File:31 糸
えぇ、続きです。
前話で言いましたもの、一話で終わってしまっては情けない事この上ない、と考えましたので。
さて、それでは私も宿屋の外に行きますか。
社会様は何処にいらっしゃるのでしょうか?
近場だと嬉しいのですが。
とは言え、ただ思い悩むだけではどうにもなりません。
下りましょうか。
「あっ、アリアーテさん。
私も外行ってきます」
私は最近懇意にし始めた女将さん、アリアーテさんに受付越し声を掛ける。
「え、清さん?
町長から外には出ない様にと通達が来たのですが。
早朝と先程の放送の件ですか?」
社会様と共に行動していない事に驚いたのでしょうか?
少しばかり戸惑っている様に見えます。
「えぇ、イベントに参加してきます」
そうです、早く社会様に合流して、第一段階の汚名を返上をすべく、今回こそお役にたつのです。
「んぅ、そうですか。
では、お気を付けていってらっしゃいませ。
極力早く、社会様に合流するのですよ」
アリアーテは1度キツく眉間に皺を寄せると、1つ息をついて私を心配する様に見送った。
あぁ、心配して頂けるのは非常に嬉しいのですが、その様に眉間に皺を寄せてしまっては折角の美人さんが台無しですよ。
「はい、いってきます」
扉の前で立ち止まり、振り返ってアリアーテさんに眉の間をトントンと叩いてそう言って扉を潜った。
日が高く昇っていて少しばかり眩しいですね。
さて、社会様はどちらでしょう?
はて、どちら様でしょうか?
3名の方がこちらに向かってやって来るのですが、覚えのない方ですね。
余り心地の良い目付きではありませんね。
下卑た視線。
それ程までに私は弱く見えるのでしょうか?
それとも3人でかかれば私など軽く狩る事が出来るとでも思われているのでしょうか。
────失敬な、まったくもって失礼です。
とは言え、油断して頂けるならば、それに甘んじてサクッと殺ってしまいましょうか。
『『『───……ぇっふぅ!?』』』
んぅ、やはりまだ人間なんてこんなものですよね。
社会様が異常としか言い様がないだけ、ですよね。
向かって来る3人の間を抜けるついでに首り取った頭部を地面に転がして、思考に耽る。
頭部を失った肢体は次第に粒子へと形を変え、虚空へ呑まれてゆく。
頭部もそれと同様に掻き消えた。
清はそれにさしたる興味を示す事なく、ただ通り過ぎた。
さて、良く分からない横槍が入ってしまいましたが、どこへ向かいましょう。
近場から見て回りますか。
噴水のある広間などはどうでしょうか。
周囲を見回す事が出来ますから、少しは社会様を見つける手助けになってくれる様に思えます。
そうと決まれば、足早に移動してしまいましょう。
とは言えど、宿屋の前を通るこの道から一つの筋を隔てて、すぐの大通りを真っ直ぐ歩むだけなので急がずとも到着してしまうのですが、早い方が良いというのは言うまでもないですね。
しかし、思いのほか先程の様な人らはいないのですね。
大方三万人もの人達がいるのですから、もっと犇めき合っているものだと思っていましたよ。
と、そうこう考えている間に広間が目と鼻の先ですね。
とぉ、危ないですね。
私は立ち止まり、目の前に張られた細く細い糸を凝視する。
ぁあ、社会様。
この広間にいらっしゃるのですね。
私の勘も捨てたものではありませんね。
確信する。
社にその糸を使い討伐された清は、それだけで理解する。
社が多勢に襲われているのだと、何の根拠すら伴わない感覚的確信。
この糸がそれを逃がさない為に張られた保険であると。
つまりは逃亡者を肉塊へと帰す為に張られた糸。
それを清は愛おしそうに爪弾き、振動したそれに指を押し当てる。
負荷をかけると徐々に糸が指に食い込んでゆく。
ふふ、ふふふ。
懐かしいものですね。
まだ、一月程しか経っていませんのに。
私があの時、森に顔を出したのはただの気まぐれで、今の様な状況など一抹も想像していませんでしたね。
まったく、社会様は無茶苦茶過ぎるのです。
まさか、あの時点で討伐されるなど夢にも思っていませんでしたよ。
討伐される為に私は設置されたのですから、いつかはそうなる事は確かなことでしたが、はぁ。
思い返しても理解し得ません。
誰が想定し得ましょうか。
追随させられ、倒木で殴打、そのうえ森に火を放ち焼き殺されるなど。
いつ思い出そうとも身悶えしてしまいます。
退く、逃亡など元より抱かぬ猛勇さ、それを実行しうる能力。
何よりも最後に残して頂いた優しき言葉。
アレが無ければ私はこうして此処に立ってなどいないでしょう。
あの時、ただプレイヤーの成長の為に創られた私がどれほど救われたか。
あの時の社会様のプレイヤーとしての成長が不十分で、私の全力をお見せする事が叶わなかった事が、どれほど悔しかったか。
きっとこれから先、社会様に牙を向く事はないけれど、その代わりに社会様に仇なすモノには容赦はいたしません。
とは言えど、現状としては私が手を出す必要もないほどに社会様はお強い方ですから、暫くの間は今迄と変わらず、食事の用意くらいのものですが。
悲しき事です、もっとお役に立ちたいと思っていますのに。
糸が食い込んだ指に更に負荷がかかる。
指先から辿る様に赤い糸が根元まで垂れてくる。
それが、骨の上で迷い蝶を描き、甲を下る。
宛らそれが、社に対する自己の思いの丈を結ぶ赤い糸。
運命の赤い糸の様に清には思えた。
と、思いに耽っている場合ではありませんでした。
うぅ、糸があると分かっていても潜るのは中々如何して容易ではありませんね。
警戒心が強いというのは知っていますが、私が来ると分かっているのですから、少しくらいは、と否応なしに考えてしまいます。
ままならない事なのですが。
ふぅ、何とか抜けました。
この広間から出る時は社会様にお願いして、糸を消すなどして楽に出たいものです。
とは言え、一先ず社会様と合流しましょう。
私は歩を重ね、広間の中央へと向かう。
ぅぐ、血腥いですね。
これは中々凄惨な死を遂げた人が多勢いると予想させますね。
いや、容易に想像出来ます。
引き裂かれた哀れな人物たちが粒子となり、虚空へ呑まれてゆくのが。
しかし、それを感じられるということは、死して間もないということでしょう。
少しばかり嬉しくなってしまいます。
こうも手早く社会様の痕跡に辿りつき、存在を感じる事が出来たのですから。
ですが、社会様との再会が血腥いと言うのは少し不満でなりませんね。
もう少しどうにもならなかったのでしょうか。
とは言え、此処でこうして不満を漏らし、立ち往生していても不利益しか生みませんね。
でしたらば、一刻も早く社会様と再会、基、合流したいです。
あっ、今、粒子が散ってゆくのが見えました。
ぁゎわ、多量の粒子が───同時に。
どれほどのモノと相対していたのでしょうか。
けれど、もう既に片付いた事でしょうからこの考えは一度凪ぎましょう。
んぅ、この熱源は社会様ではありませんか。
間違い様もありません。
ですが、社会様とは別の熱源が少し離れた場所にありますね。
生存者、ですか?
いえ、確かに生存している方なのですから、生存者で間違いはないのでしょうが、俄には信じ難いです。
確かなのは覆り様のない事実なのですが。
さて、どうしたものでしょうか。
社会様が気が付いていないとは、とても考えられませんが、排除した方が良いのでしょうか。
ですが、横槍を入れるというのは些か、無粋というものでしょうか。
難しいものです。
ふぇ、何処に?
あっ、社会様の前に一瞬で────移動?
掻き消えて、現れた様な速度です。
信じ難いですが、あの様な行動が出来る人間がいるとは思いもよりませんでした。
想定を容易く超える人物など早々いるものではないはずなのですが、ダメですね。
私の人間、延いてはプレイヤーに対する認識の甘さ加減が伺えます。
社会様で重々知った筈ですのに。
私もまったく凝りませんね。
いえ、それはさておきましょう。
第一目的目前で立ち往生していては、何をしたいのかと言われかねません。
事は迅速に、且つ的確に行われるべきです、よね?
と、此処の角を曲がった先ですね。
────どうして?
その女性はどちら様でしょうか。私は影にすら覚えがないのですが。何を仲睦まじくしているのでしょう。唇に指を沿わせ、その指で自己の唇に触れる?誰が許したのですか、その様な事を。許しません、赦しません。色香付き寄る事は看過し得ません。幼子が身近な大人に懐くのとは理由が違う。何をしようと言うのですか。なっ、ダメ、その様な事、妬ましい、背に乗るなど。何を、何を?その様に頭部を社会様のお顔に近づけて一体何をしようというのでしょうか。────違う、違う、違う違うそんな事は認めない、認められない、接吻など赦さない、認めない、私もしていないというのに、否していたとしても赦さない、認めない。社会様は私など要らない?必要とされていない?いや、イヤ、嫌嫌そんな事ない。社会様は私を必要としてくれてる。している。食事の度に美味しいと言ってくださる。私が我儘や理に適わぬ事を言えば、優しく丁寧に諭してくださる。私の事を考えて可否を親身に下してくださる。必要とされている。されている?私は大切にされている。心地好く思ってくれている。でなければ、寝起き共にしない。しない、分かってる、理解してる。けれど、だけど、ダメ、ダメ、留めれない、止めれない。ダメなの。社会様が思ってくれている事は知っている。けれど、心が染まっていくの、私の理解とは裏腹に、黒く黒く、醜く、浅ましく。アナタを思うと狂おしい程に愛おしくて、他に何も要らないと思える程に満たされるの。だから、アナタが他の誰かといると、堪らない程に妬ましくて、胸にぽっかり穴が空いた様な空虚感に駆られるの。それが如何に身勝手な我儘かは理解している。それでもやっぱり留まらない、止まらないの。抑えきれない。社会様、ごめんなさい。私は自分勝手で我儘な、酷く浅ましい嫉妬塗れた悪しき娘です。
────ふ、ふふ、ふふふ。
けれど、愛しています。アナタ、社会様の全てが愛しくて、恋しくて、恋焦がれ、秘する事は叶わず、思いが器を超えてつのる。故に止めどなく溢れ、溢れ、私を壊す。愛し、愛されず、悲し、恋し、焦がれ、募り、潰れ、崩れ、愛し、愛し、恋焦がれ、壊し、募り、壊れ、恋し───────壊し、殺す。私が思う様に思って。思ってくれないのなら、愛し、愛す。思ってくれなきゃ、いや。そうでないなら、一緒になろ。そうすれば、私がアナタをどれ程に思っているのか、分かってもらえると思うから。だから、隣の女を殺すするけど邪魔しないで、ね。でないと、愛おしい過ぎて殺しちゃうから。その後に思う存分殺して、ぐちゃどろにして食べてあげる。そうしたら、少しは分かって貰えるかな。この胸の高鳴りに、熱く火照る肢体に。あぁ、待ち遠しい。アナタが私の中にある未来が。だから、早く、早く私に殺させて。
私は"ぷつり"と確かに何かが切れる音を最後に聞いた。
「社会様、この女性は誰ですか?」
ここまで御付き合い下さり有難う存じ上げます。
あと幾つ私は投稿出来るのでしょうか。




