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名探偵ゼロ  作者: 赤羽 翼
ガンマンはいらない
20/33

意外な特技

 時刻が五時を過ぎた。夏だけあって陽はまだかなり高く、ほのかに光が橙色に染まっている程度である。今が冬だったらもう真っ暗になっていることを考えると、地球の神秘を感じることができる。どうでもいい話だ。


 俺とゼロはベッドの上で向かい合って座っていた。お互いの手元には四枚のカードが並べられており、手にはトランプの束が握られている。俺とゼロは自分の持つトランプの一枚目を掴むと、


「スピード」


 の、かけ声と共に互いの中央にカードを出した。俺が出したのはハートの4。ゼロが出したのはクラブの9。俺は場にあったダイヤの10をクラブの9に重ねた。間髪入れずにゼロがクラブのJをダイヤの10に重ねる。俺とゼロは手札から場札を補充する。俺は新たに場札に加わったハートの3をハートの4に重ねる。


 そう、俺たち行っているのは基本的に暇人しかしないゲーム、スピードだ。花蓮が夏祭りに誘ってくれたのはよかったけれど、それから何もやることがなく現在に至る。ゼロは頭脳こそ俺には計り知れないが反射神経に関しては常人よりちょっと優れている程度であるらしく、反射神経には自信がある俺は勝ち越すことができている。


 今回の勝負はたった今負けたけど……。


「何というか、流石に飽きてきたね」


 ゼロが肩をすくめながら呟くと、俺は時計に目をやり、


「そりゃ、二時間はやってるからな」


 というか、よく二時間もスピードできたな俺たち。暇を持て余した人類の忍耐強さを垣間見た気がする。まあ最初の方は普通に楽しんでいたけれど。

 どことなく手持ち無沙汰になっていると、再び鍵が勝手に解除されて扉が開いた。


「二人とも準備はオーケー!?」


 浴衣を着た花蓮が部屋に入り込んできた。突然のことに俺とゼロはビクッと肩を震わせる。


「だからノックしろや」


 嘆息しながら訴えるが、花蓮はまったく意に返さなかった。花蓮はその場でくるりと一回転すると、


「真紅郎くん。ゼロくん。どう、私のこの格好」


 腰に両手を当てて訊いてきた。花蓮の着ている浴衣はかなりシンプルであり、色は桃色で模様はない。帯の方は黄色でこちらも模様はない。だが素人目で見てもわかるくらい高そうな浴衣だった。


「うん。まあいんじゃね」


 気の利いた誉め言葉を考えるのが面倒だったので、一番最初に頭に思い浮かんだことを伝えた。花蓮は、たはあ、と額を押さえた。


「真紅郎くんは女心がわからなくて彼女できたとき苦労するタイプかもね……。そもそも彼女ができないかも」

「失礼だな」

「ゼロくん。どう? 似合ってる?」


 俺の不平を無視して花蓮がゼロに笑いかけた。


「花蓮ちゃんの明るい雰囲気と浴衣の色がぴったりだ。とても似合ってるよ」


 花蓮は満足げに頷く。


「これだよ。真紅郎くんもこのくらいは言えないと」

「誰でも言えることだろ、そんなの」

「言えてなかったんじゃん」


 冷めた目を花蓮に向けられる。そうでした。

 俺たちの様子を見ていたゼロが愉快に笑いながら花蓮に話しかける。


「祭りにいくなら、二人は先に校門を通ってほしい。三人一緒に外に出るのはまずいからね」

「何でだ?」

「理事長先生は監視カメラをチェックしてるんだろう? だったら君たちと仲良く校門を通るわけにはいかないよ」

「なるほど。確かにそうか」


 祭りから帰ってきた後で二人と一緒にいた生徒は誰? と理事長に訊かれたら終わる。花蓮も納得したようで、


「わかった。じゃ、坂を下りたところで待ってるから」

「そうしてくれ」

「あ、警備員さんに偽学生証を見せるとき、警備員さんの記憶に残るようなことをしておいてね。外に出るときは偽学生証で騙せるかもしれないけど、学園に入るときは警戒されるかもしれないから」

「わかったよ」


 花蓮はやはり、こういう細かいところに気が回る。学園に入るとき、警備員の記憶にしっかりとゼロが生徒だということを焼き付けておけば、すんなりと入ることができるという寸法だ。


 という打ち合わせの後、俺と花蓮は部屋から出た。


 ◇◆◇


 学園の坂の下でゼロを待っている間、俺は気が気ではなかった。あいつ、ちゃんと警備員をかいくぐれるだろうか? そもそも花蓮自作のプラスチックカードで騙せるのか? あ、そうだ言い忘れてた! 自分の失態に気づく。寮の出入り口には監視カメラがある。ゼロと出会ったときそのことは伝えたが、憶えてるだろうか? ちゃんと窓から出てきてるよな? 不安が募る。


「真紅郎くんそわそわしすぎ。気持ち悪いよ」

「悪かったな。けど心配なんだよ。あいつ学園に不法侵入した不審者なんだぞ? ばれたら捕まる」

「大丈夫だと思うよ。多少不審者がられてもゼロくんの巧みな話術でどうとでもなるよ」

「巧みな話術を過信しすぎだろ。あいつ貧弱だから、囲まれて追われたら絶対捕まるぞ」

「貧弱で悪かったね」


 声のした方向を見ると坂からキャップを被ったゼロが下りてきていた。


「ゼロ。お前は寮から出るとき――」

「部屋の窓から出てきたから安心しなよ」

「そ、そうか。よかったあ……」


 花蓮は肩をすくめ、


「だから言ったじゃん。ゼロくんなら大丈夫だって」

「みたいだな」

「当然さ」


 ひとまず心配が杞憂に終わってよかった。俺たちは祭りが行われる八之崎やのさき通りへ向かう。八之崎通りは駅前にある昔ながらの建築物が立ち並ぶ日本でそこそこ有名な道だ。普段は車も通れるが今日は通行止めになっているらしい。


「花火は何時からなんだい?」


 ゼロが花蓮に尋ねた。


「確か七時だったかな。七時から三十分間、だらだらと上げてくね。安垣川あがきがわ沿いが一番よく見えるスポットだよ」

「だらだらと上げる、か」


 俺はその言葉に妙な懐かしさを覚えた。そういや地元の花火もそんな感じだったなあ。一発ずつ打ち上がるため、途中で眠くなるんだ。最後の五分はちょっと気合いが入っていたが。


 いつものような会話をしながら歩いていると、八之崎通りへ辿り着いた。夏祭りとあって親子や学生、恋人など大勢の人が訪れている。しかし、


「どうやら、少し早くきすぎたみたいだね」


 屋台の様子を見ながらゼロが呟いた。金魚掬いなどの遊び系の屋台は準備ができているが、食事系の屋台はまだ食べ物を作っている途中なようだ。


「じゃあまずはかき氷食べよっか。かき氷なら注文を受けて作るから準備必要なさそうだし」


 花蓮がもっともなことを言う。それに、確かにせっかく祭りにきたんならかき氷は外せない。

 八之崎通りはもともとあまり幅の広い道ではない。そこに屋台が並んでいるため道幅がかなり狭くなっている。おまけに人が密集していることと気温がまだ高いこともあって暑い。三人で心持ち縦に並びつつ遠くに見えるかき氷屋へ向かった。


 俺はブルーハワイ味。花蓮はメロン味。ゼロはみぞれ味のかき氷をそれぞれ買った。ちなみに、この祭りにおけるゼロの代金は全て誘った花蓮持ちだ。

 次の目的を決めるわけでもなく歩きながらかき氷を食べる。


「なあゼロ。かき氷のシロップって全部同じ味って言うけど、本当なのか?」

「らしいね。色と香りはそれぞれ違うらしいけど。だから僕はそんな偽りの味から逃れるべくみぞれ味にしたんだ」


 偽りの味て……。どんな覚悟でかき氷のシロップ選んでんだよ。

 この会話に花蓮はため息を吐いた。


「そんながっかり豆知識の話するのやめなよ」

「いや、かき氷って言ったらこの話題しかないだろ」

「他にもあるでしょ。かき氷に何をかけるのが好きかとか。……二人は何が好き? 私は練乳一択だけど」

「僕は普通にみぞれだよ」


 ゼロはスプーンで掬った氷を見せつけた。


「真紅郎くんは?」

「俺か? かき氷にかけるものかあ……」


 そういや、小学生のときかき氷機のあった友達の家で食ったことがあった。そう、確かあれは……、


「カルピスの原液だな」


 二人は納得したように頷いた。


「やったことはないけど、美味しそうかも」

「真紅郎にしては面白い答えだね」

「どういう意味だよ」


 ってか、カルピスの原液をかき氷にかけるのってポピュラーなことじゃないのか? 俺の周りの奴はみんなやってたぞ。俺の周囲の連中が異質だったということか。


 かき氷を食べ終えた俺たちは紙コップをゴミ箱に捨て、適当に屋台を見回しながら練り歩いた。食べ物系の屋台もぼちぼちと販売を開始したのがわかる。

 花蓮が浮かれたような表情を浮かべながら周囲を見る。


「次は何食べよっかなあ。祭りと言えば、やっぱりイカ焼きかなあ」

「花蓮ちゃんって高級料理とか高級食材が好きなんじゃなかったっけ?」

「それはそれ、これはこれだよ。祭りの食べ物ってなんか美味しく感じるじゃん? たぶん祭りの雰囲気が味覚に何らかの刺激を与えてるんだと思うけど」


 その気持ちはわからなくはない。味覚に何らかの刺激が加わっているかどうかは知らないが。

 俺は近くの屋台を見渡す。


「つっても、せっかく祭りにきたのに食ってばっかってのもったいねえな」

「そう? お祭りって食べ物を食べ歩く行事みたいなものでしょ?」


 首を傾げる花蓮にゼロは苦笑した。


「流石に極端すぎるね、それは」

「そうかなあ。まあ真紅郎くんが遊びたいならそうすればいいと思うけど……でも何するの? 金魚掬いは寮じゃ生き物飼っちゃ駄目だからできないし。鮫釣りは引っかけて釣るだけだから面白味にかけるし」


 頬に人差し指を当てて首を傾げる花蓮。すると、ゼロが良い屋台を見つけたようで、


「お、あれなんかどうだい?」


 ゼロの指差す先にあったのは射的屋だった。台座の上にお菓子やおもちゃ、ゲーム機が等間隔でびっしりと並んでいる。

 それを見た花蓮は呟く。


「ずっと思ってたけどさ、射的屋のゲーム機って本当に落とせるのかな?」

「どうだろうね。ゲーム機が余程状態の悪い中古品ならともかく、新品だったらどう頑張っても落とせないようにしてるんじゃない? まあどっちにしろ重量的に厳しいと思うけど」

「詐欺じゃん」

「まあそういう店だから。落とせないものは貰えないよ」


 花蓮は文句を言うけれど、俺は射的屋は嫌いではない。何なら好きな部類の屋台だ。俺が一直線に射的屋に進むと二人も付いてきてくれた。

 値段が書かれた貼り紙を見る。三発三百五十円、五発五百円と書かれていた。高いのか安いのかはよくわからない。何分、最後に射的屋で遊ぶのは小学生以来であるため、価格帯など記憶にない。


 屋台の前に立つと二十代くらいの青年店主が声をかけてきた。


「いらっしゃい。弾はいくつにする?」

「三発で」


 俺は五百円玉で支払った。店主さんは大量の百円玉が入っている引き出しに五百円を放り込み、そこから百円、その隣の一円玉と五円玉以外の硬貨がたくさん入っている引き出しから五十円を取り出して俺に渡す。


「あ、私もやりたいです。五発」


 射的屋に文句を言っていた癖に花蓮がノリノリで千円札を渡した。店主さんは千円札を大量の百円玉が入っている引き出しに入れて、隣の引き出しから五百円玉を返した。


 先に俺が金を払ったのだが先に射的に取り組んだのは花蓮だった。だが、こいつは特に欲しいものもなく、おまけに射的が初めてだったらしく色々ともたついた挙げ句、何にもコルク弾を当てることができなかった。


 花蓮は憮然とした表情で俺と位置を変わった。まだまだだな、こいつも……。俺は悠々と銃を構える。とりあえず小手調べとして……、


「よっと」


 軽いかけ声と共に引き金を引いた。放たれたコルクがチョコボールの箱に直撃し、台座の裏へ落ちる。次いでアナログゲーム――カードゲームだ――を撃ち落とした。これらに二秒もかからなかった。

 あっという間にコルク弾を景品に命中させた俺を見て、店主さんが関心したような声を上げた。


「へぇ、君上手いね」

「ありがとうございます。何故か昔から射的が得意なんですよ」


 射的のスキルが上達するような経験はしてこなかったから、天性の才なのかもしれない。どうせならもっとましな才がほしかった。

 ゼロと花蓮も驚いたようで、軽くぱちぱちと拍手しつつ、


「意外だね。まさか真紅郎にこんな才能があったなんて。良い殺し屋になれるよ」

「よっ、のび太くん!」

「お前ら誉める気ねえだろ」


 顔をしかめながらこいつらを黙らせるつもりでゲーム機に銃口を向ける。ゲーム機の左にあるのは特撮ヒーロードラマの変身アイテムだった。ゲーム機の箱と変身アイテムの箱にはほぼ間隔がない。更に俺は、変身アイテムの箱の方がゲーム機の箱よりも前に出ていることに気づく。あれならいけるか……?


 俺は引き金を引いた。コルク弾は勢いよく一直線にゲーム機の左側へ飛び、見事に左端へ命中した。ゲーム機が少し揺れる。だがまだ喜ばない。ゲーム機がこの程度で落ちないことは知っている。では何故ゲーム機を狙ったのか? 落とす自信があったからに他ならない。その自信はどこからくるのか? それは俺に、()があったからだ!


 コルク弾はゲーム機に跳ね飛ばされ、隣の変身アイテムの箱の角に反射して揺れるゲーム機へ再び直撃した。揺れが更に大きくなり、ゲーム機はゆっくりと後ろへ倒れた。

 ゼロ、花蓮、店主さんは時間がとまったかのように固まったまま動かなかった。数秒の静寂の後、花蓮が大きな拍手をした。


「す、凄い! 凄いよ真紅郎くん! 何が起こったのかよくわからなかったけど、凄いよ! リアルのび太くんじゃん!」

「だからそれ誉めてねえだろ」


 射撃のスペシャリストと聞いて一番最初に出てくる名前がのび太くんなのは理解できるけど。

 ゼロは興味深そうに笑う。


「なるほど、跳弾を利用したのか。ここまでとは思わなかった。流石に意外すぎる特技だよ、これは」

「そりゃどうも」


 適当に返事をしつつ店主さんを見る。ゲーム機を拾い上げたまま、依然として固まったままだ。しかし俺たちの視線に気づいたのか、呆れたように肩をすくめる。


「いやはや、恐れいったよ。まさかこいつを落とせる人がいるとはな」

「す、すいません。これ、思い切り赤字ですよね? 俺はこいつらを見返したかっただけなんで、そのゲーム機はいりません」

「えぇ!? そりゃお人好しすぎるよ真紅郎くん! これは伝説なんだよ? 記念に貰っとこうよ。落としたものを貰う店なんだから」

「伝説って、大袈裟すぎるわ。そもそも俺はゲームやらねえし」


 慌てふためく花蓮を軽くあしらう。祭りであんな重くてかさばるもの、持ち歩きたくない。……だが、最も意外な人物がそれを許さなかった。


「その子の言う通り、君にはこれを受け取る義務があるよ」


 なんと店主さんがお菓子とカードゲームと共にゲーム機を無理やり押し付けてきたのだ。


「いや、ほんといいですよ」

「いやいや、是非受け取ってほしい。それから、B賞以下で好きな景品があれば二つあげるよ。そっちの女の子も」

「は?」


 B賞以外の景品……? 景品ごとにA賞~D賞と記されているのでそのランクのことはわかる。けど、ちょっと待て。


「あの、好きな景品をあげる、とは?」

「そのままの意味だよ。貼り紙にも書いてあるだろ?」


 俺と花蓮は今一度屋台の貼り紙を確認した。

『射的に挑戦すればB賞以下の景品二つプレゼント! 挑戦しなくてもB賞以下の一つプレゼント!』

 俺たちは顔を見合わせた。挑戦しても挑戦しなくても景品をプレゼント? 何考えてんだこの店。

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