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曇天の桜

作者: 毎日居留守


「網村さんはまるで、曇天の桜だね。」

「…は?」


 唐突にそんなことを言われ、思わず顔を上げてしまった。目の前にはいつもと変わらない、ちょっと頼りない笑顔を浮かべる彼の顔。


「…突然、何?というか…近い。」

「なんていうかさ、せっかく咲いたのに散る寸前って感じ。」


 どうやら顔を離すつもりはないらしい。しばらく無言で睨みつけたが、怯む様子もないのであきらめて机に突っ伏す。見なければ、顔の距離など関係ない。


「あ、せっかく顔上げてくれたのに。」

「…もしかして、嫌味?藤沢君は………私に言いたいことがあるの?」

「いや、嫌味のつもりはなかったんだけどね?」


 少し慌てたような声が聞こえる。相変わらず、人に悪く言われるのは嫌なようだ。

 そういうところが、少しイラッとくる。どうもこの頃は私のご機嫌取りに来て『クラスの団結のために頑張る自分』を作っているらしい。一度、私と仲良くする必要なんてないことをハッキリ言った方がいいかもしれない。


(でも、それをするのも面倒くさい………。)


「…そう!こう、なんだかもったいないなって思ってさ!せっかく綺麗に咲いたのに、すぐに散るのって勿体なくない?」

「思わない。」

「そ、そっかー…。」


 今度は落ち込んだ声が聞こえてきた。


(本当に、なにがしたいんだろうこの人?)


 そこで、私にしては珍しく聞きたいことが出来た。少々億劫だったが、顔を上げてみると彼はいつの間にか目の前から離れて、私の前の席に座って何やら唸っていた。

 そこは確か…名前は思い出せないが、とにかく彼の席ではなかったはず。というか性別もどっちだったか怪しい。確か男子だったはず。


 しかし、今はそんなことどうでもいい。


「………藤沢君ってさ。」

「いやでも、これ以上踏み込んだらもう喋ってもくれなく…。」

「………藤沢君?」

「へは!?な、なんじゃらほい!?」


 返事をした後、そのまま彼は固まってしまった。

 いや、何故だか汗も流している。今日はそんなに暑かっただろうか?


「…藤沢君ってさ…。」

「あ、スルーなのね。まあ助かるんだけどね、うん。」

「藤沢君って、私と喋って楽しいの?」


 今度は、教室のざわめきが消えた。


 流石の私でもいつもの教室と違う雰囲気に気づいて周りを見回すが、どうもみんな彼のことを見ているようである。

 もしや、みんな彼の不自然な汗に気づいたのであろうか?明日から彼がいじめられないか心配である。


(まあ、藤沢君ならうまくやるか。)


「…楽しくないよ。うん、楽しくないね―――」


 妙なことを考えていると、彼がようやく口を開いた。

 出てきた言葉は少々意外だった。彼なら周りに気を使ってお茶を濁すと思っていたから。肯定も否定も、はっきり言うとは。

 そして、なんだかムカついた。決めた、今日こそ引導を渡してやろう―――。


「だったらさ、もう…。」

「―――だって、網村さんがこっちを見てくれないんだもん。俺は、網村さんと話がしたいのに、網村さんのことがもっと知りたいのに。

 …網村さんの顔を、もっとよく見たいのに。」


 ―――そう、思ったのに。気が付いたら私の呼吸は止まっていた。

 慌てて息を吸い込んで―――思いっきり咳き込んだ。


「ちょっ!?網村さん!?」

「ごほっ、だっていきなり…がほっ!げほっ!」

「女の子がしちゃいけない咳してる!?誰か飲み物!」

「あ、あの!コレを!」


 近くにいた女子が水を差しだしてくれたので、ありがたくもらって喉を潤す。


(あれ?あの子って確か藤沢君とよくいる…まあいいか。それより今は。)


「…ふう。」

「落ち着いた?」

「うん………藤沢君って、すごいことを言うのね?」

「あ、いや、それは…。」


 何故か顔を真っ赤にしてしどろもどろしている彼。

 見ていられない。そう思い席を立つ。


「あ、あれ?網村さん、どこに…。」

「トイレよ………ついてくるとか、言わないよね?」

「お、おおう。い、いってらっ―――――。」


 返事を聞く前に、私は教室を飛び出した。彼の発言の意図が読めずに混乱した頭を冷やすためだ。

 方便のつもりだったけど、トイレに引きこもろう。そうしよう。


(…あの言葉って、まるで私のことが―――――。)


 そこまで考えて、その考えを振り払う。

 そう、私みたいなゴミクズ(・・・・)を好きになる人がいるはずがない。例えいたとしても、それは私と同じゴミクズ(・・・・)だ。


(藤沢君はあり得ない。だってあの人は…。)


 人間(・・)ゴミクズ(・・・・)は文字通り、住む世界が違うのだから。


 ゴミクズ(・・・・)は、人間様の住む世界を汚してはいけないのだ―――――だって、周りの人間様たちは、そう言っていたのだから。

 ゴミクズ(・・・・)は、()は1人で生きていかなくちゃいけないから。みんなの、迷惑になってしまうから。







―――――――――――――――――――――――――――――――――――――








「……やっちまった。」


 何かが、崩れ落ちる音が聞こえる気がした。


「いやー、今日は大胆だったな藤沢!」

「私があそこまで言われたら、クラッときちゃうけどなー。」

「あんたが単純なんじゃない、それ。」

「でも、一歩間違えれば変態発言だったよな。」

「だ、大丈夫だよ藤沢君!出ていくときにチラッと見えたけど、アレは満更でもない顔だったもん!」


 なんだか今日のみんなの慰めは、一段と心に染みる。



 彼女を初めて見たのはちょうど一年半前、この街に引っ越してきた時だった。

 その年は、桜が満開になる頃を狙ったかのように大雨の予報がニュースで流れていた。それがなんだか勿体なくって、今にも雨が降り出しそうな曇り空の中、散歩に出たのだ。

 移動中に見かけた公園、そこに桜色をした木が確かにあったので、そこを目指して。


 結論を言えば、それは俺の勘違いだったのだが、その公園に1人で立ち尽くす彼女がいたのだ。

 そこから見えるマンションの一室をジッと見上げている様子の彼女に、俺は目が離せなかった。


 正直、彼女は特別キレイという訳ではない。クラスでも中の上、といったところだろうか?素材は良いはずなのだが、それを磨く努力を一切していないのだ。


(その時着ていた服も、芋いジャージだったし。)


 だけど、目が離せなかったのは、きっと彼女の存在が不安定だったからだと思う。

 今にも消えてなくなってしまいそうで。ちょっと傷をつければそこからすぐに病気になって崩れ落ちてしまいそうで。

 だけど、それがたまらなく愛おしくて。


 そう、ちょうど『曇天の桜』のようで。




「…こんな事、言えるわけないだろうがッ!!」


「うわ!?藤沢が机に頭をぶつけ始めた!」

「あ、てめぇ!?俺の席なのに何てことしやがる!!」

「誰か止めろ!!」

「男子って、こういうところは馬鹿だよねー。」

「でもさ、そういうところが可愛くない?」

「のほほんとしてないで女子も手伝ってくれよ!!」




 だから俺は、そんな『曇天の桜』を支えてあげたいと思ったんだ。

 だって、近くで支えてくれる人がいない人生なんて、あまりにも寂しいから。


「…そんな生き方は寂しいよ?網村さん…。」




「おい死ぬな藤沢!なに真っ白に燃え尽きてんだよ!!」

「メディック!メディーック!!」




『曇天の桜』 完



 曇り空の下で桜を見ていたら、こんな女の子を思いつきました。

 気だるげで、無関心で、苦しくて、放っておいてほしくて、だけどどうしようも構ってほしくて。そんな女の子です。


 可愛いですよね、こんなちょっと面倒くさい猫みたいな女の子。見ていて苦しくなるけど、作者は大好物です。


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