出会いは6年前
職場の最寄り駅から普通電車で30分、急行も停まる結構大きな駅の賑やかな表口ではなく、住宅街に面した裏口を出て歩くこと10分、古い商店街を抜けると私の暮らすアパート「神楽荘」がある。
商店街の夕方セールで休みに食べる分の野菜やお肉をどっさり買ったせいで、よろよろしながら自分の部屋の前までたどり着くと、
「おかえりっ風子! そろそろ帰って来ると思ってカレー温めておいたよ~」
嬉しそうな声と共に、ドアを開けて飛びついてきた疾風に押し倒されて尻餅をついてしまった。
「痛たたた、重いよ疾風~」
「えへへへ風子が帰ってきたのが嬉しくって、つい……うん、他の男の匂いしない。 風子は俺の~」
「はいはい、ただいま。 でも匂い嗅ぐのは無しって前も言ったよね」
私にしがみついて、首元の匂いをクンクン嗅いでる疾風の柔らかな茶髪をぺしっと叩いて叱ると、
「え~っ、だって風子良い匂いするんだもん。 それに他の男に盗られないように、ちゃんとマーキングしておかないとね」
なんて反論される、大体マーキングなんて普通の男の人は匂いで彼氏がいるとか分かる訳がないでしょうにと思いながらも、ぐりぐり首元に頭を擦りつけてる疾風が可愛いと考えててるあたり、私もダメなんだけどね。
ぐぅ~……部屋から漏れてくるカレーの匂いに、二人同時にお腹が鳴るから顔を見合わせて笑ってしまう、
「ぷくくく、早くご飯にしよっ。 疾風もお腹空いたでしょ」
「そうだった、今日はカレー、カレー! 買ってきてくれた物はしまっておくから、風子は先に着替えてきなよ」
野菜やお肉がどっさり入った重いマイバッグを、ひょいと軽そうに持った疾風に背中を押されながら部屋に入って着替える為に自室へ、
「風子と一緒の休み~、久しぶり~の一緒の休み~嬉しいな~」
冷蔵庫に野菜を片付けながら疾風が歌う、変な歌を聞いてると何だか楽しくなってくる……疾風と始めて会ったあの時は、自分がこんなに幸せな暮らしができるなんて、とても思わなかったのにね。
疾風との出会いは6年前の夏……
就職して初めてのボーナスでプレゼントした旅行中の事故で、私の両親は死んでしまった。
両親は家族の縁の薄い人達だったから、こんな時に頼る親戚も無く、相川先生や近所の人達の力を借りて必死に走り回り二人の葬儀を済ませ独りになった途端、悲しみが押し寄せてきて……
「行ってきまーす、お土産楽しみにしててねー!」
「火の元戸締まりはしっかりな。 旅行ありがとう、楽しんでくるよ」
そんな言葉を残して楽しそうに朝出て行った両親がその日の夕方には死んでしまうなんて、そんなことを葬儀も終わったというのまだ信じたくなくて、私が旅行をプレゼントしなければ二人はまだ生きていたかもしれないのにと、泣いて泣いて目を真っ赤にはらしながら気を失うように眠る毎日を送っていた。
だけど、大人として働いている以上いつまでも仕事を休む訳にもいかず、葬儀屋さんへの支払いや保険会社やカード会社、銀行口座の手続き等やる事は山積みで、泣いてばかりもいられないと市役所へ書類の提出のためマンションを出たあの日、道路の端に横たわる動物と目が合ってしまったの。
フェレットだと思ったその動物は、車にでも轢かれたのか血だらけで、もう動く事もできないみたいなのに私を見つめる目が必死に助けてと言ってるみたいで、目が離せなくなって気付いたら近くに落ちていた段ボール箱にその動物を入れて動物病院に駆け込んでいた。
本当あの時は大変だった、動物病院でまずフェレットじゃなくて日本鼬だと教えられて、
「鼬かぁ、コレ一般の人は保護も飼育も許可されていないんだよね。 交通事故だと思うんだけと、う~ん……」
と渋る獣医さんに、何とかならないかと頼み込んでいる時にケガをした日本鼬を探してる警察官がそこに来て、そのまま鼬と一緒に警察署まで連れて行かれたんだよね。
そこで警察庁公安部特務課人外係なんて肩書の人に、日本には未だに妖怪や神様が実在して人間に紛れて暮らしてるなんて話を聞かせられて。
信じたくなかったけど、目の前でさっきの鼬が人化した姿を見せられたら、納得するしかなかったというか……
まさかフェレットだと思った動物が、普段は人化して警察官として働いてる妖怪の鎌鼬で、しかもソレが私に一目惚れしたとか言って取り憑くなんて考えもしてなかったもの……それから色々あったけど結局、疾風の押しに負けて恋人になってしまった私の言うことではないけどね。