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名探偵ゼロ  作者: 赤羽 翼
一匹狼の空欄
16/33

テストの日

 俺は今、地獄を見ていた。テストが近いのにまったく勉強しなかった俺の自業自得なんだが、凄まじく追い詰められていた。普段なら脳にギアが入るテスト三日前になっても何故か集中力が高まらず、テスト前日の今日もそれは同様だった。勉強をしなきゃまずい、という脅迫観念により辛うじて集中力を保てているが、実際には今すぐにでも投げ出したい気持ちで一杯である。


 どうして今回に限ってこんな調子なんだろうか。今回のテスト勉強と前回までのテスト勉強に、一体何の違いがあるというのだろうか? 心当たりならありすぎる。

 俺はベッドに寝転がりながらイアホンをテレビに挿してバラエティ番組を視聴する不審者ゼロを見た。あいつがいたかいないか、の違いだろうか。


 しかし、と首を捻る。匿っていた当初ならいざ知らず、現在では殆どゼロの存在は気になっていない。ドラえもんみたいなもんだと思っている。実際に自分の部屋にドラえもんがいたら冷静でいられないと思うけど。


 というかそもそも、だ。勉強中にゼロに注意を向けている時点で、あいつの存在が俺にとってマイナスに作用していることになる。勉強に集中できない原因は何かと考えて、少しでもゼロの存在が脳裏によぎり、ゼロが原因か否かを考察している時点でそれはもう立派な勉強の妨害じゃないか? 今だって、ゼロがいなかったら考える必要がないことに頭を使って勉強の時間を無駄にしている。


 なんだ、全部ゼロが悪いんじゃないか。そうしよう。うん、ゼロのせいだ。まあ、だからってどうしようもねえんだけど。こいつを追い出したらそれこそテストどころじゃなくなる。


 ……もうやめよう。こんな責任転嫁は。俺が勉強に集中できないのは単に俺がその程度の人間だったってだけの話だ。よしんばゼロのせいだったとしても、こいつを匿ったのは俺だ。どの道自分の責任には違いない。そう、悪いのは誰でもない、俺自身なんだ……。


 俺はがつんとテーブルに額を思い切り打ちつけた。だから! こんな生産性のないことを考えるくらいなら勉強しろよ!


「真紅郎。君は何をしてるんだい?」


 ゼロが片耳からイヤホンを外しつつ呆れたような表情で尋ねてきた。どうやら、さっきの音がイヤホン越しに聞こえたようだ。


「自分で自分にキレてただけだ」

「あそう」


 ゼロは特に気にする素振りも見せずイヤホンを付け、再びテレビに視線を戻した。なんか、冷たくないか? ドラえもんならもうちょいつっこんでくれよ。どうして自分にキレてたのか理由くらい訊いてくれよ。あ、ドラえもんじゃないか。


 しかし、待てよ。ゼロを利用するのは割と良い方法かもしれない。一応、責任の一旦はゼロにもある。なら、こいつに勉強を教えてもらうというのは有りなのでは? 頭は良いっぽいし、たぶんできるだろう。


「なあ、ゼロえもん」


 俺はイヤホン越しに聞こえるように比較的大きな声で話しかけた。ゼロは片耳のイヤホンを外し、


「どうしたんだい真紅郎くん。まさか勉強を教えてくれとか言うんじゃないだろうね」

「話が早くて助かるぜ。そのまさかだ」


 相変わらず、こちらの心を読むのが上手だ。果たして、俺はこいつを言いくるめることができるのだろうか。説得のカードはあるが……。


「別にいいよ」

「いいのかよ!」

「駄目なのかい? 駄目なら全然やめてあげるけど」

「駄目じゃないです。やめないでください」


 予想外にあっさりとゼロが引き受けてくれたため、説得のカードを切ることなく終わった。だが納得もした。ゼロならわかってて当然か。自分のせいで俺の集中が削がれているかもしれないことくらい。


「君が酷い点数を叩き出して学校を去ることになったら、僕だって困るからね」


 そういう理由かよ。まあ手を貸してくれるなら理由はどうでもいいか。

 ゼロはテレビを切ってイヤホンを完全に外すと、テーブルに近づいてきた俺からノートを取り上げた。彼はノートを見ながら呟く。


「これは、中心極限定理か。センター試験で出てきそうもない問題だね。学ぶ必要性があるのか疑問だ」

「教師の趣味だろたぶん。わかるのか、それ?」

「統計の問題だろう? 標本平均が大きくなればなるほど母平均に近づいていく、というやつだね。簡単じゃないか。公式を憶えるだけだ」


 俺は顔をしかめる。


「公式を憶えるだけ、っていう全ての数学の問題に通じるアドバイスは無意味だぞ。憶えられたら苦戦してないっての」

「まあ、そうだろうね。けど公式を憶えること以外に数学の攻略法はないよ」

「それを言ったらおしまいだろうが」


 不満を口にするとゼロは肩をすくめ、


「仕方ない……。じゃあとりあえず、真紅郎の理解度を確認するよ。正規分布がP(-1≦Z≦1)のとき――」

「68%。1が2なると95%。3だとほぼ100%」

「わかってるじゃないか」

「そりゃこんくらいはな。基礎中の基礎だしよ」


 それからゼロは俺の理解度を確認しつつ懇切丁寧に勉強に付き合ってくれた。数学だけじゃなく、英語と生物も教えてもらった。個人的には授業や教科書よりわかりやすいと感じる。最初からこいつに家庭教師してもらえばよかったと後悔した。


 ゼロとマンツーマンの試験勉強は朝の四時まで続き、ゼロに徹夜はよくないと言われたのでギリギリまで眠り、俺は戦場に赴く戦士の気持ちで校舎へ向かった。


 ◇◆◇


「おはよう下条。テストの自信はいかほどだい?」


 自分の席に座るや否や隣の席の長身長髪の男子――新納しんのうかつらが話しかけてきた。

 俺はあくびを噛み殺しながら答える。


「自信はあんまねえ。一応できる限りのことはやったつもりだけどな。お前はどうなんだ?」


 新納はふっと笑い肩にかかっていた髪を払った。


「全然駄目だ。はっきり言って終わった。前回のテストの点数があまりにもよかったものだから、ついつい勉強に手を抜いてしまってね。前回の学年三位から何位に落ちるのか、実に見ものだ」

「不敵に笑うところじゃねえだろ。テストの点数は貯金じゃねえぞ」

「問題ない。流石に赤点は取ったりしない。次のテストで良い点取ればいいだけの話だ」


 だから貯金じゃねえって。テストの点ってそういうもんじゃねえって。

 新納はこんな風に常に自信に満ちていて、我が道をいく男だ。勉強も運動もかなりできるはずだが、そのときの気分によってムラがあり、できないときは何もできない。が、本人は特にそのことを気にしていない。言うなれば変人だ。マイペースすぎるところがあるが、先ほどのように残念な奴であるため嫌いになれない。


「まあテストのことより、俺には気になることがある」

「お前からテストの話題を出してきたんだろ」

「そうだったか? まあいい。周りを見ておかしさに気づかないか?」


 周りを見る。テスト前とあって、クラス全体から辟易した感じが伝わってくる。いつもと違うと言えば違うけど、おかしいというわけではない。


「何か変か?」


 首を傾げる。


「変だよ。後ろの席を見てみろ」


 何故周りを見させた?

 疑問を抱きつつ後ろの席に首を回した。誰も座ってない。


大神おおがみがきてないな。けど、それがどうかしたのか?」

「どうかするに決まっている。もうすぐホームルームが始まるというのに彼女がこないのは不自然だ。大神はいつもならこの時間にきている」

「そういやそうだな……」


 俺の後ろの席の女子、大神冬子(とうこ)はこの学校では珍しい家が資産家ではない生徒だ。学費全額免除の超特待生であり、俺と一緒で高校からこの学園に編入してきた。特待生だけあって成績は学年トップ。花蓮の話じゃ、小学校からこれまで九十六点以下の点数を取ったことがないらしい。正直、脳みその一部をわけてほしいところだ。まあそれ相応の努力をしているんだろうから、俺みたいな怠け者がそんなことねだったらバチが当たりそうだが。


「テストに遅刻でもしたらまずいな」


 遅刻するとその科目のテストが受けられなくなり、追試の対象となる。この学校では赤点を取ったり何らかの理由でテストが受けられなければ、本試験よりも遥かに難しい試験――追再試――を受けさせられるのだ。ただ、赤点を取った場合はでどれだけ良い点を取っても成績評価は下がるが、理由があって欠席した場合の追再試の点数はそのまま成績に反映させる。大神ならあまり問題にならないかもしれないし、むしろこちらで良い点を取ればより教師の間で評価が高くなる可能性はある。

 俺が呟くと新納は頷き、


「そうなんだ。特待生の彼女がテストでへましたら大打撃になる。心配だ」


 こいつは大神に気があるらしく、よく大神の話題を振ってくる。本人にも普通にアプローチしているが、その効果がいかほどかは、まあ何となく察してほしい。

 新納が唸っていると、彼の後ろの席の小柄でボブカットの女子が口を開いた。


「大神さん、別に具合悪そーじゃなかったよ」

「む、それは本当か田所たどころ?」

「うん。いつも通りクールだった」


 田所は確か大神とルームメイトだったか。けど、たまに話しているくらいで、さほど仲良いがわけではなさそうだ。


「田所。お前はテストの自信あるか?」


 俺が尋ねると田所はにっと笑ってピースを作った。


「もっちもちのよゆーのよっちゃんイカ。テストなんてちょろっちょろだよ」

「そ、そうか」


 何とも頭の悪そうな返事ではあるが、こいつはこんなでも学年二位の成績を有している。花蓮の同類みたいな雰囲気の癖に……。少しショックだ。


「しかし、田所。お前は中学のときはそれほど成績よくなかったよな?」


 新納が疑問を口にすると、田所は肩をすくめた。


「高校になったとき親にもっと良い成績を出せってどやされてさあ。真面目になったってわけよ。実は私はやればできる子だったってやつだね」


 確か田所の父親は病院の院長だったか。そりゃ良い成績出せと言われるわけだ。

 時計を見るとホームルームまであと二分にまで差し掛かっていた。まあテストが始まる一限目までに教室にくればいいだけなんだけど。……とか考えていると、教室の扉ががらりと開いて大神が入ってきた。長身で綺麗な長い黒髪を持つ女子である。目つきは鋭く、クールでどこか棘のある雰囲気のため近寄りがたい。ついたあだ名は一匹狼だ。顔立ちは整っており、間違いなく万人が美少女と称すだろう。


「おお、大神。おはよう」


 新納がほっとしたように挨拶をした。


「ええ」


 まったく感情を込めず、いつも通りの返しをする大神。彼女はすぐに俺の後ろの席に座った。

 新納がぐいぐいと大神に話しかける。


「今日はクラスにくるのが遅かったな。どうかしたのか?」

「別に何も」

「今日も美しいな。その美しさの秘訣は何なんだ?」

「親からの遺伝」

「ずばり、テストした自信は?」

「普通」

「やはり、いい……」


 何がいいんだよ。冷たくあしらわれてるだけだろうが。こいつはもうちょい謙虚にアプローチすれば、まだましな扱いをされるだろうに。本人は今の扱いにまんざらでもないようなので何も言わないが。

 呆れていると担任教師が入ってきたので、二人の会話――新納が一方的に話しかけていただけだが――は打ち止めとなった。俺は緊張に包まれる。……もうすぐテストが始まってしまう。


 ◇◆◇


 最初のテストは数学だった。一、二を争うくらいには苦手な科目である。しかし、問題用紙をざっくりと見て思った。


 ここ、進研ゼミ……じゃなくて進研ゼロでやったところだ!

 と、まあ脳内でふざけるのはこのくらいにしよう。とりあえず絶望するような内容じゃない。落ち着いて一問一問解いていけば大丈夫なはずだ。


 俺は集中力を高めて問題に取り組んだ。わからないものもいくつかあったけれど、大方は解くことができたように感じた。おいおい、ゼロの奴、探偵だけじゃなくて教師の才能もあるってのか? でも確かに探偵というのは考えたことを全ての人にわかりやすく伝える者のことだ。教師の能力を持っていてもおかしくはないか。


 ゼロに感謝しつつ問題の見直しをしていると、チャイムが鳴ってテストが終了した。教師が後ろの席から問題用紙と解答用紙を前に持ってくるように指示し、生徒たちはその言葉に従った。


 俺の席は窓際の列の最後方……ではなく、窓際から二番目の列の後方二番目であるため、最後方の大神から問題用紙を受け取り、自分の用紙を重ねて前に回した。ちなみに田所が窓際の列の最後方だ。その後、裏返しになった解答用紙を大神を渡してくる。俺は何とも思わず自分の用紙の重ねようとして、ふと違和感を感じた。解答用紙の裏は白紙だ。それ故に表側の問題文と解答を書く枠がやや透けて見えるのだが、大神の解答用紙はおかしかった。問題文は見える。解答を書く枠欄も見える。しかし、もう一つ見えなきゃならないものが見えてない。


 俺は自分の解答用紙を重ねるとき、失礼を承知でちらりと大神の解答用紙を覗き見、目を見開いて愕然とした。


 大神の解答用紙には、()()()()()()()()()()


 学年一位で学費免除の特待生が白紙提出……? 一体どうして? 解答用紙を前に回してからも、その疑問が頭の中に残り続けた。

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