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名探偵ゼロ  作者: 赤羽 翼
プロローグ
1/33

邂逅


 やばい。やばい。やばい! 心の中で何度も叫びながら俺は左右を森林に挟まれた坂を駆け上がっていた。息はとっくに切れているが肺にたっぷりと酸素を供給する余裕はない。ただでさえ長距離を全力疾走しているのに、更に周囲の気温が相まって体力も限界が近い。


 これだから夏は嫌なんだよ。夕方になっても気温がまったく下がらないし、陽も長いからついつい時間を確認するのが疎かになる。そのせいで俺は今絶体絶命のピンチだ。

 現在時刻は六時五十二分。一般的な家庭ならば遅い時間帯ではないが、俺が住んでいる学生寮の門限が七時なのだ。七時に寮監が見回りにやってくるので、それまでに部屋に戻らなければならない。でなければ内申が悪くなり、おまけに宿題の山が付いてくる。


 坂を登りきると、大きな学校が目の前に現れた。大きいだけでなく非常に豪勢でもある。周囲はどこぞの城のように外壁に囲まれ、校舎の屋根には無駄に金色の塗装が施されている。外からは見えないが、校庭には噴水とか庭園とかヨーロッパから影響を受けまくっている様相になっている。


 あれが俺の高校……私立蓮修(れんしゅう)学園。日本各地の御曹司やら令嬢やら政治家の子供やらやり手実業家やら、とにかくボンボンの子供が通う全寮制の学園だ。蓮修学園はとにかく校則が厳しいので、一度門限を破るのも命取りなのだ。


 ああ、クソッ! 漫画なんて買いにいくんじゃなかった! でも発売日の今日読みたかったんだよなあ! よしんば買いにいったとしても、途中で道に落ちてたゴミを拾ったり道に迷ってたお年寄りをスーパーまで連れていくんじゃなかった! そのせいでこんな時間になっちまった! けどほっとけなかったんだからしゃあねえ!


 走っていた俺は校門の前で一旦止まって、待機していた警備員さんに学生証を見せて敷地内に入った。この学校に入るには警備員に学生証を提示することと制服を身にまとっていることを確認させる必要がある。つまり外出するときも制服を着てろということだ。ちなみに学校の敷地内であっても、寮以外の場所では制服か指定のジャージを着ていなければならない。面倒な校則だ。


 俺はポケットから部屋の鍵を取り出し、寮へ向かって再び全力で走る。この学校は高等部と中等部の校舎、数多くの寮が点在しているため敷地内が異常に広い。


 寮が見えてきた。見た目はホテルのように直方体であるが、エントランスがない分一般的なホテルよりは小さい。まあ学校にホテルがあったら困るけど。

 スマホを取り出して時間を確認する。六時五十四分! 俺の部屋は一階だからすぐに辿り着ける。これなら全然余裕で間に合う。安堵感から自然と走るのをやめ、息を切らしながら寮の出入り口へ向かっていると、


「そこの君。ちょっといいかい?」


 右側からやや中性的な男の声に呼び止められた。思わず立ち止まって声のした方向を見ると、一本だけ生えた木に一人の同世代くらいの少年が背を預けて立っていた。顔立ちは優男チックだが整っており、間違いなくイケメン……いや、雰囲気的には美少年と言った方がいいかもしれない。体型は中肉中背だが、髪は肩まで伸びており男にしては長めだ。服装は白のインナーに紺のパーカーを羽織っている。ズボンの方は服にまったく詳しくない俺には種類はわからないけど色は茶色だ。足元には大きなリュックが置かれている。


「えっと、何か? 悪いけど急いでるんだ。ってか、あんたも早く寮に帰らねえとまずくないか? それ以前に制服着ないと。教師に見つかると終わるぞ」


 謎の少年は木から背中を離した。


「ご忠告どうもありがとう。けど、校則は僕には関係ないんだ。この学校の生徒じゃないからね」

「え、ってことは生徒の関係者? 関係者でも五時半以降は入れないはずだけど……」

「うん。関係者でもないから安心してもらって構わないよ」


 謎の少年はけろりとした態度で言った。

 俺はふぅんと頷きつつ、彼の言葉を飲み込んだ。


「ん、それ部外者ってことか?」

「その通り!」

「いやその通りじゃねえよ!」


 謎の少年が持つどこか浮世絵離れした雰囲気の影響か一瞬だけスルーしかけてしまった。


「警察沙汰になるぞ! 早く出てけ!」


 校門の方に指を向けながら慌てて叫んだ。謎の少年はおかしそうに笑う。


「すぐ人を呼ばない辺りに優しさを感じるね。不審者に気を遣うなんて。僕がどんな奴かもわからないっていうのに」

「つい反射で言っちゃったんだよ! そもそもどうやって敷地内に入ったんだ!?」


 周囲の外壁には掴めるところも足をかけるところもなければ、警報装置があるため誰かが超えればすぐに警備員や警察が駆けつける。校門はさっき述べたように制服と学生証がなければ警備員が通してくれない。

 謎の少年は呆れるように肩をすくめた。


「どうやって入ったも何も、あんなザル警備、入れない方がどうかしてるよ」

「なっ!?」


 どこか抜け道があるって言うのか? こいつがどうやってこの学校に入ったのかはともかくとして、そもそも何だこいつ。


「何しにこの学校にきた? 返答によっちゃすぐ人を呼ぶ」

「君、甘いね。普通はすぐに人を呼ぶよ」

「呼んでほしいのか?」

「呼んでほしくない」

「何なんだよお前は!」


 会話すんのが鬱陶しくなってきた。

 謎の少年は俺の心理を読んでか、ちゃんと話始めた。


「僕はただの家出小僧さ。家出して、追っ手を撒くために仕方なくこの学校に入った」

「追っ手って……この学校に逃げ込まなきゃなんねえほどやばいのか? お前の家族らは」

「んー……まあそこまでやばいわけではないけど、面倒なんだよね」

「そうなのか」

「そうなんだよ。あいつらのせいで、今僕は命を狙われかねない状況に追い込まれている」

「やばいだろ十分!」

「まあね」


 謎の少年は嘆息してみせた。こいつが言っていることが嘘なのか本当なのかわからない。ふざけているようにも思える。独特の空気感で煙に巻かれているような感じだ。

 謎の少年は俺に人差し指を向けてきた。


「そこで君にお願いがあるんだ。僕を匿ってくれないか?」

「は?」


 突然の申し出に俺はぽかんと口を開けてしまう。そんな間の抜けた表情をする俺に謎の少年は追い討ちをかけてくる。


「相部屋してる人はいないんだろう? ならいいじゃないか。一人くらい余裕で匿えるはずだ」


 いや、まあ確かに一年のときまで相部屋だった奴が勉強に付いてこれずに転校していったから、俺は現在二人部屋を一人で使っている。もともと二人部屋なのだから一人増えても生活に問題はない。けどこんな得体の知れない男を匿うだなんて……学校にばれたら退学ものだぞ。……ん? いや待て。


「お前、何で俺にルームメイトがいないって知ってるんだ?」


 そこからしておかしい。俺はそんな話は一ミリもしていないのに。

 謎の少年はさも当然といった感じで口を開いた。


「さっきの君の様子を見ればわかるよ。君は鍵を手にこの寮へ走ってきた。このことと、寮の前でスマホの画面を確認したことからして、門限が迫っていたからいち早く自室に飛び込みたかったことは想像に難しくない。そうだろう?」

「ああ。けど、それとこれとは――」

「関係あるよ。ルームメイトがいるなら君は鍵を手に持っておく必要がない。門限が近いならルームメイトが部屋にいるだろうから、端から鍵は開いている。だけど君は鍵を手にしていた。部屋に鍵がかかっていると決めつけていたってことだね。これはつまり、君にルームメイトはいないということを意味している」

「……っ」


 な、何だこいつ。たったそれだけで俺のプライベートが一つ暴かれた? 俺は鍵持って走って時間見ただけだぞ。それでそこまでわかるか普通? どんな頭してんだよ。謎の少年に戦慄しつつ、


「そ、そもそも何でこの寮が二人一部屋だって知ってるんだよ?」


 何となく悔しくて尋ねてしまった。


「さっきから木に隠れて寮の様子を見てたけど、二人一組で寮に入っていく生徒があまりにも多かったからさ。それにいくら広いこの学校でも、一部屋に一人っていう配分じゃ絶対部屋が足りないしね。何しろ日本各地からお金持ちの子供が入学してくるんだし」


 俺は押し黙るしかなかった。完敗の二文字が脳裏に刻まれた。しかしだからといってこいつを匿うかどうかは別問題である。

 俺が顎に手を添えて考えていると、謎の少年が急かすように言ってきた。


「早く決めた方がいいよ。たぶんだけど門限って七時だろ?」

「あ?」


 俺はスマホを見た。時刻は六時五十七分。うわああああ!


「頼む匿ってくれ。僕の命に関わることなんだ」


 謎の少年が頭を下げてくる。ああ、もう! 考えるのはやめだ! ばれないだろたぶん!


「寮の出入り口には監視カメラがあるから、お前の位置から見て寮の一番手前にある窓の前で待ってろ。そこが俺の部屋だ。内側から開けてやる」

「ありがとう。恩にきるよ」


 俺は急いで寮に入るとバタバタと自室の前に駆け寄り鍵を開けて中に入った。七時以降に窓を開けると警備室にそのことが伝わってしまうので、すかさず窓を開けた。外にいた謎の少年が中に入ってくる。

 俺は扉の一つを指差す。


「あそこがトイレだから、そこに隠れてろ。もうすぐ寮監がくる」

「わかった」


 謎の少年はそそくさとトイレに入り込んだ。ほどなくして寮監が扉をノックしてきたので、俺はニコニコとしょうもない作り笑いを浮かべて応対した。強面でごつい体格の寮監は俺の姿を認めると「よし」と呟いて隣の部屋に向かった。

 ふうっ、と大きな息が漏れる。


「もういいぞ」


 トイレに向かって言うと謎の少年は楽しそうな笑みを浮かべて出てきた。


「なかなかにスリリングだね」

「こっちの台詞だよ。で、お前まじでここに居着くつもりなのか?」


 近くの椅子にへたり込みながら訊いた。謎の少年は苦笑し、


「逆に訊くけど、君は本当に僕を匿う気?」

「命狙われてるんならしゃあねえだろ」


 頭を掻きながら言うと、謎の少年は人差し指で額を押さえ、興味深そうに笑った。


「なるほど。君は度を超えたお人好しのようだね」

「ほっとけ」


 よく言われる言葉を聞き、俺はそっぽを向いた。しかしすぐに謎の少年に向き直る。


「そいや、名前聞いてなかったな。俺は下条しもじょう真紅郎しんくろう。真紅郎でいい。お前は?」


 謎の少年は額に人差し指をやったまま天井を仰ぎ、


「そうだね……000(トリプルゼロ)とでも名乗っておこうかな」

「長いな。あと変だ」

「じゃあ000(ゼロズ)ならどうだい?」

「お前は仮面ライダーか何かか? ガラケーかメダルで変身すんのか?」

「ならゼロでいいよ……」

「何でちょっと不服そうなんだよ。ってかそれでも変だぞ」


 かくして、俺は一時のノリというか焦りというか、思考を放棄した結果からゼロと名乗る謎の少年を匿うことになってしまった。どう考えても頭がおかしいとしか言えない。ゼロがどんな奴なのかもわからないっていうのに。

 そしてこの日から、俺の謎と波乱に満ちた生活が始まることとなった。

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