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名探偵ゼロ  作者: 赤羽 翼
誰がプリンを食べたのか?
11/33

勉強面倒くせえ

 花瓶の事件が起こった翌日の日曜日。俺は参考書とノートに向き合っていた。言うまでもなく試験勉強をしているのだが、まったくもって集中できない。それは部屋に不審人物を匿っているからというわけではなく、単に俺が追い詰められないとポテンシャルを発揮できないことに起因する。試験まで一週間切ってるからもう十分追い詰められているんだけど、それじゃあまだまだなんだ。三日前くらいにならなければ俺のやる気に火が着かない。駄目な学生である。


 椅子の背もたれに体重を預けて天井にため息を吐くと、


「真紅郎。ドラマのDVDを借りてきてくれ。昨日約束したじゃないか」


 ゼロがベッドに寝転がって漫画を読みながら言ってきた。


「見てわかんねえか? テスト勉強中だ」

「まったく勉強してる様子がないから頼んでるんだよ」

「これは、あれだ。ルーティーンみたいなもんだ。今集中力を高めてる」

「一問目から難しい問題に直面して答えを見たけど何故のその解に至ったのか理解できない、という風にしか見えなかったけどね」


 言い返す言葉が思い浮かばなかったのでとりあえず無視しておく。どうせこのまま舌戦を繰り広げたって、ゼロに口では勝てないんだ。

 しばらくの間、俺はシャーペンでペン回しをしたりカチカチとシャーペンの頭部をいじって遊んでいた。

 後ろのベッドからゼロのため息が聞こえてきた。


「時間を悪戯に浪費するくらいなら、勉強する科目を替えた方がいいんじゃないかい?」

「それもそうだな」


 俺は数学の参考書とノートをテーブルの端に押しのけ、数学の次に苦手な古文の参考書とノートを手元に置いた。……が、目の前にするとやる気が消えて硬直してしまう。


「なあゼロ。どうして文科省は現代人である俺たちに何百年も前の文体を教えようとしてるんだろうな」

「さあね。数学に色んな分野があるから釣り合いを取りたいんじゃないかな」

「つまり、古文が存在してるのは数学のせいってわけか」

「知らないよ。テキトーに言っただけさ。……けどまあ、日本語は英語とかと違ってわかりやすい変革を辿ってきたから、学習させやすいっていうのは理由の一つではあると思うよ。中国から漢字がやってきて、ひらがなとカタカナが生まれた。書体も読み方も若干今と違うけど、それでも古文で出てくる文なんて限られてるんだし、記憶するのは楽じゃないかな」

「学校通ってないのによくそこまで強気になれるなお前は」

「逆に超一流の学校に通ってて、どうして君はそんななんだい?」


 ぐっ……。やはり何も言い返せねえ。

 俺は反論しようと頭の中でいい感じの切り返しの言葉を探す。しかしゼロ的にはそんなことどうでもいいようで、


「古文の勉強をしているということは、真紅郎は文系ってことなのかな? 古文を承知で文系を選択したなら文句を言う資格はないでしょ」

「あいにくと、この学園に文理選択は存在しない。どっちの科目もさせられるんだ」

「そりゃ大変だ。どんなカリキュラムになってるのか見たいくらいだよ」

「だろ? そんなだからクラス替えもなくて、一年からずっと同じクラスメイトで若干の退屈感がある。席替えもねえしな」


 今一度、大きなため息を吐く。


「真紅郎は高等部から入学したんだっけ?」

「ああ」

「よく一年生き残れたね」


 ゼロからの労いの言葉に、俺はだらりと椅子にもたれかかった。


「まったくだ。自分でも奇跡だと思う」

「中学からの入学だったら死んでたんじゃない?」

「それは、あり得る。ったく……まさかこんな学校に入学することになるなんて、予想してなかった……」


 何とも言えぬ感情に包まれて口からため息が漏れた。

 やる気が起きずにじっと古文の参考書を見つめているとテーブルの脇に置いておいたスマホがなった。画面を見ると、


花蓮『真紅郎くん勉強教えてプリーズ』


 というメッセージが表示されていた。間髪入れずに手を合わせてお辞儀をする猫のスタンプが送られてきた。

 ちょうどいいかもしれない。どうせこのまま部屋で勉強しても集中できたいんだ。人と一緒に勉強した方が俺も集中できるかもしれない。


真紅郎『別にいいぞ』

花蓮 『さっすが真紅郎くん! あまりにも勉    強しなさすぎてお母さんから外出禁止    を言い渡されたからうちにきて』

真紅郎『了解』

花蓮 『じゃあ今からきてね

    あ、真紅郎くんの冷蔵庫にあったゼ     リー持ってきて! さっきプリン食

    べたから食べたくなっちゃった

    の』


 何でプリンを食べたらゼリーを食べたくなるのかわからない。形状が似てるからだろうか? とりあえず『わかった』と返信しておく。

 俺は参考書とノートと筆記用具をバッグに詰め込み、冷蔵庫にあったゼリーを白いビニール袋に入れた。


「花蓮に勉強教えてくるわ」


 ゼロはどん引きしたような目を俺に向けてきた。


「さっきの会話的に、真紅郎が人に勉強を教えられるとは到底思えないんだけど、正気かい?」

「何で妹分に勉強を教えるって言っただけで正気を疑われなきゃならないんだ。正気だよ。中学生の勉強くらいなら教えられるはずだ。……理科と社会はわからんかもしれんが」

「その二教科は暗記物だからね。中学で習ったきりっていう単語も多いだろう。それと違って高校の国数英は中学からの延長だからいける、と。納得できる理由ではあるけど、そんな余裕あるのかい?」

「大丈夫だ。一緒に勉強すっからな」

「あそう。まあ真紅郎の成績がどうなろうと知ったこっちゃないから別にいいんだけどさ」

「冷てえ言いようだな」

「できる限り忠告はしてるつもりだけどね」


 確かに俺の危機感を煽りに煽ってきてはいる。そして、それは正しいことではあると思う。こんな高校生がいたら誰だって危機感を煽ってくるだろう。

 だが俺は花蓮の家にいく。何故なら、それが俺だからである。


 俺は扉をさっと開けてさっと閉めた。寮から出て校門へ向かう。全寮制のこの学園で唯一、花蓮は実家住まいの生徒だからだ。理事長の娘で家が学校のすぐ隣にあるのだから寮に住む方がおかしな話ではあるが。

 校門を出てひたすら左に進むと、大きな屋敷が現れた。赤い屋根に微妙に桃色がかったファンシーな外壁が特徴的で、三つの屋根が並び中央の屋根だけ背が高いという城みたいな外観だ。おとぎ話にでも出てきそうな雰囲気がある。すぐ近くに馬鹿でかい学園があるから霞んでいるが、十分すぎるくらい大きな家だ。


 花蓮の家は学校と同じように周囲を壁に囲われており、敷地内に入るには門を通るしかない。門と玄関の距離は住宅街にあるような家とは比べものにならないくらい離れている。出入りが面倒くさそうだと思うのは俺だけだろうか?


 俺は門扉の横に付けられたインターホンを押した。しばらくして花蓮の声が聞こえてくる。


『今開けるよー。玄関にも勝手に入っていいから』


 門扉が独りでに開いたので、俺は前方にある家の扉に向かって歩き出す。扉の前に理事長がいることに気づく。暑いにも関わらずスーツを着た――年齢は知らないが――かなり若々しい美人な女性である。誰かと電話しているようだ。無視して入ってしまうのは、流石に生徒としても知り合いとしても礼儀がなっていないと思い、彼女の通話が終わるまで待っていた。


 理事長がスマホをスーツの内ポケットにしまった。俺は小走りで近づいて話しかけた。


「どうも、こんにちは。理事長先生」


 理事長は俺を見ると顔を明るくした。


「あら、真紅郎君。久しぶりね、どうしたの?」

「花蓮に勉強を教えてくれと頼まれまして」


 理事長は顔をしかめてため息を吐く。


「まったくあの子ったら……。真紅郎君は大丈夫? ちゃんと自分の勉強はできてる?」

「はい。それはもうばっちりと」


 平然と嘘をつく俺。これ以上突っ込まれたくないので話題を変えることにした。


「あの、どうして夏なのに手袋してるんですか?」


 理事長ははめたままでもスマホを操作できる手袋をしているのだ。普通寒い冬の日に使用する物だと思う。


「ああ、これ?」


 理事長が手袋を外した。


「つい最近知ってしまったのよね。スマホはトイレよりも菌が多いって。だから手袋をするようにしたの。最初はウェットティッシュで拭いてたんだけど、スマホに触れる度に拭くのは面倒でしょう?」

「なるほど……」


 そういえばこの人は潔癖症だったっけ。某913のヒーローの変身者みたいに頻繁にウェットティッシュを使っていた記憶がある。その他に自分や他人の身だしなみも気にしていた。現に今も、


「真紅郎君、ちょっとごめんなさいね」


 理事長が俺の制服の左側の裾をズボンから引っ張り出した。中途半端にズボンに突っ込まれていた裾がお気に召さなかったらしい。それから、微妙に飛び出ていたズボンの右ポケットを奥に戻すと、蝶々結びがほどけかけていた靴紐を美しく結び直してくれた。何だこれ。

 理事長は両手を腰に当て俺の姿をじっくり観察し、満足げに頷いた。


「うん。これでよし。せっかく男前なんだからきっちりしないといけないわよ」

「はあ」


 男前なんて初めて言われた。目つきが悪いとは何度も言われたことがあるけど。


「えっと、じゃあ、お邪魔してもいいですか?」

「あ、そうだったわね。どうぞ」

「ありがとうございます」


 俺は玄関の扉を開けた。理事長は外に用があったようで門扉の方へ向かっていく。……何というか、変な人だ。

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