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名探偵ゼロ  作者: 赤羽 翼
ぬいぐるみは昼歩く
30/33

メルヘン手芸部

「で、何で下条と大神がついてきてるんだ?」


 ボサついた頭にだらけきった顔つきの男子生徒、千山桐雄があくびをかみ殺しながら訊いてきた。


「二人とも心に余裕がないらしくて、癒やしを求めてるんだって」

「別に求めてはないけどな」


 竹丸の微妙に間違った返答につっこみを入れておく。


「千山って部活に入ってたのね。意外だったわ」


 さして興味はないのだろうが、話の種としてか大神が呟いた。彼女の言いたいことはわかる。基本寝てるかあくびしているかの怠け者である千山と部活という単語が結びつかないのだろう。

 千山は頭を掻きつつ、


「竹丸に無理やり入部させられたんだ。親にも部活くらいには入れって言われたから仕方がなかった」

「千山の両親って何してるんだ?」

「母親は主婦。親父は知らん」

「知らんってなんだよ。家のことだろ」

「知らんもんは知らん。色々やってるってことだけはわかるが」


 多角化している企業に勤めているか、経営しているかのどちらかだろう。


「でも、お前なら部活に籍だけ置いて後はさぼってそうだけどな。特に文化祭の準備なんかは」

「まあな。本当は面倒くさくて仕方ないけど、部長を怒らせる方が面倒なことになる。だから手伝いくらいはしようかなってわけさ」

「ふぅん」


 面倒が更なる面倒で上塗りされたわけか。


「で、結局手芸部は文化祭で何をするつもりなの?」


 大神が尋ねると、竹丸はほんわかした笑顔を浮かべた。


「それは実際に部室にいってみてのお楽しみだよ」


 随分と引っ張るな。

 俺たちは昇降口で靴を履き替えると部活棟へ向かった。部活棟は数少ない高等部の学生と中等部の学生が一緒に過ごせる校舎だ。いくつもの部の部室が密集している校舎なためそう呼ばれている。正式名称は知らない。花蓮なら知っているだろうが、別にそこまで気になっていない。


 竹丸と千山の所属する手芸部は部室棟の一階にあった。文化祭までの秘密なのか廊下側の窓にはカーテンがかかっており、中の様子は確認できない。


「こんにちはー!」


 竹丸が扉を開けつつ元気よく挨拶をした。その瞬間目に飛び込んできたのは、薄いピンクや薄い緑や薄い青といった淡い色で彩られたメルヘンな飾り付けと無数の可愛らしい動物のぬいぐるみだった。


 癒される、というのはこういうことか。竹丸は俺がぬいぐるみで癒されるような人間に見えるのだろうか? いや気持ちはありがたいけれど。


「あ、竹丸君。千山の奴は連れてきてくれた?」


 外から見える室内の死角から女の人のの声が聞こえた。


「はい、ちゃんと連れてきました。それから、メンタルをやられた友達を二人、癒すために連れてきました」


 メンタルをやられたって、俺たちか?

 千山が竹丸を部室へと押し込みつつ、扉から顔を出した。


「どーも。俺がいつもさぼってる風に言うのやめてくださいよ、部長」


 俺と大神も彼に続いて部室に足を踏み入れる。中にいたのは三人の女子生徒だった。高等部が二人。中等部が一人。三人のうち椅子から立ち上がっている背が高く気の強そうな雰囲気の高等部女子が声の主――部長さんだろう。


「はじめまして。竹丸と千山のクラスメイトの下条です」

「同じく大神です」


 俺が軽く頭を下げると大神もそれに続いた。部長さんは俺たちをまじまじ見つめると、にっこりと笑った。


「下条君と大神さんね。私はここの部長の愛川まなかわりょうよ。まあ三年生だからもうすぐ引退するんだけど」


 この学校の文化部の三年生は文化祭の終了まで部に籍を置いて置けるのだ。逆に言うとそれ以降は強制的に退部となる。まあ三年生なんだから当然だ。

 愛川さんに続いて他の女子生徒二人が今現在のこの部屋の雰囲気に合う真っ白な椅子から立ち上がった。


 高等部の制服を着ている、腰まで伸びた綺麗な黒髪が特徴的な女子生徒が両手を膝近くで合わせて丁寧に頭を下げた。


「はじめまして。白城しらぎ依子よりこ、一年生です。よろしくお願いいたします」


 随分とかしこまった子だな。実家が客商売……旅館か何かなのかもしれない。

 中等部の制服を着ている、小柄なおかっぱ少女は人見知りなのか緊張したような面持ちで頭を下げた。


空見原そらみはらミィ、です。変な名前ですけど、本名です。ハーフじゃない、です。あ、ち、中等部二年生です。えっと、そ、それから実家は女の子向けの玩具というか、人形というか、そういうのを作ってます、はい。えっと、あと――」

「ミィちゃんミィちゃん。初っ端の自己紹介に情報量入れすぎだよ。名前と学年だけで十分だから」


 愛川さんが苦笑しながら完全にテンパっていた空見原をなだめた。


「あ、そ、そうですよね。すみませんでした」


 何故か頭を下げられた俺と大神はリアクションに困ったので、なんと返したものか非常に困った。けどこのままだんまりというのは空気が妙な雰囲気になりかねない。大神もそれを察したのか、普段は人と群れない彼女が気を遣って話しかけた。


「空見原……さん、のお父さんはもしかして、『SLF』の社長かしら? 苗字が空見原だった記憶があるけれど」


 空見原さんがぱあっと笑顔になった。


「はい、そうです。空見原の英語……『sky look field』で『SLG』なんです」

「そうだったのね。『SLG』の商品は小さいころ、そこそこ家にあったわ」


 俺は隣にいた竹丸に小声で尋ねる。


「なあ、エスエルジーってどういう会社だ?」

「女の子向けのぬいぐるみとかを売ってる会社だよ。かなりコレクション性があって、専用の小さな家に並べたりして遊べるのも特徴だね。日本の女の子は大抵一度は『SLG』の商品に触れるんじゃないかな」

「へぇ。凄いんだな」


 千山が背後でため息を吐き、思い出すかのように呟く。


「うちの妹も集めてたな。ままごと遊びに付き合わされた記憶が……あるような、ないような。ないかもしれん」

「ある記憶だけ話せ」


 テキトーなつっこみをしつつ、改めて部室を見回してみた。机や本棚、ロッカーといった教室にある全てのものがメルヘンチックに彩られ、もふもふしてそうなぬいぐるみが乗っかっている。椅子が普通と違うのさ説明したが、机なんかもよくある学校の机とは違ってオシャレなカフェのテラス席にありそうな丸テーブルとなっている。本来あった机等は別の教室に移したのだろう。しかし、


「結局、これって何なんだ?」


 竹丸と千山に訊いたつもりだったのだが、答えたのは部長の愛川さんだった。


「『ぬいぐるみの国!』 みたいなのをイメージして作った部屋かな。一般公開日には小さい子とかもくるからね。ぬいぐるみや飾り付けまで全部手作り。苦労したよ」


 手作り? 凄いな。ざっと見た限り、置いてある熊やら犬やら猫やらのぬいぐるみは店に売っていても違和感のないものばかりだ。


「千山も作ったのか?」


 竹丸の手先が器用なのは知っていたが、千山もそうなのだろうか。


「おう、一応な。探しゃわかるぞ」


 ピンクのソファに寝転がりつつ千山は気の抜けた返事をしてきた。その頭を愛川さんが叩く。


「寝るな。あんたの臭いが染み付いたらどうすんの」

「文化祭開催前にアロマの香りを染みさせるとか言ってたからいいじゃないっすか」

「千山の臭いがアロマより強かったらどうすんのよ」

「酷い言いようだ……」


 千山は嘆きながらソファから立ち上がった。なんてテンポのいいコントなんだ。この二人の普段の様子が今の会話で大体読めた。

 二人の会話がツボなのか白城が口を押さえてぷるぷると震えている。


「千山が作ったのってこれ?」


 大神が指し示したのは窓際の本棚の上に並ぶぬいぐるみに混じっていた羊毛フェルトの犬だった。市販のキットを使っているのだろうが、何故か絶妙にだらけたような表情になっている。確かに一目で千山作だとわかる。


 当の本人はあくびをしつつ、


「俺にはぬいぐるみ作ることなんてできないからな。羊毛フェルトなら本気出しゃなんとかなるかもってわけさ」


 周囲のぬいぐるみ群を見回してみると千山作と思われる羊毛フェルトはいくつかあり、そしていずれもだらけた表情をした動物たちだった。


「何でどれもお前みたいな顔してんだよ」

「知らねえよ。作るとなんかそういう顔になっちまうんだ」

「千山の性格が手先にまで反映されたってことなのかしらね」

「どういう理屈だよそれ」


 大神の推理に千山は肩をすくめて反論した。すると、白城がワニの形をした羊毛フェルトを手に取り、


「ここまでくるとある種の才能、のような気がしますね」

「白城、お前絶対誉めてないよな」

「そないなことありまへ……ありませんよ。少なくとも、私にはできませんから」

「流石は京都の老舗旅館の娘だな。京都弁と腹黒さが隠せてないぞ」


 白城はやや顔を赤らめてコホンと咳払いをして羊毛フェルトをテーブルに戻した。

 どうやら白城が旅館の娘という俺の予想は正しかったらしい。彼女はじと目を千山に向ける。


「女の子に対して面と向かって腹黒いなんて失礼ですよ。それから、京都弁じゃなくて京言葉と言ってください」

「へいへい」


 なるほど。千山と白城の関係性もなんとなくわかった。

 ここで、話に置いてけぼりになりかけていた竹丸と空見原が声を発した。


「で、でも、僕は桐雄くんが作ったの、愛嬌があって可愛いと思うよ!」

「わ、私も可愛いと思い、ます。こんな顔の羊毛フェルトは初めて見ましたし」


 空見原の言葉の後半の部分は半分馬鹿にしてる気がする。

 千山はもうつっこむのに疲れたのか何も言わずに床に腰掛けて背中を壁に預けた。もうこいつは会話する気がないらしい。


 俺はさっきから気になっていたぬいぐるみのもとに寄ることにした。窓際の本棚に並ぶぬいぐるみ中でも、一際存在感を放つ大きな熊のぬいぐるみだ。俺の顔二つ分くらいの大きさがあるので、否が応でも目に入る。ただでかいだけでなく、クオリティも高いのだから近くで見たくなったのだ。


「これも手作りなんですか?」


 愛川さんに尋ねると、彼女は満足げにこくりと頷いた。


「凄いでしょ? 結構自信作なんだよね、それ」

「愛川さんが作ったんですか。実家がこういう系の仕事を?」

「ううん、ただの趣味だよ。父は工業大学の教授。何か色んな合金とか造ってるらしくて業界では有名らしいけど、ぬいぐるみ作りが趣味の娘にはよくわからないわ」


 素人目ではこのぬいぐるみは趣味の範疇を軽く超えている気がする。近くで見ていた大神が驚いたような表情を見せた。

 顔を寄せてまじまじと眺めていると竹丸が、


「真紅郎くん、それ、手に取ってみてよ。そのぬいぐるみの凄さがもっとわかるからさ」


 と言ってきたので、指示に従って両手でぬいぐるみを持ち上げた。これでこのぬいぐるみの更なる凄さがわかるらしいが……ん? ぬいぐるみの両腕の位置が違う。まさかと思って右腕を上げてみると、ぬいぐるみが右手を上げる格好になった。左も腕も同様に動かすことができた。なんと、このぬいぐるみは腕が稼働するようになっているらしい。


「針金入れて、手足動くようにしたんだよね」

「凄いですね。ぬいぐるみのことはよくわかりませんけど」


 足も動くらしいので両足も構ってみた。おお、動く。何となく癖になっていじり続けていると、ぬいぐるみのお尻の毛の一本に爪が引っかかって不自然に伸びてしまった。


 ……や、やっちまった。お尻の部分だから見映え的に問題はない。しかし、やっちまった感が否めない。周囲を見るが、こちらを見ていた竹丸も愛川さんも気づいてなさそうだった。おそらく俺の身体で死角になっていたのだろう。


「あ、あの――」


 冷や汗を垂らしながら愛川さんに正直に話そうとしたのだが、


「そのぬいぐるみは私の最高傑作なんだよねぇ。自分でもよくできてると思うもん」

「あのクオリティのぬいぐるみを作れるのは僕たちの中でも部長だけですからね。僕も作りたいなあ」


 と、非常に言いづらくなる情報を俺にインプットしてきた。……普段の俺なら、たぶん正直に白状したと思う。けど、嫌なことが迫っていて心がネガティブになっていた俺はそっとぬいぐるみをもとの位置に戻した。……最低だ。新たに不安の種を作ってどうするよ。


「お、お前が作ったぬいぐるみはどれだ?」


 テンパっているのを隠しつつ竹丸に尋ねた。


「色々あるけど、一番気に入ってるのはこれかな」


 竹丸はテーブルの上にあった可愛らしくデフォルトされたカエルのぬいぐるみだった。某マリオみたいなつなぎ服を着ているのがチャームポイントだろうか。


「名前はゲコって言うんだよ」

「もうちょい可愛い名前にしろよ」


 その後も俺と大神は手芸部作のぬいぐるみを見ては関心していた。そしてバレないだろうかとひやひやしていた。おかげでその一時は俺の気は紛れていたのだが、みんなと別れたときにはまた不安が襲ってきていた。不安を別の不安で上塗りしてただけだったようだ。


 ため息を吐く。……文化祭、どうなっちまうんだろうか。憂鬱な気分になったが、あのぬいぐるみたちのおかげで、再びそれを忘れることになる。

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