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名探偵ゼロ  作者: 赤羽 翼
誰がプリンを食べたのか?
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プリンを食べたのは――【解決編】

 ゼロから推理の全てを授けられた俺と花蓮は三人をリビングに呼び出した。花蓮は今にでも犯人に問い詰めたそうだったがどうにか自制しているようである。拳を固く握りしめているのがその証拠だろう。


「真紅郎君、犯人がわかったの? 凄いね」


 蓮香さんが興味深げに尋ねてきた。俺は苦笑しつつ頭を掻く。


「いや、俺が犯人まで辿り着いたわけじゃないんです。さっきこういうこと考えるのが得意な知り合いに連絡したら、すぐに答えを出してくれました」


 花蓮を見ると怒りやら悲しみやら何やらでプルプルと震えていた。これは急いだ方がよさそうだ。


「じゃあ、まず簡単にプリンが食べられたことが発覚する前のことをまとめます。花蓮がお昼にプリンを食べているとき、蓮香さんが買い物に出かけ、花蓮がプリンを食べ終わり食器を棚に戻した理事長と風間さんはそれぞれの仕事に移った。そして俺がやってきて、花蓮と勉強をしている最中に理事長、風間さん、蓮香さんの順番でキッチンへ向かいました。三時に花蓮が冷蔵庫を確認したときプリンが食べられていた、と。まあこういう感じですね」


 三人は頷いた。


「誰がプリンを食べたのかを考えるために重要になるポイントは食器棚の引き出しの音です」


 俺は先ほど花蓮と考察し合ったことを説明した。俺たち二人とも引き出しが開く音を聞いていないこと。引き出しは音を立てずに開くことができないこと。プリンのカップに付着していた食べ跡から、スプーンで食べられたことが濃厚であること。家にスプーンの代替品はないこと。あらかじめスプーンを抜き取っておく、ということもできないこと。あらかじめスプーンを買っていた、ということも花蓮の生活習慣と計画的な犯人なら花蓮の目と鼻の先でプリンを食べないことなどから、考えられないこと。犯人はプリンを食べることそのものが目的ではなく、()()()()()()()()()が目的であること。その目的ができたのは、昼に花蓮がプリンを食べて以降であること。


 ここまでは、二人で無い知恵絞って考えついた俺と花蓮の英知の結晶だ。その結晶を受け取った蓮香さんが感心したように「へぇ」と声を漏らした。

 しかし理事長と風間さんは若干引いてしまっている。


「あなたたち、よくそこまで考えるわね」


 理事長が呆れたように呟いた。テストや勉強と比べたら百倍くらいは頭を使えますよ。


「それで、一体そこからどうやって犯人を突き止めたのですか?」


 風間さんが小首を傾げながら訊いてくる。


「さっきも言いましたけど、俺たちじゃないんですよね、犯人を突き止めたの……。その突き止めた知り合いが注目したのはプリンの蓋と空のゴミ箱でした――」


 ◇


「ゼロ。お前が言いたいのは、プリンの蓋がないってことはカップと違って、犯人は蓋をゴミ箱に捨てた。けどゴミ箱に何も入ってないってことは、プリンの蓋は風間さんがゴミ出しをする前に捨てたことになる。つまり風間さんの後にきた蓮香さんは犯人じゃない。こういうことだろ?」

『大凡はそうだよ。何か不満があるのかい?』

「不満ってほどでもないけど、ゴミ箱が空なことに気づいた蓮香さんがプリンの蓋を捨てずに持ち去ったってこともあるだろ?」

『ないよ。もしそうなら最初からそのことを言うさ。そうすれば容疑者から外れるんだから。そんな仕込みをしたのに使わないわけがない』

「それは、確かにそうか」


 言わないことで逆に自分の潔白を証明する、という手もなくはないが、俺たちがそのことに気づかなかったら仕込んだ意味がなくなる。ん、ちょっと待て。


「ゼロ。今、()()()って言ったな。他にもゴミ箱が関係することでもあるのか?」

『ある。そっちの方で考えても花蓮ちゃんのお姉さんがプリンを食べたとは思えない』


 花蓮があからさまに不審そうな表情になる。


「え~ほんとぉ? 私的にはむしろお姉ちゃんが怪しい人筆頭だと思ってるんだけど。お母さんも風間さんもこんなことすると思えないからさ。お姉ちゃんなら考えられるけど」


 信用ないな、蓮香さん。

 スマホから笑いを含んだゼロの声が聞こえる。


『残念だけどお姉さんは犯人じゃなくて、理事長先生か家政婦さんのどちらかが犯人だよ』

「どっちが犯人かはわかってるんだよな?」

『もちろんさ。犯人を特定するのに重要なポイントとなるのは、犯人が()()()()()()()()()、だ。カップを見てないから何とも言えないけど、プリンをカラメルまで綺麗に、かつ短時間で食べれる道具を僕はスプーン以外に知らない』

「けど、引き出しが開く音は私たち聞いてないよ? さっきも言ったけど、スプーンは引き出しにしかないし、スプーンの代わりになる物もない」

『あるよ。君たちが忘れてるだけでね』

「どうして一回も花蓮の家に上がったことないのに断言できるんだよ」


 思わずつっこんでしまった。ゼロからため息が聞こえてくる。


『本当はさ、真紅郎が気づかなければならないことだよ、これは』

「どういうことだ?」

『犯人が使ったスプーンは花蓮ちゃんの家の物じゃない。真紅郎が持ち込んだ物だ』

「は? 何を言って――」


 そのとき、俺の脳裏に花蓮に家に入ってすぐのことを思い出した。そうだ……そうだった。忘れてた。そういうことか。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()か……」

「私がゴミ箱に捨てた? うっそでしょ?」

『花蓮ちゃんの家に他にスプーンやその代わりになる物がないならそれしかないじゃないか。犯人はゴミ箱にあったプラスチックのスプーンでプリンを食べた。そう考えると、ゴミ出しをされた後じゃスプーンがないわけだから、花蓮ちゃんのお姉さんは――二度目になるけど――犯人足り得ない。じゃあ理事長と家政婦さんのどちらが犯人なのか……僕より付き合いの長い二人なら考えるまでもないよね?』


 ◇


「犯人はゴミ箱に捨てられていた、それも他人に口を付けられたスプーンでプリンを食べたことになります。そんなこと――失礼な言い方になりますけど――病的なまでに潔癖症な理事長にできるはずがない。つまり、犯人は風間さんということになります」


 俺がそう宣告すると理事長と蓮香さんの意外そうな目が風間さんに向いた。

 風間さんは無念そうな表情で目を瞑る。


「その通りです。私が花蓮さんのプリンを食べました」


 その言葉に花蓮はがくりと膝から崩れ落ちた。悲痛な声を上げる。


「どうして……! 何で風間さんがこんなことを! 絶対お姉ちゃん辺りの仕業だと思ってたのに!」

「おい」


 蓮香さんから不平が飛んだ。

 風間さんは観念したかのように肩を落とし、


「私がプリンを食べたのは――信じてはくれないと思いますが――花蓮さんを思ってのことだったのです」

「どういうこと?」


 蓮香さんが首を傾げる。


「ここ最近の花蓮さんを見ていて不安だったんです。……あまりにもスイーツを食べ過ぎていたので」


 花蓮の家族二人は「あー」と納得したような声を上げた。そういや、今日プリンを三つ食べて昨日はロールケーキを食べてたんだっけ。たぶんその前の日もロールケーキを食べてたんだろう。

 風間さんは続ける。


「私は昨日の夕食を作っているとき四つのプリンを見つけました。午前中に花蓮さんが何か買ってきていまので、そのときは花蓮さんが私たち四人で食べるために買ってきたと思ったのですが……翌日――つまり今日ですね――、花蓮さんがプリンを一気に三つ食べてしまいました。それを見て思いました……これでいいのか、と。このままでは可愛らしい花蓮さんがドンドン肥えていってしまったらどうしようかと……。さっきゴミ出しをする際にプラスチックのスプーンを見つけたとき、今しかないと思いました。三時になったら花蓮さんがまたプリンを食べてしまうと考えたら、いてもたってもいられなかったんです。これ以上花蓮さんにカロリーを供給させないために、私はプリンを食べたのです」

「そんなこと風間さんが気にしなくてもいいよ。別に花蓮なんて太らせときゃいいんだし」


 蓮香さんが呆れながら言うと、花蓮が蓮香さんをむっと睨んだ。

 俺は気になることを尋ねることにした。


「風間さんは、どうしてカップを捨てなかったんですか?」

「カップがガラス製だったからです」

「ああ、そういうことですか」


 ガラス製の物を焼却炉に放り込むわけにはいかない。

 風間さんは深々と理事長に頭を下げる。


「仕えている家の食べ物を盗み食いするなど、家政婦失格です。奥様、どうぞ私の首を切ってください」


 理事長は困ったような顔になる。


「いや、別にこのくらいのことでクビにしたりしないけど……。風間さんがこの家に尽くしてくれてるのは知ってるし。花蓮がスイーツ食べ過ぎなのは同感だし」


 花蓮を見る。一切反応しないところを見ると本人にも自覚があるのだろう。


「花蓮。どうすんだ、これ?」


 俺は花蓮を肘で軽く小突いた。こいつが何か言わないと事態が収束しない。

 花蓮はむすっとした表情のまま、


「『ステファニー』のプリン、四つで手を打つよ」


 この期に及んでプリン要求すんのかよ! 俺はつっこもうと口を開きかける。が、


「今度はみんなで食べよっか」


 それなら、まあいいか。


 ◇◆◇


 自分の部屋に戻ってきた俺はだらんとベッドに倒れ込んだ。


「あぁあ疲れた。脳の糖が消え去っちまった」

「勉強をしない言い訳ができてよかったね」


 バラエティ番組の再放送を見ながらゼロが嫌みを言ってくる。


「うるせえな。どうせ何もなくてもろくに勉強なんてできねえよ」

「余計駄目じゃないか」

「まったくだな……」


 自分で言ってて悲しくなった。

 あ、そういえば。ゼロにいくつか訊きたいことがあったのを思い出した。


「なあゼロ。地球の夕焼けと朝焼けって何でオレンジに見えるんだ?」


 ゼロはテレビから目を離すことなく答える。


「まず、空が青い理由を説明した方がわかりやすいだろうから、先にそっちを話すよ。太陽の光の中の青系の光は波長が短くて、大気中の粒子にぶつかると散乱してしまう。その現象が僕たちの目に届いて空は青く見えてるわけだ。けど、オレンジ系の光は粒子を通り抜けて僕たちの目に届くから太陽光はオレンジっぽく見えるんだ。で、朝焼けや夕焼けのときは光が昼間より厚い大気を通るからより多くの青が散乱する。粒子を通り抜けたオレンジ系の光はより顕著に僕たちの目に届いて、空をオレンジに染めるってわけさ」

「じゃあ火星の朝焼けとか夕焼けが青いのはどうしてだ?」

「どうして唐突に火星の話になったのかわからないけど、火星では地球とは逆のことが起こってるんだよ。火星は大気が薄くて、かつ大気に大きめの酸化鉄とかが含まれてる。これに太陽光がぶつかると赤系の光が散乱されて、逆に青系の光が残るってわけさ。だから火星の空の色は青色じゃなくて黄色とか茶色に見えるらしいよ。誰も火星にいったことないから、絶対かどうかはわからないんだけどね」


 物知りだなあ、こいつは。もう一つ訊こう。


「それじゃあ英語のビーとワスプはどう違うんだ?」

「前者は蜂の総称で、ワスプはスズメバチとか大型の蜂のことだ。これが試験範囲に入ってるのかい?」

「いや、花蓮のテスト範囲だ」


 ゼロは呆れたような表情になった。


「勉強しないと、どうなっても知らないよ」

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