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名探偵ゼロ  作者: 赤羽 翼
図書室物語
26/33

何しにきたの?

 大神曰わく、沢原は俺のすぐ後に本を返却しにきて、新たに文庫本を一冊借りると、そのまま『返却箱』には目もくれず図書室から出ていったらしい。にも関わらず、たった今慌てて戻ってくるやいなや、自分が返した本だということにも気づかずに『返却箱』の本を借りようとした。そしてその後、俺が返した本を借りていった。確かに、変な状況ではある。


「沢原にはどうしても借りたい本があったけどそれは借りられていた。けど返却されてるかもしれないから、『返却箱』を探してみた……とかなら最初にきたとき『返却箱』を探すか」

「タイトルもちゃんと確認するでしょうしね。自分が返した本と間違えたりしない。そもそも読みたい本が文庫なのかハードカバーなのかくらい把握してるはず」


 沢原は一体何をしに戻ってきたのだろうか。彼女は最終的に俺が返した本を借りた。けど、たぶん彼女はあの本のタイトルすら確認してなかった。大神も言っていたが、本は『返却箱』から裏表紙を上にして出てきていたからだ。……沢原は何がしたかったのだろうか。


 ずっと気になることがあったので、それを口にしてみる。


「そういや、沢原の奴、北口きたぐちと一緒じゃなかったな。見かける度に一緒に行動してるのに」


 沢原は北口(ただし)という男子と仲がいい。仲がいいというか付き合っている。というかそれを通り越して許嫁である。親が決めたことらしいが、幼いころから遊んでいた二人は普通にそれを受け入れ、仲睦まじく付き合っている。休み時間や土日、たまに外で見かけるときも常に二人はセットで行動している。片方だけのときは見たことがない。だがさっきは沢原一人だけだった。


 この疑問には大神がすぐに答えてくれた。


「沢原は図書室にくるときは一人でくるわよ」

「常連なのか?」

「ええ。……私が入学してすぐ、北口と二人できたことがあったんだけど、そのとき北口がうるさかったから注意したのよ。それ以来、沢原一人でくるようになった」

「つまり、北口は大神にびびってるってことか」

「たぶんね」


 まあ大神は険が強いし、目つきも鋭いからな。

 納得していると、大神にその鋭い目つきで睨み上げられてることに気づいた。


「下条、今、私の目つきが悪いとかって考えてたわよね?」

「え、いや、悪いというか鋭いとは思ったな」

「それあんたもだから」


 わかってますよい。俺はよく目つきが悪いと言われる。自分でもそう思う。

 とりあえず北口は無関係そうだというのがわかった。

 大神は顎に手を添えて呟く。


「最初に本を借りたときまとめて借りなかったのも変。あんなに慌ててたのも気になるし、文庫本とハードカバーを間違えたのもおかしい。そして借りた本のタイトルすらろくに見てなかった……。一体どういうことなのかしら」


 なんか花蓮みたいだな。謎について考える大神を見てそう思った。


「大神って、こういうこと考えるの好きなのか?」


 何となく尋ねると、大神は俺が本を返したときに読んでいた文庫本の表紙を見せてきた。


「推理小説が好きなのよ」


 表紙には『エジプト十字架の謎』とタイトルが書かれていた。とはいえ、ミステリーに詳しくない俺にはどんな作品かよくわからない。


「下条も好きなの? こういうこと考えるの。私が白紙提出したときも気にしてたし」

「別に好きってわけじゃない。最近よくこんなようなことに巻き込まれるから慣れたんだ。お前の白紙提出を気にしてたのは、単に心配してただけだ」

「そう……」


 大神は無表情のまま小さく呟くと、椅子の背もたれに身体を預けた。


「じゃあ場慣れしてる下条はどう思う?」

「さあな。結論を出すのは俺の知り合いだから、俺自身は何とも言えない」

「知り合いって、例の?」

「ああ。お前の白紙提出の理由を暴いた奴だ。大体の場合は俺が調べて、あいつに伝えて真相を教えてもらってる」

「ふぅん。じゃあ、調べ慣れてる下条は何から調べる? どう考える?」


 そう訊かれてもなあ。とりあえず整理してみるか。今回の考えるべきことはずばり、沢原は何がしたかったのか、ということだろう。散々おかしいおかしい言っている通り、沢原は別に俺が借りていた本が読みたかったわけではないだろう。だったらあいつは何しに戻ってきたのか、と。こういう話だろう。


 まず、戻ってきた沢原が何をしたのかということを振り返るのが重要だろう。俺はのことを大神に告げる。

 大神は首を傾げ、


「沢原のやったことなんて、間違えて自分の返した本を取り出したことくらいじゃないかしら?」

「それがもう不自然なんだよ。文庫本とハードカバーを間違えるわけないんだ。つまり故意に自分の返した本を取り出した、と考えられる。たぶん」


 最後の最後で自信のなさが表れてしまった。けどこういうとき、何やかんや途中までは合ってるんだよな。真相まで後一歩、というところでゼロにバトンを渡すことが多い気がする。だから、ここんところは自信を持とう。

 実際、大神も納得してくれているようだ。


「確かに、面白い考えね。推理小説っぽくて、個人的に好みの案かも」

「お気に召していただき光栄だけど、それ以上はわかんねえな」

「沢原が返した本にヒントがあるかもしれないわね」


 俺は大神の読みに従って『返却箱』を覗いてみる。相変わらずいくつか本が積まれており、沢原の返した本は一番上にあった。タイトルは『女王国の城』。手に取ってあちこち確認してみるけれど、


「特に変わったところはねえな」


 本を大神に手渡す。大神もその鋭い目で本を観察するが、やはり彼女も何も発見できなかったらしい。大神は肩をすくめつつ本を『返却箱』に戻した。

 さあ、どうするか。他に何か考えることがあるだろうか。


「沢原ってよく図書室にくるんだよな? そのとき変わったこととかしてるか?」

「別にしてないと思うけど……わからないわね。別に利用者を監視してるわけじゃないし。けど……」

「けど?」

「よくよく思い返してみると、よく『返却箱』を覗いていた気がする」

「じゃあやっぱり『返却箱』になんかあるのか?」


 俺は今一度『返却箱』の前に立った。積まれている本は全部で四冊。それぞれ取り出して裏返しタイトル等を確認する。『時計館の殺人』。『折れた竜骨』。『斜め屋敷の犯罪』。特に気になるところはなかった。全て『返却箱』に戻しておく。


「この『返却箱』にある本って、全部今日返されたやつなのか?」


 尋ねると大神は頷く。


「ええ、そうよ。『返却箱』の本は毎日、図書室が閉まる直前にもとの本棚に戻してる。それまではそこに放置ね」

「昼休みに返される本もあるのか?」

「今日はないけど、そういう本もあるわね。昼休みにはあまり生徒はこないのよ。ここ校舎から離れたところにあるから」


 まあ確かに図書室いくのに靴履き替えるのは面倒だ。


「図書委員って昼休みにも仕事してるんだな」

「一応ね。人は殆どこないけれど」

「シフト……っていうとバイトみたいか。担当してる曜日とか決まってんのか?」

「火曜と金曜。たまに木曜」

「週三か。大変そうだな」

「そんなこと今はどうでもいいでしょう」

「一見どうでもよさそうなことが関係してるときもあるんだよ」


 俺は腕を組んで考える。沢原はどうして一度返した本を手に取ったのだろうか。理由は思いつかない。やはり違ったか? 沢原は俺の返した本をどうしても借りたかったってことなんだろうか。けど、それだと自分の返した本と間違えた理由が説明できない。思考の方向性はたぶんあってるんだ。


「わかんねえな……」


 二人で悶々と頭を悩ませていると、出入り口から入ってきたばかり中等部の男子生徒が『返却箱』の前で立ち止まった。彼は『返却箱』の本を一通り手に取ると、「あれ?」と小さく呟きながら困惑の表情になる。


「どうかした?」


 大神が尋ねると、中等部男子は焦ったように首を振り、


「な、何でもないです!」


 彼はそのまま走り去り、外へ飛び出していった。

 俺と大神は顔を見合わせる。今の奴、大分怪しいな。

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