝巻きを持って浴室へ向かった。……これはチャンスだ。
俺はベッドから立ち上がると自分の部屋を静かに物色し始めた。音を立てないように引き出しという引き出しを開けて中を調べ、ベッドの下を探り、タンスや戸棚を開けた。何で自分の部屋をあさるのにこそこそしなきゃならないんだ。これじゃまるで俺が泥棒じゃねえか。
部屋を見回すと、ゼロのリュックが目に入った。あれには衣類しか入ってないっぽいけど、一応調べておくか。チャックの開いている口から手を突っ込んでまさぐるが、服っぽい物の感触以外はしなかった。
「何してるんだい?」
「うわああ!」
浴室の方から飛んできた声に思わず悲鳴を上げてしまった。ゼロが呆れた目つきこちらを見ていた。や、やばい! 無我夢中で言葉を発する。
「お、お前風呂は!?」
「入ってないよ。いつもと違って真紅郎が帰ってくるのが遅かったのと、帰ってきてから妙にそわそわしてるのが気になって一人にしてみたんだ。そしたら空き巣みたいなことし出すし、僕の荷物あさり出すし……。学園で窃盗事件でもあったのかい?」
図星を突かれて目を見開いてしまう。
「な、何で知ってるんだ?」
「さっきの君の様子を見れば流石に気づくよ」
まあそうか……。
「わ、悪かった……」
謝る意外に選択肢がないので謝ったのだが、予想に反してゼロはまったく怒らなかった。
「別に謝る必要はないよ。僕を疑うのは至極もっともだからね。むしろ僕を疑わなかったら君の正気を疑う。けどご覧の通りぼくは何も盗んじゃいない。犯人はたぶん――おっと、僕としたことが大した理由もなく人を犯人扱いするところだった。これは僕のポリシーに反する」
俺は眉をひそめる。
「ちょっと待て。お前、容疑者が絞れてんのか?」
「容疑者……完璧主義の僕的にはあまり好きじゃない言葉なんだけど、まあそうだね。容疑者と言えば容疑者だ」
「何でだ? 俺、事件のことなんて何も喋ってないし、お前だってずっとこの部屋にいたんだよな? なのになんで容疑者がわかるんだよ」
俺と花蓮があそこまで考えても犯人が生徒なのかどうかもわからなかったっていうのに。
ゼロは得意げな笑みを浮かべる。
「僕くらいになると、部屋から出ることも、情報を得ることもなく事件の全容がわかるのさ」
「んな、馬鹿な……嘘だろ?」
当然そんなの嘘に決まってる。しかし、本当かもしれないと思わせてしまうオーラがこいつにはある。
「うん。嘘だよ」
ばらしちゃうのかよ。ちょっと信じてた俺が馬鹿みたいじゃないか。
ゼロは面倒くさそうにやれやれと首を振った。
「僕もその窃盗事件に無関係じゃないかもしれないってだけのことさ。まあ詳しいことは何も知らないからたぶんなんだけど」
「どういうことだ? お前は何を知ってんだ?」
「事件のことに関しては何も知らない。ただ、怪しい人は知ってる。本当にただ怪しいだけで事件と関係あるのかはわからない。けど、凄く怪しい人だ」
「誰だそれ?」
「それは自分で考えなよ。自分の学園は自分の手で……いや、頭で守るんだ」
無茶言うな。俺はそこまで頭よくねえんだよ。