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名探偵ゼロ  作者: 赤羽 翼
学園の死角
3/33

責任の一端?


 花蓮の腰掛けるベッドの前で正座しつつ、昨夜のいきさつを説明するした。説明が終わると花蓮は腕を組んでうんうんと頷いた。


「なるほどねぇ。家出したゼロくんを追っ手から守るために匿った、と……。うん、意味わかんないかな」

「だよな」

「ゼロくんが家出して、追われるところはわかるよ。たぶん私が家出しても色んな人に追われるもん。けど何で匿っちゃうかなあ。そこがわかんないよ」

「い、色々あったんだよ。門限が差し迫ってたからつい勢いで……それに命を狙われてるとかって言われてよ……」


 花蓮は納得したように天井を仰いだ。


「あー……まあ、お人好しの真紅郎くんらしいっちゃらしいね。で、ほんとにゼロくんは命を狙われてるの?」

「その可能性はあるね」


 花蓮は顔をしかめる。


「どういう状況なのか想像しづらいなあ……。というかそもそもゼロくんはどうやって学園に入ったの? 警備は厳重なのに」

「いや、とてもじゃないけど、あの警備は厳重とは呼べないね。理事長先生に警備会社を替えた方がいいって言っておいてよ」

「はあ……」


 理事長の娘はあまり釈然としていない様子だ。俺は不承不承と口を開いた。


「な、なあ花蓮? ゼロは今すぐ追い出すから、お咎めなしにしてやってくれねえか? 俺が全責任を背負うからよ」

「僕は出ていかないよ」

「お前は黙ってろ。理事長の子供にばれたんだぞ? もう無理だ。一日しか匿ってやれずに悪かったな。これに懲りたら家出なんてすんじゃねえぞ」


 今日過ごしてわかった。誰かを匿うというのは気が気じゃない。精神が磨り減る。早いとこ不審者を家に置いておくことから解放されたい。ゼロは何もしていないだろうし、すぐに出ていってもらって正直に話せば自室謹慎くらいで済むかもしれないのだ。

 しかし予想に反して花蓮は、


「私、誰にも言わないから安心していいよ」

「は!? 何で!?」

「え、だってゼロくんミステリアスで面白そうだもん」

「ありがとう花蓮ちゃん。君は物わかりがよくて助かるよ。真紅郎なんか、自分で匿うって言ったくせに後悔したり後悔しなかったりで精神が忙しそうなんだ」

「真紅郎くんそういうとこあるからねぇ。損な性格してると思うよ。まあそういうところが好きなんだけどさ」

「それはlove? like?」

「もちlike」

「あはは。残念だったね真紅郎。likeだってさ」

「それは別にいいけど、本当に誰にも言わないのかよ花蓮! こいつが問題起こしたらどうするつもりだ!」


 俺はゼロを指さしながら言った。花蓮は軽い口調で返す。


「そのときは匿ってた真紅郎くんの責任だね」

「黙認してたお前も悪いだろ」

「匿うよりはましだよ。そもそもゼロくんが問題を起こさなければいいだけの話じゃん。ね、ゼロくん?」

「その通りだね。僕は何もしやしない」


 こいつら、出会って少ししか経ってないだろうに、息合いすぎだろ。


「それに命狙われてるのにほっとけないじゃん」

「それは、まあ、そうなんだけど……」


 それが嘘って可能性もあるんだよなあ。けど本当かもしれないんだよなあ。ゼロが普通の空気をまとった人間なら嘘だと判断したと思うけど、こいつは身にまとう雰囲気が異質すぎてその判別ができない。


「とりあえず、僕は出ていかなくてもいいんだね。よかったよかった」


 まったく他人事ではないにも関わらず、他人事のようにゼロが言った。

 花蓮はベッドから立ち上がり、俺に命令するようにビシッと指を向けた。


「そんじゃ真紅郎くん。ゼロくんをしっかり匿ってあげてね。私もちゃんとフォローするかさ」


 理事長の娘からお墨付きをもらってしまった。どうすっかな、これ……。


 ◇◆◇


 と、まあ不安がってはいたものの、ゼロを匿ってから四日が経ったころには、もうばれねえなこれと思い始めていた。ゼロはずっと部屋で漫画を読んでいるだけで、外にも出ていないらしい。ずっと部屋にいて、寮監がきたときだけトイレに隠れてもらえばいいわけだから、そりゃばれねえよ。俺は特に誰も部屋に招いたりしないからやっぱりばれない。結論、ゼロの存在はたぶんこれからもばれない。いいのかこれで……。


 とか、まあ色々と考えてはいたのだけど、当然だけどことはそう上手くはいかない。今日ゼロという謎の人物の存在に、俺は振り回されることになった。

 この日の放課後。俺からこの間ほどの焦りは消えており、ゆっくりと寮へ戻っていると、


「あの、少し伺いたいのですが」


 警備員さんに声をかけられたのだ。流石に心臓がバクッとなる。


「あ、は、はい。何ですか?」

「最近、不審な人物を目撃しませんでしたか?」


 見た。超見た。というか自分の部屋にいる。心臓の動悸が激しくなった。


「い、いえ、特に見てませんね。不審者が目撃されたんですか?」

「見ていないならそれで結構です。では、これで」


 警備員さんは頭を下げるとどこかへ去っていった。不安で心臓のバクバクという動きで身体全体が揺れるような感じがする。


「ど、どういうことなんだ……」


 思わず声に出してしまう。すると背後から、


「ここ数日、学園で高価な物がいくつも紛失しているんだよ」

「か、花蓮! いたのか」


 木立の裏から現れた花蓮は続ける。


「あまりに不自然だからお母さんは紛失じゃなくて何者かによる窃盗を疑ってるみたい。そこで、警備会社に軽く調べてもらってるの。生徒が犯人の可能性もあるから、あまり警察は介入させたくないんだね」

「窃盗……? そういや松宮が高い財布をなくしたって竹丸が言ってたっけ。けど警備会社の人も大変だな。そんなの自分たちの仕事じゃないだろうに」

「そうだね。まあ向こうから、調べようか、って提案してきたんだけど」

「へぇ。仕事熱心……ってのとは違うか。人情味に溢れてるな」

「そんなんじゃなくて、向こうとしてもこの学園に恩を売っておくのはプラスだからだと思うけどね」


 花蓮は木立から離れこちらに歩いてくる。


「ふぅん。そんなもんなのか」

「そんなもんよ。まあ罪悪感ってのもあるかもしれないけど」

「罪悪感?」

「この間生徒の一人が密かに体育館裏で野良猫を飼ってたことが発覚したでしょ?」


 そういえば十日くらい前にそんなことがあった。


「あれから警備員さんたちが念のために放課後に見回ることを申し出てきて、実際に見回ってもらってたの」


 通りで最近よく警備員を見ると思った。


「にも関わらず窃盗事件っぽいことが起こっちゃったと。だから罪悪感か」

「そういうこと。よし、じゃあ本題に入ろう真紅郎くん」


 今の本題じゃなかったのな。


「この件、私たちも調べるよ」

「は?」


 反射的に顔をしかめてしまう。確かに花蓮はこういう突飛なところがある奴だ。興味を持ったことにはとことん突っ込んでいってしまう。しかし、強かというか何というか、大人が絡んでいるなら関わろうとしない。


「どうしてまた?」

「私たちにも責任の一端が、もしかしたらあるかもしれないからだよ」

「何で?」


 花蓮は俺の寮がある方角に首を向けた。


「ゼロくんを匿ったのは何日前から?」

「四日前だ」

「さっき真紅郎くんから名前が出た松宮くんの財布がなくなったのも四日前なの。彼の財布の他にも、同じ日に別の生徒が高級な靴をなくしてる。つまり、窃盗は四日前から始まったと考えられるってわけ」


 俺は頭を押さえた。


「なるほど……。同じ日に学園に侵入した不審者……ゼロが犯人の可能性が高いってことか。さっき不審者について訊かれたってことは、もしかしてゼロの存在ってばれてる?」


 嫌な汗が出てくるが、花蓮はそれを否定した。


「あの質問は挙動不審な人物を見たかってことだと思うよ。不審者が監視カメラに映ったらすぐわかるし、お母さんにも報告がある。お母さんは何の報告ももらってないから、ゼロくんの存在はばれてない」


 今更だが、花蓮の言うお母さんのは理事長のことだ。

 俺は腕を組んだ。


「ってことは、ゼロは監視カメラに映らないで学園に侵入したってことか? 学内の監視カメラは映らないように避けて通れるけど、校門の監視カメラにはどうやったって映るよな?」

「そうなんだよ!」


 花蓮は力強く頷いた。


「周りの壁には警報装置があるから越えたらすぐに警備員と警察が駆けつけるし、そもそも梯子とか使わなきゃ越えられない。けど梯子なんて持ってきたら外壁の監視カメラに絶対映る……。ゼロくんがどうやって学内に忍び込んだのかわからないんだよ」

「本人はザル警備って言ってたけど、全然ザルじゃないな」


 ううむ……あいつは一体どうやって……いや待て。


「考えることの主旨変わってないか? 窃盗犯捕まえるのが主題なのに、ゼロが学内に侵入した方法を考えてるぞ俺ら」

「確かに。けど容疑者の侵入経路を考えることも重要じゃない?」


 俺は花蓮にじと目を向ける。


「お前、窃盗のこと調べるよりこっち考える方が楽しそうだとか思ってるだろ?」

「うっ……ばれたか。けど、実際大事なことじゃん。ゼロくんが犯人の可能性はぶっちぎりで高いんだし」

「それは、まあ、否定できない……」


 普通に考えたらあいつが一番怪しい。だが、


「生徒が犯人って可能性も全然あるだろ」

「私はないと思うよ。だってこの学園のみんなお金持ちの子供なんだもん。高価なものなんて盗む必要ないでしょ」

「わからないぜ。親が金持ち=子供も金持ちってわけじゃねえからな」

「うーん、確かに。だからといって、中高生がそんな高価なものを換金できるのかな?」

「テキトーな大人見繕って換金してもらえばいいだろ」

「それもそっか。……じゃあちゃんと調べなきゃいけないかあ」


 自分から言い出しといて何面倒くさがってんだよ。


「どんな物が紛失してるんだ?」

「えっと、ちょっと待って」


 花蓮はポケットからスマホを取り出した。


「四日前、松宮くんの財布と高等部一年の財津ざいつくんのプライベートシューズが紛失したって」

「財布は落としたって考えられるけど、靴がなくなってんなら間違いなく盗まれてるんだろうな。ってか何で靴が盗まれるんだ? 犯人は寮に入ったってことか?」

「ううん。連日の雨で湿気ってたから寮の外で干してたんだって。ちなみに財津くんは部室に鍵をかけずにバッグを置いて外に出て、戻ってきたらなくなってたみたい」

「不用心だな」


 垂直な感想を述べる。花蓮もため息を吐き、


「この学園の生徒って基本的に品行方正だから。みんな、物を盗んだりするような狡い人はいないと思ってるんだろうねぇ。危機感の欠如ってやつかな」

「まあ、不審者匿ったりそれを黙認してる俺たちに不用心とか危機感の欠如とか言う資格はないんだけどな」

「それを言っちゃあおしまいだよ」

「それで、他にはどんな物が紛失したんだ?」


 花蓮を促す。


「ええっと、三日前には中等部二年生の三木みきちゃんの腕時計がなくなってる。校庭で友達と遊ぶために外して置いておいたら消えちゃったみたい」

「ブーメランになるけどもう一度言いたい。危機感がない」

「本当にねぇ。そもそも私的には靴とか財布とか腕時計に大金かける意味がわかんないよ。その物の機能が備わってたらそれでいいのに。やっぱりお金は美味しい物にかけてこそでしょ」

「高級料理店は裏切らない、だっけ? お前の座右の銘」

「そう。もちろん安い店にも美味しい料理はたくさんある。それはわかってる。けど高級料理店の料理は絶対美味しいし、高級食材もやっぱり美味しい。高級食材の味は安い食材じゃ絶対出せない。それに引き替え、財布なんて高くても安くても機能変わらないじゃん。どの財布でも小銭とお札とカードが入るだけじゃん。それにそもそも高い財布を買う人なんてお金持ち歩かないじゃん。それなら名刺入れにクレジットカード入れとけばよくない? 靴にいたっては穿くだけだし。腕時計なんて大体針時計じゃん。デジタル時計の方が見やすいよ。二日前に高等部三年生の塚原つかはらさんからはプラチナの指輪が盗まれたんだって。宝石とか金とかプラチナとか、これにお金を使うのは最低だよ。だって存在意義がわからないもん。綺麗だなんだ言うけど、そんな輝き人工でも作れるからね? 天然か人工かもわかんないのに群がっちゃって。ダイヤモンドの機能的な価値なんて、ただ硬いってことだけなのに。やっぱり高級料理店、高級食材こそ至高! キャビア! フォアグラ! トリュフ! ビアグラフコンボ最高!」


 どんなOOO(オーズ)だよ。そんなコンボ形態はない。

 異様に熱くなっている花蓮を宥める。


「わかったから。財布とか腕時計とかはただのステータスであって、持ってる本人も機能なんて重視してねえよ。そんなことより――」

「お祖母ちゃんは言ってたよ。『どれだけ高価な物を持っても、人の価値は上がらない。揺るがない信念を持ったとき、初めてその人に価値が生まれる』ってね。少なくとも周りの人間をマウントするために高価な物を身につける人に価値はないよ」

「頼むから本題に戻ろうぜ」


 いい加減面倒になってきた俺は懇願した。

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