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File:32 姫

ゆめのはなし。


まどをのぞきみるまえに、ひたいをおしあてたわたしがのぞく。


わすれて、わすれて、ふかいねむりにつた。



 変貌。異変。異形。

 けれど、それらの何よりも先に浮んだのは。


 ────既視感。

 疑い様のない程のそれ。

 明らかに人では無くなっていく。

 脳裏に思い出されるそれとは幾らかの違いはあれど、そう抱かせるには十二分過ぎる程に、充分であった。

 形状の変化。

 衣服から覗く、白く肌理(きめ)細やか肌は、艶めかしく光り、艶やかに色付く鱗で覆われる。

 背には身の丈に合わせられた、明らかに飛ぶには不十分な大きさの羽。

 臀部当たりからはしなやかな尾が揺れる。

 瞳は一つの意志だけを見据え、他は見えて、見ていないかの様な虚ろなものであった。

 存在感、違和感。

 他の何にも視線を逸らす事を許さぬ様に、固定される。


「清?」

 それが精一杯。

 社の出すことできた言葉。


「ぉ、お兄はんの知り合い?

 そないやったら何とかして欲しいんやけど」

 少しばかり焦りの色が見える声色。

 理由など言うまでもない。


「そうなのですが、私が手を施せる段階は既に終わっていますね」

 今だその場に留まっている清から視線を外す事なく言葉を交わす。


「何や、お兄はん。

 そないに謙遜せんでもよろし。

 勝てへん理由(わけ)やないやろ?」

 表情、仕草、口調は事を安く受け、笑う様であったが、その目は一切、笑う事無く社を見据えていた。


「それは、過大評価ですよ。

 ですが、切り抜ける事は奇しくも出来てしまいます。

 早々に立ち去る事が叶うのならば、それが最善手なのですが、私も貴女もそれは叶わない状況下に置かれてしまったようですね。

 互いに不運を呪ってみますか?

 それとも健闘を祈りますか?」


「何や、長い口上やこと。

 素直に言い張ったらよろしいのに。

 まぁ、今はそれでよろし。

 そう、悠長な事は言ってられへよって、なぁ。

 ここまで来たら、一蓮托生や。


 ────せや、うち、お兄はんの名前まだ聞いてへんよって教えてぇな。

 まずはうちから。うちは葛女(くずめ)や。漢字はな、マメ科クズ属のつる性の多年草の葛に女で葛女」

 それでこの張り詰めた空間内で初めて少女、葛女は頬を緩める。


「これは御丁寧に、私は社会と申します。葛女さん」

 本来であればもう少し会話を挟むなりするのだが、社と葛女にはその様な時間は、残されていなかったのは、言うまでもない。


「さん、何かいらへん。

 きやすぅ呼んでぇな、お兄はん」


「そうですか。では葛女、言わずとも宜しいかと思いますが、今から一切気を抜かないで下さい」

 正面を見据え、社は葛女に注告する。


「うちかて、こないに面白い事を目の前に死にとうないよって、そないなへませんよ」

 葛女はそう言いながら、笑みを深める。

 その表情は先程まで緊張や強ばりを抱いていた事を感じさせない。

 心構えが整う。


 清が前に出る。

 それは一見無造作な特攻。

 けれど、身体の芯はぶれること無く歩を連ねる。

 ただ、清と相対する事になってはいけない。

 それが只の穏和的な、平和的な合流で、挨拶を交わす為の接近であれば、何ら問題はない。

 けれど、それらとは正反対の特徴ばかりが挙げられる現状では清と相対する事。


 即ちそれは、接敵を意味する。


 社と葛女はそれぞれ思考を廻す、深める。

 それは一重に考え無しには倒し得ない、敵だと認識しているという表れである。

 徐々に思考は静まり、冴えてゆく。

 強ばりは形を潜め、各人は思考を纏めてゆく。

 とは言えそれは頭の中だけで纏められた、事実性のないモノ。

 故にその空論を形にする為に2人も動く。


 社は広場に張り巡らせた糸を操作し、清の拘束を試みる、が────糸は容易く断ち切られる。

 先程までアバターを紙屑同然に裂いていた糸が、鋼糸が糸屑に様変わりする。


「単糸ではやはり通用しませんか。

 では、早々に御灸を据える策を練らなければなりませんね」

 然して、社としてもそれは予期していた事である。

 否、確信していた事である。

 いや、この程度で捕縛されては適わないという、一種の願いだ。


「何や、お兄はんエラい楽しそやね」

 両者は笑みを浮かべる。

 それは先程までとは打て変わって、獲物を得た時の顔付き。

 被検体。


「そう言いながら葛女も口角が上がっていますよ。何か良い事でも?」

 社は糸を練り上げる。

 より細く、鋭く。

 けれど、断たれぬ様に一糸の強靭さを高め、細く細いそれを撚り、撚る。

 更に束ね、撚る。

 伸縮性を度返しにし、強靭さ、鋭利さのみを追求された、糸。

 それは構想だけされ、今迄必要に駆られる事の無かったモノ。

 それを社は迷いなく清に向けて射出する。

 が、清は避ける事すらしない。

 先程同様に断ち切れると考えているのだ。

 しかし、それは断ち切られる事無く、容易に清の歩を止める。

 淀みなく流れていた歩は停滞する。


 掌底、葛女から打ち出された手が、風切り音すら鳴らす事なく、動きを止めた清の顎を打ち抜く。

 それは本来ならば蹈鞴を踏む事もなく、崩れ落ちる程の正確無慈悲なものであった。

 然れど、清は落ちない。

 それは葛女の掌底が不十分なものであったからと言う訳ではない。

 又、社が拘束の為に使用した糸が清を立たせ続けている、と言う訳でもない。

 では、何がそうさせているのか。

 それは清の表情を見れば一目瞭然であった。


 ────愛憎。


 溢れ狂う愛。

 抑えられず零れる憎。

 更に表情を歪ませる。

 口角上がり、上がる。

 深く息を吐く。

 清と社ら2人の間の空間が揺らぐ、歪む。

 陽炎。


 周囲の温度が上昇してゆく。

 社と葛女は悪寒を感じ、清の正面から避ける。

 それと数瞬遅れて、蒼が過ぎる。

 肌が焼ける様に熱い。

 衣服は少し熱にやられ、焼け焦げる。

 葛女も同様に焼け、衣服の状態に不満を覚えているように思える。


 社らが清から放たれた炎に気を取られている間に、拘束具として使用されていた糸から抜け、清を解放される。

 両翼を大きく広げ、羽ばたく。

 空気が押され、吹き込む。

 切り裂く様に吹き荒ぶ風。

 人為的な風、けれどそれは団扇や扇子で起こされる様なものとは、比較にもならない。

 又、虫や小鳥が飛ぶ時に起こるそれとは一線を画す。

 人型が飛ぶのだ、言うまでもない。

 制空権は勝ち得ない。

 羽を持たざる者の宿命である。


 高く、高く上った清を見上げる事も無く、2人は風切り音と共に駆け出す。

 そして、形を建物の影に落とす。

 コンマ数秒後、街にある建物など遠く届かない、高高度から降り注ぐ蒼き雨。

 破壊不能オブジェクト指定されていなければ、広場とその周辺は無に帰していた事だろう。

 だが、容赦無く熱はその場に伝染し、拡散される。

 それだけでも、とても耐えられるものではない。

 暑いと言う感覚を通り過ぎ、もはや痛い。

 この環境が暫く続けば、喉は枯れ、水分は不足するなど、様々な問題で死に絶える事になるだろう。

 最も、この状況が長く続く事は無さそうである、と言うのが救いと言える。

 熱気は次第に霧散し、此処一体だけではなく街全体の温度が上がってゆく。

 その急激な温度の上昇に、ざわめきが届く。

 それは足音へと変わり、社ら3人が居る広間に向かい四方八方から鳴る。

 伸縮性が高い糸と粘度の高い糸を織り交ぜて、建物と建物の間など至る所に張り巡らせる。

 粘度の高い糸に広間に侵入しようとした数人が引っ掛かり、最初に張った鋼糸によりゆっくりと刻まれてゆくのが視界の端に映るが、社はそれを歯牙にも掛けず伸縮性の高い糸を使い高所へと駆け上がる。


「な、何や、お兄はん、お兄はん。うちも、うちも。

 そないにおもろい移動法あるんやたら、もっとはよう教えてぇな」

 そう言って葛女は社が足を掛けた糸を正確に辿り駆け上がる。


 されど、それを悠長に待ってくれる手合いである筈もない。

 降下し、加速する。

 幸いな事に降下する清を葛女は首の皮1枚で回避する。


「と、何やそないに角立てて、堪忍してや。

 これ以上無駄口叩かんさかい許してぇな」

 風圧でついた首の裂傷を手で擦り、葛女は軽口をたたく。

 それを気に掛ける様子もなく清は再度舞い上がる。

 そして、一点だけを見つめ、幽鬼の様に空を漂う。

 影の落ちた暗い表情を浮かべ、虚ろに囁く様に口だけを動かす。

 それを確かに確認し、認識するのはいないが、呪詛の様に垂れ流される言葉の連なりだけが、社と葛女の耳に纏わり付く。


 その言葉は純粋な思いである。その言葉は純朴な願いである。その言葉は純心な愛である。

 その思いが例え途方もなく独り善がりなものだとしても、その願いが酷く一方的なものであるとしても、その愛が幾ら歪曲していようとも。

 それらの言葉に嘘偽りがない事は明らかである。

 故にその言葉には肌を突く様な重圧がある。


 社は足元の糸の上で軽く跳躍し、糸の上に着地する。

 糸は引き絞られた様にしなる。

 それは当然と言うべく、自然の摂理に倣い元の状態に戻ろうとする。否、寸分違わず元の位置へと帰する。

 況やそれは言うまでもなく、社を打ち上げる事となる。

 打ち上げられた社が向かう先は、高高度に陣取り見下ろしている清の元である。


「清、少しばかり御遊びが過ぎますよ。

 ですので、落ち付ける様に御灸を据えてあげましょう」

 清の正面ですれ違う時に糸を絡める。

 羽ばたく羽は縛られ、四肢はそれぞれ纏め上げられる。

 当然の様に、自然の摂理に従い空を裂き落下し始める。

 と、思われたがそれは一向に起こらない。

 清は引力を無視しその場に停滞し続けるが、言うまでもなく社は摂理に従い地に引かれる。

 それに伴い、絡めた糸が清の肢体に食い込み、赤い滲みを作ってゆく。

 声を荒らげる事も、苦痛に嘆く事も、表情が歪み虚ろな瞳が現実を捉える事もない。

 ただ、感極まったかの様に打ち震え、恍惚しているかの様に頬を染め瞳を濁らせる。

 そして────、


「やっと、やっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっと────────




 見ていくれた。

 私だけを見てくれた。

 あの時以来の事ですよ。

 あぁ、嬉しい、愛おしい。

 私はそれが欲しかった。

 ただ、見てくれるだけで良かった。

 今迄も、これからも。

 ずっと、ずっとそれで構わない。

 歩く事も立つ事も動かす事も会話も触れる事も交わる事も喜ぶ事も勇む事も尊ぶ事も微笑む事も横たわる事も褒める事も誇る事も培った事も撫でる事も安心も幸せも感謝も食す事も名前も創造も破壊も再生も段階も感覚も興奮も寝る事も目覚める事も働く事も学ぶ事も頼る事も与える事も満たす事も願う事も許す事も昂る事も欲する事も信ずる事も強張る事も求める事も変わる事も思う事も考える事も子を成す事も達する事も別れる事も望む事も意思も優しさも染まる事も高揚感も原因も要因も外因も外野も自己も呼吸も脈も心拍も脳波も思考も思慮も考察も黙考も経験も体験も志しも目標も理念も行動も現実も虚構も事実も出来事も行いも世界も色も生活も意味も感情も認める事も意志も愛する事も並ぶ事も服する事も温もりも言葉も明日も記憶も生きている事も過去も未来も時も過ごす事も私である事も添い遂げる事も日々すらも、いらない。

 唯々、貴方と、社会様と永久(とわ)に見つめ合う事が出来るのならば何もいりません。

 だから、()します。私のこの止めどなく溢れる愛を執行します」

ここまで御付き合い下さり有難う存じ上げます。


投稿する者として当然で当たり前の話なのでしょうが、このての事柄にはやはり生恥ずかしさを感じてしまいます。

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