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名探偵ゼロ  作者: 赤羽 翼
ぬいぐるみは昼歩く
29/33

不安と文化祭

 夜。ゼロがシャワーを浴びているとき、俺のスマホに一通のメールが届いた。ベッドに寝転がってテレビを見ていた俺はあくびをしながらスマホの画面を確認する。

 ……送り主を見て硬直した。更にメールの内容を見て憂鬱な気分になった。

 スマホを枕の横に放る。寝転がり天井をぼうっと見つめていると浴室からゼロが出てきた。


「真紅郎、先に入らせてもらったよ。おや、どうかしたのかい? 顔色が悪いね。僕がシャワーを浴びている間に何かあったの?」


 ゼロが首を傾げて疑問を呈してきた。こいつは察しがよすぎてちと困る。普段それに助けられてるんだけど。


「別に大したことじゃねえよ。ちょっとテーブルに脛ぶつけてテンション下がっただけだ」


 咄嗟のことだったのでよくわからないごまかしになってしまった。ゼロは心の底でどう思ったのかはわからないが、この場は「ふぅん」と呟くだけだった。

 ベッドに腰掛けたゼロがクイズ番組を見ながら口を開く。


「そういえば、夕方花蓮ちゃんから聞いたんだけど、もうすぐ文化祭なんだってね。この学園」


 一瞬どきりとしたがそれをなんとか面に出さず、


「ああ。紅蓮祭こうれんさいっつって、三日間盛大にやる文化祭だ。何人かの生徒の家に至っては出資までしてくれるらしい」

「へぇ。それはさぞ盛り上がりそうだね」

「テレビもくるからな。特に学園内が一般に解放される最後の一日はえげつない」


 去年の文化祭最終日の様相を思い出して引きつった笑みが浮かんでしまう。大きな敷地のこの学園にパンパンに人が入り込む様子はまるで玩具箱だ。テレビで見たことのあるコミックマーケットみたいな感じだった。……いや、流石にあそこまでカオスではないか。けど比べる対象がコミケ並みだということは受け止めてほしい。


 ゼロはふんふんと頷き、


「話を聞くと凄く楽しそうだね」

「そうだな」

「話す真紅郎の声はまったく楽しそうじゃないけど」


 俺は憮然とした表情になる。だから察しがよすぎなんだよお前は。


「文化祭に嫌な思い出でもあるのかい?」

「別にそんなんじゃねえ。準備が面倒なだけだ」

「真紅郎のクラスは何を?」

「喫茶店」

「王道だね」

「この学校バイト禁止だし、大体の生徒がボンボンの子供で接客とかの経験がないから、やってみたいんだと」

「人生経験を増やしたいわけか」


 ゼロは納得したように呟くと肩をすくめた。


「まあ、匿ってもらってる僕にはあまり関係ないね。何よりテレビがくるんなら、万が一にもカメラに映るわけにはいかない」

「だろうな」


 さっきから気分が優れないため妙に言葉がよそよそしくなってしまう。さっきの件とゼロは一切関係ないため申し訳ない。


「さっき文化祭のことをコウレン祭とかって呼んでたけど、どういう字を書くんだい?」

紅蓮祭ぐれんまつりだ」

「何でそんな字に?」


 花蓮から聞いたことがあったので知っていた。


「この学園の創設者……花蓮のお祖母さんは蓮の花が好きらしくてな。学校の名前にも娘の名前にも孫の名前にも蓮って字を入れるくらいだから相当なもんだ。で、文化祭の通称を決めるとき秋だから紅葉を意識して『葉』の部分を『蓮』に変えたら紅蓮になったんだと。紅蓮ぐれんって読むことには後から気づいたらしい」


 ゼロは、あははっ、と笑った。


「面白いね。花蓮ちゃんお祖母さんに会ってみたくなった」

「残念ながら数年前に亡くなってる」


 それを伝えるとゼロは残念そうに肩を落とした。


「そうか。それは残念だ……」


 ◇◆◇


 翌日の放課後。文化祭開催まで一週間ということもあって、うちのクラスの連中はせわしなく動いていた。いくつかのグループにわかれ、メニューをどうするかとか、飾り付けはどうするかだとか、飾り付けるなら材料は早く買わないとだとか、お父さんに頼めば材料は心配することはないだとか、色々と青春している。


 そんな中、人の輪に混じらず自分の席に座ったまま動かない生徒が三人。一人は俺。薄情ながらどうにも文化祭の手伝いをする気分になれない。もう一人は大神。彼女は孤高の人なので群れることはない。そして最後の一人は俺の部屋の隣の住民にして竹丸のルームメイトである千山ちやま桐雄きりお。キリギリスというあだ名がつくほどの怠け者だ。


 俺――そしておそらく大神も――は手伝いはしないが準備するみんなを置いて寮に帰るのは流石に冷たいので、自分の席に座っているだけだ。千山は寝ている。

 クラスメイトたちをぼうっと眺めていると、背中を大神がシャーペンでツンツン突いてきた。


「どうした?」


 振り向いて尋ねると大神は不思議そうな表情で訊いてきた。


「昨日まで文化祭の準備に参加してたのに、今日はどうしたの?」

「ちょっとな……気分が優れないというかなんというか……」


 ため息混じりに返すと、


「それは大変だな。保健室にいった方がいいんじゃないか?」


 近くにいた新納が会話に混じってきた。


「別に体調が悪いわけじゃない。メンタルの問題だ」

「なるほど。メンタルケアが必要というわけだな。よし……いいだろう。悩みがあるなら俺が聞こうじゃないか」

「悪い……気持ちだけ受け取っとくよ。誰にも話したくないことなんだ」

「そうか、ならば仕方ない。誰にでも秘密というものはあるからな。大神、文化祭のメニュー作りを手伝ってくれ」

「何の脈絡もなく会話の標的を私にするのやめてくれる?」


 大神が呆れたような声音で言った。


「おいおい脈絡はあるぞ。俺がこの場にいること、それが既に脈絡だろう?」


 どや顔で返す新納に対し、大神はため息しかつけないようだった。彼女は椅子の背もたれに深く体重を預け、メニュー作成グループに視線を向ける。


「手伝えって言ったって、私が混ざっても誰も得しないわよ。みんなが困るだけ」

「俺が得する。そして俺は困らない」

「あんたってほんと我が道しかいかないわよね」

「当然さ」

「誉めてないわよ。……断る理由を変える。私自身が嫌だから、手伝わない。これならいいでしょ?」


 新納は腕を組んだ。


「それなら仕方がない。ならば下条、大神を説得してくれ」

「何でそうなる。気分が優れなくてさぼってる人間にする頼みじゃないぞ」

「そうか?」

「そうだよ。ほら、さっさと自分の仕事に戻れ」


 俺はクラスメイトの輪を指差した。

 新納は肩をすくめ、やれやれ、と呟く。


「まったく、人気者は辛いな」


 何言ってんだこいつは……。新納はそんな俺の感想などつゆ知らず、自分の仕事に戻っていった。


「新納って変人にも程があるわよね」

「ああ」


 大神の漏らした言葉に頷く。

 一息ついたのも束の間、今度は竹丸が話しかけてきた。


「真紅郎くん、大丈夫? 新納くんとの会話が聞こえたんだけど、気分悪いんだよね?」

「まあな。けど気にすんな。体調は健康だからよ」


 心配するなという意を込めて片手をぷらぷら振る。しかし心優しい竹丸は引き下がらなかった。


「何か嫌なことがあったんだよね? なら気分転換しようよ?」

「気分転換?」

「心を落ち着かせればきっと気分も楽になるからね。僕の部活の部室、覗いてみない? 今凄いことになってるから、絶対癒されるよ」


 竹丸の部活は確か手芸部だったな。凄いことと? 癒される? とはどういうことなのだろうか。おそらく竹丸の誘いに乗っても俺の気分が変わることはない。何故なら俺の気分が優れないのは、嫌なことがあったという過去形ではなく、これから嫌なことが起こるという現在進行形且つ未来形の理由だからだ。だから今気分転換を変えたところで迫る時の流れによって俺の気分は深く落ちていくだろう。


 しかし、竹丸の言葉は気になった。それに新納はともかく、竹丸の頼みや好意は小動物にねだられているようで断りにくい。


「わかった。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ」


 そう言うと竹丸は嬉しそうな笑顔を浮かべ、


「うん! きっと真紅郎くんも楽しめるよ! あ、そうだ。大神さんもくる?」

「え? 何で?」


 まさか自分が話しかけられるとは思ってなかったようで、大神から呆気に取られたような声が漏れた。顔からも突然のことで驚いているのがわかる。


「どうしてこのタイミングで私が出てくるわけ?」


 大神の鋭い目が細まり、他意があるのかないのかは不明だが声に若干の威圧感が宿った。竹丸はやや萎縮しつつ答える。


「え、えっと、なんか大神さんも癒やしを求めてそうだったから……」

「つまり、なに? 私の心が荒んでそうだと?」

「う、うん。そうなるの、かなあ」


 認めるのかよ。流石はゼロに腹黒疑惑を持ち上げられるだけはある。

 大神も予想外だったようで、ばつが悪そうな顔になる。それから俺をちらりと見ると、何故かため息を吐いたを


「まあ、いいわ。どうせ暇だし。心が荒んでるってのも別に間違ってないし」


 いくのかよ、と心の中でつっこんでおく。大神が竹丸の誘いを受けるのは意外だった。どういう風の吹き回しなのか。まあ俺が気にすることもない。彼女がいきたいと言ったのだから、それでいいと思う。

 竹丸はにっこり笑い、


「ほんと? 嬉しいよ! 人数は多い方が楽しいからね。あ、部室いくなら桐雄くん起こさないと」


 竹丸は机に突っ伏して爆睡している千山のもとへ向かっていった。そういや、あいつも竹丸と同じ部活だったか。


「ねぇ下条」

「あん?」


 千山の肩を揺する竹丸を見ながら大神が訊いてくる。


「了承はしたけど、彼って何部?」

「手芸部だ。何やってんのかまでは知らん。……どういう風の吹き回しなんだ? いつも一人でいる大神が俺たちについてくるなんて」


 気になることは訊く。そういうものである。

 大神は目を逸らしながらも答えてくれた。


「別に、私だって好きで一人でいるわけじゃないもの。悪意のない誘いには、まあ、甘えさせてもらうというか……」

「そうか……。そうだったな」


 あまりにも前と変わらずに過ごしていたから忘れかけていた。彼女は友達のためにテストで白紙提出をして、結果その友達と関係が壊れた過去がある。友情には人一倍篤い子なのだろう。身の上話を聞くに人恋しくて当然だ。孤高なんてのは、単に寂しさを面に出してないだけなのかもしれない。

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