File:33 北
後少し、後もう少しは続ける事が出来ると思います。
その声は、叫びに変わり、咆哮へとなる。
◆◇◆◇◆
社は嘆息する。
それは予想していた出来事の内の一つではあった。
少なくとも予想外等と思う事はないが、熟々思い知らされる。
この世界を過す様になり、未だ魔法と言うモノには出会っていないにも関わらず、それ以外の事柄にも器用される魔力と言うモノに。
視化した魔力然り、[好かれぬモノ]の器然り、羽ばたく事なく宙に清が留まっている事も、又然り。
魔力が如何に柔軟な資質を持ったモノであるかを。
故に本来人間が持ち得ない筈のそれを仮想現実として感覚を植え付けられてゆく事の歪さ。
社が思慮を深めるのを妨げるかの様に。
「キッキキ。
苦戦かぁ?加勢かぁ?譲るかぁ?
キッキキ、冗談だ」
「ドルテの冗談はハイエナ根性丸出しなの」
「………」
騒がしくなる。
「あなた達ですか、油を売って居ないで早急に職務に戻りなさい。
自身等が何故呼ばれたのか、理解していますでしょ」
3人を一瞥し社は言う。
「ぁあ」
「はぁーい、なの」
「………」
受け答えに新たな感情を抱く事もなく、平時同様に行動へと移る。
主の命は今は受けるに価する。
否、主とした者の命ならば受けるに価する。
3人は返答だけを残し降下してゆく。
それを社は視界の端で確認した後に清へと意思を統一する。
「さて、横槍が入りましたが続けましょうか、清」
「社会様、社会様ぁ」
恍惚に染まり吐息混じりに口から漏れる言葉。
もう、理性、正気等と言う思いに不必要なモノは一片をも抜け落ち、欠落し単純な愛だけが積り、積もる。
「えぇ、一時の間だけ貴女と踊って差し上げましょう」
その言葉に清は言葉も残さない。
唯の社だけを捉えた瞳に喜色を浮かべ、絡めていた糸を傷を負う事など気に止める様子もなく断切り、首を刈り取る様に手を突き出す。
それを皮切りに高高度での舞が始まる。
方や自前の飛行能力を駆使し、方やいつか捕食した蝙蝠の翼を背部に再現、適合させ飛行する。
頬を掠め過ぎる爪は確認するまでもなく、社のHPを削ってゆく。
言うまでもなく、現存するプレイヤーには過ぎた手合である。
紙一重で躱し、身体に巻き付けた糸で鱗による反射ダメージを低減し、攻撃するも微々たるダメージすらも与える事は敵わない。
外部からのダメージは見込めない。
それにも関わらず、受け流し、投げ、交戦をする。
互いに手を休める事はしない。
下からは逃げ惑う喧騒、意志が死した啼声、奮い立ち挑む雄叫び。
どれも均しく掻き消える。
ある者は張り巡らされた糸で引き裂かれ、ある者は淡々と生命を撥ねられ、ある者は内部から破裂し、ある者は対象でないが故に難を逃れるが、そのある者等は差別なく高高度、遥か上空より垂らされた糸に引かれ、絡め取られ堅牢な鱗へと衝突させられる。
衝撃に耐えられる筈もなく、頭部からの衝突を余儀なくされた者は頭部が容易に割れ、内包物を撒き散らす。
顔や露出した肌、薄い衣服で覆われた部分から衝突した者は堅牢な鱗に皮膚を剥がれ、肉は焦げた臭いを立ち上らせて削られ落ちてゆき、細胞の結合が弱くなった皮肉を突き破り、赤く、紅く染まった骨が空気に触れるも突いた鱗を通る事なく砕かれる。
硬い鎧に身を包み辛うじて存命した者も、ひしゃげた自身の鎧に圧迫され、意識を手放す事は叶わず高高度で自由を手に入れるが、喜色を浮かべる様子も事もなく、ある者は地上にある者へと、ある者は彩られた赤煉瓦へと激突し、意識と共に身体を砕き、様々なモノを撒く。
言うに、死屍累々。
生の灯火を灯す者は数える程しかいない。
積まれてゆく手数、与えられたのは死に体の数に見合わなぬ程の微々たるダメージと罅割れた数枚の鱗。
平均70kg程度の人形を衝突させただけでは、この程度の成果しか得られない。
病む事はない、苛まれる事はない。
理解していた事である。寧ろ、予期していた結果を得る事が適った。
であるならば、これから行う事は不可能とは言えない。
◆◇◆◇◆
どれ程の間か、清と社の攻防は以前断ずる事なく続いている。
その渦中で永遠へと間延びさせられた様な感覚時間内で只、一点へと社は意識を神経を集わせる。
正確な時間に換算すれば数分程度の出来事であろう。
されど、その短な時の中で事は加速度的に流れている。
広場を彩っていた赤は粒子となり掻き消えた。
[好かれぬ者]は殲滅し終え、広場を後にした。
暇を持て余した葛女は塀に腰掛け足をばたつかせ、こちらの様子を伺っている。
そんな、待てを喰らった犬の様に送られる視線に、社は目配せする。
それを皮切りに社は第一の糸で清を縛り上げる。
否、縛り上げると言うには些か語弊がある。
一対の翼の根元にある傷口より、感知されぬ程の細く細い糸を侵入させ、血管内部に巡らし、糸を変質させ、硬質化を謀り内部より拘束、体制を強制する。
硬直、逡巡するかの様な束の間の硬直。
されど、それは現状を一転させるには十分過ぎる時間であった。
体内に巡らせた糸が血管を突き破り、肉を掻き分け、
罅割れた鱗の隙間を縫い空気に触れる。
その糸を地上に繋ぎ止め、清を地上に縫い合わせ空を奪う。
抗い、もがけば、鱗ほど堅牢ではない体内はゆるり、ゆるりと引き裂き清を拘束する。
「ぁあ、お兄はん。やぁと、うちの番かぇ?」
彼女、葛女ならば堅牢な鱗に阻まれる事なくダメージを通す事が可能であろう。
「えぇ、思う存分に楽しんで下さい。と、言いたいのですが、止めはしないで頂きたい」
止めを刺す事はしてはならない。
清が死すれば、社も死してしまうが故に。
殺さずして、気狂いを止める事を求められる。
針孔に縄を通す様な勝利条件。
「何や、お兄はんいけずやわぁ。少しくらいかまへんのとちゃうん」
寸の所で玩具を取り上げられた子どもの様に、悲壮な顔を浮かべ社の事を見上げる。
「そう言わないで下さい。そうしたいのは山々なのですが、込み入った事情があるのですよ」
息を一つ吐き社は左薬指に嵌められた指輪を見やる。
「そない言うんやったらしょうないなぁ。まぁ、こないな姿になっても、肌を刺す様な空気を放つ手合いと殺りあえるや、今回は言いっこなしって事にしといたるさかい、今度お兄はんが責任とってぇや。疼いて堪らんさかいな」
不本意やよ、不服なんよ、と言わんばかりにわざとらしく葛女は視線を下げ、空を蹴ると一足飛びに社の隣へと寄る。
言葉だけを残し、清の前へと出る。
糸の切れた人形かの様に膝を地に付け、呪詛を呟き、光の落ちた二つの硝子玉に、ただ社だけを映すそれは自身の前に立つ人物など、塵一つも映してはいなかった。
「そないに無視されるんは悲しいわぁ」
頬に手を当てていじらしく葛女は言い、自身など映さぬ硝子玉を見据える。
社と葛女に清、他には放心した様に竚む数人の人が居るだけの静かな空間に再度喧騒が訪れる。
慌しく地を蹴る音が響き、けたたましく荒げられた声が鳴り響く。
「た、たすけっ、助けて」「何がどうなってんだ」「追ってくんな、追って来んなってんだよぉ」「僕が何をしたって言うんですか」「お前ら待てよ、かっ、数で押せば勝てるって」「死にたい奴だけでやってくれ」「ぴぎぃぃいいい」「ぐぎいぃ、ぅでぇ、腕がぁぁぁああ」「うわぁ、くそ、掴むなや、ボケ」「餓鬼がぁぁあああ」「ぉ押さないで、押さないで下さいよぉ」「カバディ!カバディ!」「痛って、当たって来んなよ」「俺様のウルトラハイエベレストヘアーがぁ、ざっけんなオラァ!ウルトラハイエベレストヘアーの錆にすっぞ!」「あびゃぁあああ、ボキの、ボキの髪の毛、髪の毛ぇ」「ぬひぃ、やめ、止めて、おいてかないで」「武器なんか棄てて掛かってこい」「や、野郎、ぶっ殺してやる」「相手は3人だろ、は、早く止めてくれよ」「お・か・し。おかしですよ。押さない、駆けない、喋らない。そうすれば混乱なく逃げれますから」「すっぞ!ゴラ!」
イベントの趣旨を理解出来ずに[好かれぬモノ]の仕事の規範外の者らが逃げ惑い、誘われる様に広い通りへ、通りへと入り込んで来る。
けれど、慌しく地を蹴り響く音も、けたたましく荒げられ鳴り響く声をも全てが────
止む。
凍る。
広場に踏み込む者など元より存在しなかったかの様に、先程の喧騒が嘘の様に静けさを取り戻す。
この場に漂う圧倒的な密度の空気に飲まれ、誰もが息を呑み、身体を震わせる。
たった一瞬、瞬く程の間、その者らに意識を向けた、向けてしまったのだ。
ただ1人、清を除いて。社も葛女も例外なく。
意識のリソースを割いたのだ。
けれど、それだけでよかった。それ以上は必要なかった。
葛女は隣を風が通り過ぎて気付いた。
社は清を縛った糸が肉を破り、解かれ気付いた。
けれど、けれども、そのどれもが遅かった。
そのどれもは遅すぎた。
糸が途切れると間も無く、社は頭部に左右から圧迫される感覚を覚えた。
否、清の両手で押さえ付けられていた。
有象無象に意識を割いた事など後悔する間も無く、その行為は行われた。
愛情故に。
嫉妬心故に。
見て欲しいが故に。
社は目を白黒させる。
それは一重に困惑したからだと言えるだろう。
それはその場には余りにもそぐわぬ行為。
視界一面に映る整った鼻筋、恍惚とした瞳、見目麗しいきめ細やかな肌。肌に触れる生暖かな吐息、柔らかな感触。口内を掻き回す濡れた舌。
しかし、そのどれも希薄なものであった。
否、それらが希薄に感じられる程に感覚を塗り潰してゆく熱量。圧倒的なまでの熱。
重ねられた唇から送り出される様に、甘く吐き出された吐息は社の鼻腔を駆け上がり、咽頭、喉頭、気管、気管支、肺胞へと順繰りに下り下り、通り沙汰に焼き炭化させてゆく。食道にも入り込み、胃、十二指腸、空腸、廻腸、虫唾、盲腸、上行結腸、横行結腸、下行結腸、S状結腸、直腸を順繰りに下り下り、周囲の臓器も例外なく焼き炭化させる。内側から焼かれ、灼かれる。
それでも、清が離れる事はなく。
烈愛故に。
嬉しさ故に。
満たされないが故に。
その吐息の熱量はもはや、火────炎であった。
それは蒼き炎そのモノであった。
頭骨は焼け、脳、眼球は熱で溶け、体内にある水分は干上がり、眼窩、鼻腔穴という穴からは蒼が吹き出ていた。
人の体を成しているのかすらもう分からなくなっていた。形故に近いモノを挙げれば人ではあった。
けれど、その側には力など入っておらず、頭部が手で押さえられているが故にその場に立ち得ていた。
否、立ってなどいない。
それは内部より焼かれ硬直させられ、両手で押さえ付けられた人型の標本と化していた。
相手と呼べる者などもういない清はそれでも変わらずに行為を続ける。
狂愛故に。
我欲故に。
狂気と愛の境を無くしてしまったが故に。
狂気だけを体現した清は自身以外をなおざりにして、蒙昧さなど欠片もなく自己の全てに愛を伝え贈る。
況や、それは接吻である筈の行いであった。
ここまで御付き合い下さり有難う存じ上げます。
見切り発車なものでどうしたら考えている最終話に繋がるのか、繋げるのか、考えても分からない次第です。
とは言えど、まだまだ先の事。
現段階で悩めば鬼に笑われるというものでしょう。




