射的屋の大盤振る舞い
「あの、挑戦しなくてもプレゼントっていうのはどういうことですか?」
花蓮が困惑したような表情で尋ねた。店主さんは夏らしい爽やかな笑みを浮かべ、
「そのままの意味だよ。挑戦した人には結果に関わらずB賞以下の景品を二つプレゼントするし、挑戦しなかった人にも僕に声をかけてさえくれれば景品をあげるってことだよ」
「挑戦しない人って、要するに何のお金も払ってない人ってことですよね? いいんですか、そんなことして?」
「大丈夫だよ」
俺の問いにも店主さんは笑ったまま返した。
お金を払った人に景品をプレゼント……というのは、ぎりぎりわからなくはない。まあ普通プレゼントするのは残念賞とかでしょぼい景品だと思うけど。それはそれとして、だ。金も払ってない人に、B賞以下の景品を自由に選ばせてプレゼントするなんてのはおかしすぎる。B賞以下の景品って言うと……ちょっと前のゲームソフトとかちょっと前の特撮ヒーローがベルトに付けるアイテムとか、有名ロボットアニメのプラモデルとか、色々あるぞ。ただで配るには惜しすぎるものばかりだ。
「で、どれかほしいものはある? 君たちには二つ景品を手にする権利がある。そこの君も、好きなものを持っていっていいよ」
店主さんに声をかけられたゼロは景品全体に視線を移し、
「そうですね……じゃあそこの表紙が隠れてる文庫本をください」
「はいよ」
店主さんは何の惜しげもなさそうに文庫本をゼロにあげてしまった。ゼロは表紙を隠していたカバーを外し「未読本だ」と呟いた。店主さんが俺と花蓮を見てくる。
「じゃあ、チョコボールと、コアラのマーチをください」
やや遠慮がちに花蓮が要求すると、店主さんはやはり平然とそれらを花蓮に手渡した。最後、店主さんが俺を見る。
「君はどうする?」
「いや、どうって言われても……。あの、どうしてこんなことしてるんですか?」
「理由は……まあ、お客さんには関係ないことだから、気にする必要はないよ」
「そう、ですか……」
貰うべきか貰わざるべきか悩んだが、他の二人が貰った手前自分だけ貰わないというのは、なんか良い子ぶってる感じがする。それにくれるって店主本人が言ってるわけだから、本来は気にする必要は皆無だ。
景品を見回す。D賞は木の札になっており、あれを落とせばD賞の好きな景品を選べる仕組みらしい。
「じゃあ、D賞の景品を見せてください」
「はい」
店主さんは脇にあった箱を俺に見せくる。俺はその中にあったヨーヨーとUNOを貰った。それに対してゼロは一言、
「真紅郎は謙虚だね」
うるせえ。
◇◆◇
俺と花蓮とゼロは射的屋から少し離れた通りに移動した。俺は一旦ゲーム機を地面に下ろす。取るんじゃなかったという後悔が少しだけ湧いてくるけれど、今はそんなこと重要じゃない。花蓮も同じことを思っていたようで、
「あの射的屋絶対おかしいよ! 商売になってないじゃん!」
「同感だ。金を払わない相手にまで景品をあげるなんて正気じゃない。儲けようという気概が感じられない」
二人でゼロに訴えかけた。
ゼロは肩をすくめると射的屋に目を向ける。
「まあ、おかしいはおかしいね」
さっきの俺たちの光景を見ていた人が多かったのか、射的屋の周りに大勢の人が押しかけていた。ちゃんとお金を払っているひともいれば、景品だけ要求して去っていく人もいる。
「二人はどうしてあの店主さんがあんな大盤振る舞いをしてると思う?」
ゼロが逆に質問してきた。花蓮は射的屋の様子を見ながら腕を組む。
「人は集まってきてるから、集客にはなってるっぽいけど、儲けになるかは疑問だよねぇ。お金払わずに景品だけ貰っていってる人もいるし」
「得することは何もなさそうだよな。あのばらまきは利益を上げることと関係ないんだろうな。利益のためじゃないなら、何なんだって話になるけど」
「うーん……物凄く無欲で真紅郎くん並みのお人好しなのかな? だから景品を色んな人にプレゼントしたいとか」
「どんな人だよそれ。それは流石にないだろ」
「わかんないじゃん? そういう人もいるかもしれないよ?」
それを言ったらお終いだろう。ゼロが苦笑した。
「まあ、確かにそういう変わった人もいるかもしれないけど、あの店主はそういう人じゃないと思うよ」
「どうして?」
「プレゼントしているのはB賞以下の景品だけで、A賞の景品……真紅郎の取ったゲーム機とか跳弾に使った変身アイテムとか、あそこら辺の高価なものは配るつもりはないらしい。ちゃんと惜しいという感情……もしくはそれに準ずる感情は持ち合わせてるんだ」
「そっか……。まあそうだよね」
もともと本気で言っていたわけではなかったようで、花蓮はすぐに納得したように黙った。
俺は首を傾げた。
「けど、余程の物好きじゃない限り、あんなことしないよなあ……」
例の射的屋には多くの人が群がっており、端から見たら大繁盛しているようだ。実際には結構赤字なような気がするけど、どうなんだろう。あんなことをして得られるメリットが思いつかない。
「景品が余るともったいないから配ってるとか、か……?」
自分で言ってて疑問符が付いた。それなら祭り終盤ですればいいだけの話だ。まだ祭りは始まったばかり。そんな全力を出す時間ではない。そもそも余ったからってもったいないかと言われると、無料で配る方がもったいない。
「何なんだ? やっぱり真っ当な理由があるとは思えねえな。そうなると、何の意味もなくノリでやってるってことになるけど……これを言ったら元も子もないよな」
「それはない」
俺の花蓮並みの推理をゼロがぴしゃりと否定する。
「店主さんは真紅郎の『どうしてこんなことをしているのか?』という質問に、『お客さんには関係ない理由だ』と答えた。つまり本人にとっては重要な理由があるってことだ」
確かにそんなようなことを言っていた。ノリならノリと答えてもよさそうなものだ。
「わからねえな……。どうしてあんなことしてたのか」
「だねぇ……あ、もしかしたら!」
花蓮が何か閃いたのか、ポンと手を打った。
「あの景品を配ることそのものに意味があるのかも。例えば、あの景品の中に盗品が含まれてるのかも」
「盗品を不特定多数の人に配るとなんか良いことあるのか?」
「盗品を手放すことができる……っていうのは、捨てればいいだけだから違うね。そうだ、盗品を所持するリスクを他人に押し付けることができるよ」
「そんなことしても意味ないだろ。盗品を押し付けた人が警察に捕まっても、祭りで貰ったって証言すればいいだけだ。そしたら自分が犯人だとばれちまう。盗品をばらまくなんて、無用なリスクを背負うだけだろ」
「そっかあ……。これはどうやら、私たちには手に余る謎みたいだね」
俺と花蓮は再びゼロに視線を向ける。彼は肩をすくめた。
「君たちもあの店主さんくらいに物好きだね。『良い店を発見できた。ラッキー』とは思えないのかい?」
「思えないよ! だって変じゃん。気になるもん」
「あの店主さんがよからぬことを企んでる可能性もあるからな」
俺たちは力強く言った。ゼロは頭を掻き、
「まあ、二人には普段からお世話になってるから、真剣に考えてみるよ。と言っても、ある程度はわかってるんだけどね」
「え、そうなの!?」
花蓮が驚愕したような声を上げる。かくいう俺も驚いていたけど。
ゼロは自分の考えを述べることなく辺りを見回す。すると、例の射的屋の正面にある屋台――唐揚げ屋へ歩いていってしまった。俺と花蓮は訝りながらもゼロの後を追う。
「唐揚げ六つ入りのをください」
「はいよ。七百五十円ね」
唐揚げ食べたいだけかよ!
花蓮が急いでゼロの隣へ向かい、ガタイの良いおっちゃんにお金を支払った。俺もついでに唐揚げ六つを頼んだ。おっちゃんは肉を揚げ始める。その間にゼロが口を開いた。
「あの、少し訊きたいことがあるんですけど」
「ん? なんだい?」
あ、聞き込みをするのか。……なるほど、だからこの店を選んだわけだ。普通なら屋台の前で長話なんて邪魔になってできないけど、作り置きしていた分の唐揚げがなくなってたこの店なら大丈夫なのだ。
「手前の射的屋のことなんですけど――」
「ああ、あれかあ。乱心してるよな、完全に」
確かに行動だけ切り取れば乱心してるように見えるけど、話した感じ普通の人だった。
「あの射的屋の店主さんが何者か知ってますか?」
「『マルオ』の店員だよ」
「『マルオ』?」
ゼロが俺たちに目を向けてくる。
「近くのスーパーだ」
「なるほど……。どうして知ってるんですか?」
「彼、今は法被を着てるけど屋台を設営してるときは『マルオ』の制服を着てたんだ。他にも制服を着た奴らが設営を手伝ってたな。彼も可哀想だ。意地も性格も悪そうな上司に指示されててよ」
スーパーが出してる屋台なのか……。それなら余計あんなことしてちゃ駄目だろ。クビになるぞ。
「ほい、唐揚げお待ち」
「ありがとうございます」
「あ、どうも」
ゼロと俺は揚げたての唐揚げを受け取った。ゼロはそれ以上は何も尋ねず、唐揚げ屋から離れた。てっきり他の店でも聞き込みをするのかと思ったら、
「二人に訊きたい。『マルオ』にゲームセンターはあるかい?」
「あるぞ。それがどうかしたのか?」
「まあ、あるかもしれないし、ないかもしれない。どうでもいいと言えばどうでもいいことだね。推理に影響はない」
「その口振り……もしやゼロくん、真相が読めちゃった?」
花蓮が俺から唐揚げ一つを奪って勝手に食べつつ尋ねた。
ゼロは穏やかな笑みを浮かべる。
「まあね。店主さんの言う通り、僕たちにはまったく関係ない理由だよ。二人が気にすることじゃない。この祭り中には教えてあげるから、ひとまず祭りを楽しもうじゃないか」
俺と花蓮は顔を見合わせた。……そうだな。ゼロは思い出作りをしたいと言っていたんだ。せっかくの祭りなのに、これじゃいつもと変わらない。俺たちは一旦この謎を頭から引き離し、十代の学生らしく目一杯祭りを楽しむことにした。




