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名探偵ゼロ  作者: 赤羽 翼
学園の死角
2/33

早速ばれた


 翌朝。相変わらずやたらふかふかするベッドから上半身を起こして朝日を浴びていると、


「やあ、おはよう真紅郎。気持ちのいい朝だね」

「うおっ!」


 いつもなら誰もいないはずの右側のベッドから声がしてびっくりしてしまった。


「酷いねえ。挨拶をしたというのにその返事は」


 ゼロがベッドに腰掛け脚を組んで俺の漫画を読んでいた。この学校は校則には厳しいが、本やゲームに関しては寛容で、成人向けの物でなければどれだけ部屋に置いても許されている。


「悪い。普段一人だからびっくりした」

「そうか。それはこちらも悪かった。それはそうと、この漫画面白いね。気に入ったよ。伏線や心理戦も目を見張るものがあるけど、何より主人公が魅力的だ。どれだけ話がよくても主人公が魅力的でなければ駄作も同然と僕は思っている。格闘シーンの画力も迫力があってかっこいい。台詞のセンスも素晴らしいよ」

「そ、そうか。楽しんでるならよかったよ」


 俺は漫画に集中するゼロを余所目に寝間着から制服に着替える。その最中、気になることを訊いていった。


「お前、歳はいくつなんだ?」

「学年で言うと高校二年」

「タメか。……学校とかは大丈夫なのか?」

「ああ。通ってないから問題ないよ」

「え、珍しいな。どうして?」

「僕が学校から学ぶことは何一つないからね。通う意味がないのさ」


 そりゃまた、どえらい理由だ。相変わらず嘘なのか本当なのか、真面目なのかふざけているのかわからない。けど、どちらにせよやべー奴だってのはわかる。


 着替え終わった俺は洗面所へ向かって顔を洗った。この寮の部屋は外観通りまんまホテルみたいなものだ。靴は脱がないし、浴室もあるし、テレビもある。他の寮のことは知らないけど、たぶんどこも似たような感じだろう。入学して一年経って改めて思う。凄い学校だ。そして、そんな学校の寮に得体の知れない不審人物を匿う俺もある意味凄い。本当に大丈夫だろうか。一晩泊めてしまった時点でもう遅いんだけど心配になってきた。


 顔を吹きながらベッドに座って優雅に漫画を読むゼロに尋ねる。


「なあ、ゼロよ。お前は一体何なんだ?」

「だから昨日も言ったろう? しがない家出小僧だよ。僕のことは気にしなくていい」

「いや気にするに決まってんだろ。匿うとは言ったけど、何も知らない奴のことは流石に……。お前が何か企んでる可能性もあるわけだし」


 ゼロは面倒くさそうにため息を吐き、


「心配しなくてもこの部屋から出やしないよ。それに、知らないならこれから知っていけばいい。ゆっくりと信頼関係を築いていこうじゃないか」

「何いいこと言ったみたいな雰囲気出してんだよ。結局今は信用できないってことじゃねえか。それに、ゆっくり信頼関係を築く、ってそんな長いことここに住み着くつもりか?」


 漫画から顔を上げたゼロはきょとんと首を傾げた。


「当たり前じゃないか。僕の気が済むまで匿ってもらうよ」

「ふざけんな。まともじゃねえぞお前」

「君もね。嫌なら助けなければよかったんだ。こんな不審人物を助けた時点で自己責任だよ」

「ぐっ……」


 確かに助けたのは俺だ。普通の人間なら絶対こんな意味不明な奴助けない。すぐ人を呼んで終了だったろう。若干の後悔がこみ上げてくる。

 ゼロは再び漫画に視線を下ろした。


「まあ心配しなくても本当に何もしないさ。見つかって困るのは僕も同じだしね。誰かが部屋にくるときだけ気をつけてればいいよ」


 釈然としないけれど、やはり一晩泊めてしまった時点で俺にどうこう言う資格はない感じがする。こいつが学園で悪ささえしなければ、誰にも迷惑にはならない。けどゼロが悪さをしないと決まったわけじゃないんだよなあ。敵意とか害意は微塵も感じないけど、だからって信用できるわけじゃない。ああ、何で俺こんな変なの助けちゃったんだ。ひとまず経過を待つしかないか。

 俺はため息を吐きつつゼロに尋ねる。


「お前、朝飯はどうする?」

「おや、突然話題が変わったね」

「諦めたんだよ。で、どうすんだ?」

「生徒たちはどうしてるんだい?」

「七時二十分に食堂で食べることになってる。昼飯は学食とか購買とかでやたら高いもん食ってるな」

「そうか。じゃあ朝は何も食べないよ。けど、お昼にパンか何か持ってきてくれると大変ありがたい」

「わかった」


 俺はバッグを片手に扉のノブに手をかけた。


「勝手に学内をうろつくなよ」

「そんなことしないよ。何回も言うけど、ばれたら僕もまずいんだ」


 俺はさっと扉を開けてさっと閉じた。各部屋は防音だから俺たちの会話やあいつの生活音が誰かに聞かれることはない。大丈夫だ。きっとばれない。……が、何か重大なことを忘れている気がする。何だっけか。

 考えながら食堂へ向かっていると後ろから声をかけられた。


「おはよう真紅郎くん」

「ん? おお、竹丸たけまるか」


 隣の部屋で同じクラスの竹丸和臣(かずおみ)は常に笑顔を絶やさない小柄な男子だ。中性的な見た目をしていて、たぶん女の格好をしても通じる。父親は大きな製菓会社の社長で母親は弁護士らしい。


「いつもより暗いけどどうかしたの?」


 竹丸は棒付きのアイスクリームを食べながら心配そうに尋ねてきた。

 勢いで不審人物を匿ってしまったとは口が裂けてもいえないので、


「なんか暑くて寝付けなくてよ。エアコンの温度をもっと下げた方がいいみたいだ」

「最近暑くなってきたもんねぇ。アイスが美味しいよ」

「お前は年中美味しい美味しい言いながらアイス食ってんだろ。ていうか朝飯の前からアイスかよ」

「まあいいじゃないの」


 こいつはとにかくアイスが好きらしく校舎外で見かける度にアイスを食べている。虫歯にならないか心配になる。


「そういえば聞いた?」


 竹丸が思い出したように訊いてきたが、主語がないためまったくわからない。


「何をだ?」

「松宮くん財布なくしちゃったんだって」


 松宮とは同じ寮の生徒だ。


「あの高そうな財布か。何円入ってたんだ?」

「一万円くらいって言ってた。入ってた額より財布の方がずっと高いらしいよ。誕生日にお祖父さんからもらった物らしいから大分落ち込んでるみたい」

「そりゃ災難だな」


 俺の災難の裏でまた別の災難が起こっていたとは。いや、俺のは災難とは言わないか。

 あー、思い出したらまた心配になってきた。ゼロの奴、本当に大丈夫なんだろうな。


 ◇◆◇


 この日はろくに授業に集中できなかった。理由はもちろんゼロの存在だ。あいつが何かしでかさないか気が気ではない。昼飯に焼きそばパンを持っていったときは普通に漫画を読んでいたが、それでもずっとそわそわしてしまった。この学校の学業レベルはかなり高く、一日休みだけで大きなハンデを背負うことになる。こんなことなら人を呼んでゼロを捕まえさせとけばよかった。何やってんだか俺は。


 ホームルームが終わってすぐ俺はすぐ寮へ戻ることにした。無駄に彫刻とか高そうな絵画とかが飾られた廊下を早歩きで進み、昇降口を出るとダッシュで寮へ向かう。寮へ入って自室の前にやってきたとき、ふと、とあることに気がついた。今朝忘れていた重大なことだ。や、やばい! こんなタイミングよくきてるはずないと信じて! 俺は鍵を開けて扉を勢いよく開いた。


「幽霊や宇宙人は存在していると僕は思うね。心霊写真やUFOの目撃証言は数多くある。それらの中には合成や嘘も含まれると思うけど、全てがそうだと切り捨てるにはあまりにも数が多い」

「えー、そうかなあ。UFOはまあ人類の科学を超えてる物だと考えれば一応納得できるけど、幽霊はいないって私は思うなあ。だって幽霊なんて科学的に証明できないし」

「多くの人が幽霊の存在を否定するときそんなような言葉を使うね。科学的に説明できない。非科学的だ。僕には、そこまで科学を信用してる人の方が不思議だよ。科学で解明できてないことなんて山ほどあるのに」

「科学には人の暮らしをよくしてきたり、色んな現象を解明してきた実績があるからね。解明できないことより、これまでに解明してきたことの方が目立つんだよ。みんなわからないことより、わかることの方が好きだから。だから科学を信用してるんだと思う」

「そこまで科学を信頼しているなら、否定の仕方を変えるべきだ。幽霊は非科学的とか、科学的に証明できない、とかじゃなくて、いずれ科学が幽霊の存在を暴くってね。それなら僕は納得できる。実際に科学的に幽霊の正体を調べてる研究グループもいるんだ。幽霊を非科学的だと何も調べず否定するのは、科学の可能性の否定と同義だ」

「えっと、結局のところ、ゼロくんは科学が好きってこと?」

「当たり前さ。科学が嫌いな人なんてそうはいないよ。科学がなければ、僕たちの今の生活はまったく別のものになってたんだからね。全幅の信頼は抱いていないけれど、可能性は無限大だと思っている」

「何語らってんだよお前らは!」


 二つのベッドにそれぞれ腰掛ける男女に思わずつっこんだ。男の方はゼロ。女の方は中等部の制服を着ており、微妙に茶色がかった黒髪セミロングの可愛らしい容姿の少女だ。


「真紅郎。扉を閉めてくれ。僕は見られたらまずいんだ」

「既に目の前の奴に見られてんだろうが!」


 俺は叫びつつ扉を閉めた。その()()がニコニコと笑いながら手を挙げてきた。


「おっす、真紅郎くん」

「おっす、じゃねえよ」


 俺は頭を抱えた。明堂みょうどう花蓮かれん。こいつの存在を完璧に失念してた、俺が愚かだった。

 ゼロがのんきな声を発する。


「真紅郎。この花蓮ちゃんは何者なんだい? 鍵を開けて突然入ってきたんだけど」

「中等部三年の後輩だ」


 花蓮が補足説明を入れる。


「それだけじゃなくて、幼なじみでもあるでしょ。私のお祖父ちゃんの家と真紅郎くんの前の家が近所だったから、よく遊んだ仲なんだよね」

「遊んだっつっても三、四回くらいだけどな」


 ごちゃごちゃしている頭の中を整理しているため言葉がいちいちテキトーになってしまう。どうすればいいんだこの状況。


「二人が仲良しなのはわかったけど、女子が男子学生寮に入っていいのかい?」


 もっともな質問をするゼロ。


「普通なら駄目だけど、花蓮はこの学園の理事長の娘なんだ。だから抜き打ち寮監とかいうこじつけめいたよくわからん名目で色んな寮に出入りして、学内に持ち込んじゃいけない物を調査してる汚れ仕事引受人だ」

「えっへん」


 と、全然誉めてないにも関わらず何故か胸を張る花蓮。俺はため息を吐きつつ、


「俺の部屋には漫画を読みに頻繁にくるんだが……」

「君はそのことを思い切り忘れていた、と」

「ああ……」

「やれやれ」


 ゼロは呆れたように肩をすくめた。何で俺が悪いみたいになってんだよ。確かに俺にはお前を部屋に上げたという罪があるけど、絶対的に悪いのは勝手に学内に侵入したお前なんだからな。


 俺たちの様子を見て、花蓮が口を開いた。


「話は終わったみたいだね。じゃあ、真紅郎くん。説明してもらおうかな。このゼロくん、自分が部外者だって言ってたんだけど、どういうこと?」


 誤魔化しようもないし、正直に言うしかないか……。

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