File:28 性悪
『あ~た~らし~い~あ~さがきた。
きぼ~うのあ~さ~だ──────────────』
現実時間で午後13時過ぎ。
幾ら、現実時間で正午を過ぎようとも、この世界の時刻で言えば午前5時過ぎである。
言うまでも無い、一般的な人間は睡眠中でも何らおかしくない時間である。
社も例に漏れず、未だ寝具に身を委ねていた。
しかし、それが妨げられた事は論ずるまでも無い。
社、清はラジオ体操の音楽を耳にし、目覚めた。
イシャーラはそれでも一向に目覚める様子はない。
2人は寝室の窓から何事かと顔を覗かせ、外の様子を確認する。
広間の大型ウィンドウにはラジオ体操の歌の歌詞が大きく表示されていた。
それは次第にフェードアウトする。
『ぁあ、あ。テス、テス、あ、マイクテス。
皆さま、ごきげんよう。
イベントは楽しで頂けましたか?
ふんふん、そうですか、そうですよね。
大変満足して頂けたようで嬉しい限りです。
現在の参加者が29617人に対して、現在の失敗者が20374人。
クリア者が8941人ですか。
何百人かは参加しているにも関わらず、まだ終わられる事が、出来ていないみたいですが。
まぁ、問題ないでしょう。
さて、戦闘系イベントではなくて不完全燃焼な方が多いと思われましたので、少しばかり早いですが現時刻を持ちましてイベント第一段階を終了させ、第二段階へと移行させて頂きます』
イベント開始時の放送で聞いた声。
歌は安眠妨害に加え、報告をする為の起床を促すものであった事は、重々理解出来た。
しかして、到底許される事ではない。
現実時間で言えば、昼食が終わり丁度良い時間なのだろう。
と考え、社は思考を一度凪いだ。
自身が現実を蔑ろにし始めている事に驚いたからだ。
現実での昼食を取る事を忘れていたのだ。
だがそれだけならば、まだ、良い。
空腹を感じないのだ。
この世界でのでは無く現実と言う事だ。
『イベント第二段階は皆さまが待ち望んでいたであろう、戦闘系にしてさし上げましたよ。
嬉しかろ?
では、内容の公開をします。
優しかろ?
開始時刻はゲーム内時刻で今から約3時間後の9時よりとします。
形式は討伐。
敵の対数は、そうですねぇ。
どうしましょう、か?
そうです!
無能さんの数だけにしましょうか。
え~と、確かぁ20374人が失敗したのでしたけ?
そぉれとぉ、302人の方が挑戦したけれど、臆病者が故に未だクリアされていなかったのですよね。
あんなに大枚叩いて情報集めましたのにね。
ザンネンですね。
しかし、これでは余りにも偏りが出来てしまいますね。
そうでした、参加すらしていないつまらない方々をクリア者の方々のほうへ、と。
さて、無能さん方の御蔭で大型討伐イベントの開催ですよ。
その数何と、どど~と奮発して!
20676。
さて、皆さま奮喜しますでしょ?
これだけの相手を討伐できるのですから、ね。
それでは、予定時刻迄待機しておいてくだい』
一方的にそう言いきって、ブツリと放送は切れた。
「言いたい放題の報送でしたね、社会様」
◆◇◆◇◆
『さて、さて、皆さま。
気分は如何ですか?
まぁ、良い訳はありませんか。
何せ失敗したのですものね。
しかし、私はと~ても慈悲深いので、アナタ方にも報酬を得る機会を、与えてしんぜよう。
そう、イベントは第一段階を終了し、第二段階へと移行したのです。
なぁに今回は簡単な戦闘系だ。
心配する事は無い。
ただ、制限を設けさせてもらうよ。
一つ、HPとMPを除く、全てのステータスを20で固定とする。
一つ、武器は1人一種類、攻撃力は統一。
以上。
報酬は討伐した相手のモノを得る事とする。
開始時刻はゲーム内時刻で9時よりとします。
あ、そうでした。
皆さまは無能さんでしたね。
考察するなんて言う事は出来ないでしょうから、簡潔に言うことにしましょう。
私ってば、やっさしー。
皆さまも嬉しかろ?
形式は、なななんとPvPだ。
そいで、敵の数はクリア者と未参加者を足した9324ですので、早い者勝ちですよ。
何せ、アナタ方の数は20676ですから、全員が報酬にありつける訳ではありませんからね。
それでは無能の皆さま、私からの報告はこれで御終い』
これはある場所での一方的な報送。
荒れる人々、飛び交う怒声。
報酬を得る事が出来ると言う事に一縷の希望を見出し、歓喜する声。
混乱により戸惑う人々。
運営に対する文句、クリアした人への僻み。
礎となった人々の声。
「え、いやこれってどういう事?」
「報酬にありつける確率低くない?」
「いや、希望があるだけ」
「そういや、お前ら頬に刺青何て入れてるのか。お揃いの」
口論は続く。
◆◇◆◇◆
「そうですね」
社は清の言葉に相槌を打つ
「社会様?
どうかなさいましたか」
それは普段から社の事ばかり考えている、思っている清だからこそ感じたのであろう。
心此処に在らず、と言わんばかりの生返事。
それは何かを考えている時の仕草だと、清は知っていた。
だからこそ、清はそう問うた。
「いえ、考え事です。
ですが、纏まるまではもう少し掛かりそうなので、清は朝食の用意を御願いします」
社が珍しく感情を表情に出しながら物事を考えている、などと清は思いながら「はい」と短く返答し、キッチンへと入っていった。
拭えない嫌悪感。
それもその筈である。
況や、イベント第一段階は選別である。
それも、それを隠さない、隠そうとしないのが一層そう思わせるのだろう。
第二段階をする為の振分けである。
主催者は詳しくは言わなかったが、数の分け方を鑑みるに今回のイベント形式は、戦闘系と言えど、PvPなのだろう。
何、本当に人型アバター同士ではなく、郊外に発生している生物が、敗退者のアバターなのではないだろうか。
確実ではないが、ここの主催者であればしないとは言い切れない。
考慮すべき対象の一つと言える。
しかし、そうでないにしろ見事な迄に亀裂を生むような、仕様である。
再度、第一段階の内容を思い直せば、納得してしまう。
清と2人で参加した社には無縁であったが故に、気に止める事なかったが、最大数4人で参加出来るにも関わらず、例外はあるものの正しい席は3席しか、用意されていないのだ。
果て、有らぬ疑問が浮かぶ。
イシャーラについてだ。
成行きで連れて来てしまったが、不都合は無かったのだろうか?
言ってもならない、と思考を一度凪ぐ。
ともあれ、亀裂が生まれる様に全てが仕組まれているのだ。
嫌悪を抱かずに、何を抱けと言うのか。
煽り、不和を抱かせ、振分け、対立を明瞭にし、矛先を与える。
それらを明らかに故意で行っているのだ。
意図があるならば良いのだが、社にはそれが一端すら理解─────。
いや、掴めないのだ。
客商売であるにも関わらず、客を突き放す様な事を行うのは何故か。
客の興味を引く為に行われるのが、一般的である催し事で、篩をかける様な事をするのか。
まるで、気が赴くままに遊ぶ子どもの様ではないか。
好き勝手に手に取り、振り回し、喜び、楽しみ、飽きれば投げ捨てる。
それらを繰り返し、繰り返し、お気に入りの玩具を探す子どもの様な行動倫理。
それは社の人生観には未だ現れていない、傾向の一つである。
だからと言って、この歳にまでなり現れてほしい、と言うものでは無い事は確かである。
自己の事はよい、と思慮を止める。
背にゾクッ、と悪寒が奔る。
社が唯一、苦手意識を抱く人物。
彼女の微笑む顔が脳裏を過ぎったからだ。
そう、彼女の行動原理に似ているのだ。
いや、同じと断言できる。
ならば、これは運営の単なる暇潰しなのか。
それにしては余りにも、余りにも大規模的過ぎるというものだ。
であるならば、快楽主義者としか言い様のないここの運営も暇潰しの為だけに、ここまでの事は出来ない筈である。
そう考えるならば、やはり何かあるのだ。
その何かがどれだけ重要視されているかは、まではとても理解し得るものではない。
─────閑話休題
今、重視すべきは今回のイベントの詳細、細部の考察である。
一つずつ脳裏に並べてゆく。
・開始時刻が9時である事。
・形式は戦闘系であるとも考えられる。
・こちらは9324人。
・対する相手の数は20676(主催者の言動から人型でない可能性もある)。
・数的不利を考慮し、相手側に制限を設けている可能性。
・こちらの報酬は相手の討伐数で変動する可能性が高い。それに加え、イベント第一段階の報酬であると考えられる。
・対する相手の報酬はこちらがイベント第一段階で得る筈であった報酬の奪取。それに加え、同様に討伐数であると考えられる。
・相手の出現先が公開されていない事。
・街に攻め込んで来る可能性。
・開始場所を告げられていない事。
「社会、騒がしい。
どうした?」
イシャーラが寝室から髪を掻き乱しながら出て来てそう言った。
考え事をしていた社としては差程気になる音や声では無かったのだが、寝ていたイシャーラとしてはその限りでは無かったようだ。
「言われてみれば、確かに外が騒がしいですね。
何か───ありましたね。
イシャーラは寝ていて知らないと思いますが、先程放送が入り、イベントが第二段階へと移行したのです。
最も、今は待機時間なのですが。
それに伴った、いざこざでしょう」
荒く先程あった事をイシャーラに伝える。
「ん、そう。
第二段階、ね。
主催者の頭を疑う」
「そうですよね。
どの様な意図があるのか分からないところが、更に不気味です」
「あ、イシャーラ起きていたのですか。
今、起こしに行こうとしていたのですが、必要ないようですね」
「朝御飯、朝御飯」
イシャーラは早く座らければ無くなってしまう、と言わんばかりにテーブルに着いて、朝御飯と連呼している。
何かの儀式なのだろうか、とさえ思ってしまう。
「ふふ、それでは朝食にしましょうか。
社会様も席について下さい」
◆◇◆◇◆
「あ、お前ら。
どこ行ってたんだよ。
心配いたじゃねーかよ」
「いや、なぁ。
第二段階に入る迄待機させられてたんだよ」
誰かは違和感を感じた。
言おうと思っている事が、所々上手く言葉に出来ないのだ。
「そうか、いや、よかった」
「そっちもパーティと合流できたのか。
俺らもさっき合流してな」
「待機って何処でしたんだ?」
「それは分からないな、気付いたら街の前に立っていたからなぁ」
おい、おい、おい。
何だ何だ、俺は確かに、俺が居た場所を伝えようとした筈だ。
伝えようとしたぞ。
なのに、何故だ、どうしてだ。
何があった、分からない。
「そうか。
で、その頬に付いてる刺青みたいなやつはなんだ?」
「あぁ、これは第一段階終了時に付けられたんだよ」
そう、これは知らぬ間に主催者につけられたもの、だと思う。
あの報告の後にあの場に居た俺らで話し合った結果だ。
確定ではない、確証もない。
けれど、分かる。
これこそが制限だ、制約だ。
弱者の証明だ。
あの場で出来た会話が、此処では出来ない?
こいつらには出来ない?
はっはは、間抜けだ。
酷く、滑稽だな。
思う事すら言えないなんてな。
あぁ、俺は───。
いや、刺青の入った俺らは惨めな事に、意志に反して信ずる同朋を裏切る事となるのか。
はぁ、イベントは不参加だな。
これがせめてもの、俺が出来る事。
外部から連絡を入れる事は、可能だろうが。
止めておこうか。
◆◇◆◇◆
テーブルに着く社とイシャーラの元には、キッチンからは上機嫌な清の鼻唄と食器を洗う水音が、聞こえていた。
外はやはり騒がしい。
朝食の余韻に社が浸っていると、3度扉が叩かれた。
慣れたものである。
叩き具合で人物も把握出来るというものだ。
「どうかなさいましたか、アリアーテさん?」
扉を開け、社問うた。
「ぁいえ、その、一つ報告があるそうで、憲兵の方がいらっしゃっています」
何か疑われる様な事をしてしまったのかと、心配そうにアリアーテは社を見ながらそう言った。
「そうですか。
それで、憲兵の方は?」
社は社で、何があるのかと考えるも、結論はでない。
「受付に」
「では、今行きますので少々お待ちを」
そう言って社は一度引込んだ。
「清、イシャーラ。
私は少しばかり出てきますので、留守は頼みましたよ」
清は上機嫌に「はい」と短く返答し、イシャーラはテーブルに突っ伏して手を振った。
振るだけましであろうか?
「お待たせしました。
では、下りましょうか」
「そうですね。
憲兵の方にも悪いですものね」
社とアリアーテはそれを皮切りに階段を下って行く。
下り終え、受付が社の視界にとまる。
「あちらの方です」
そう言って、憲兵を指し示す。
「憲兵さん、社会様をお連れしました」
アリアーテは憲兵に近寄り、声をかけた。
「社会さん、おはようございます。
お久しぶり、と言うのは可笑しいですね。
昨日、会ったばかりですから。」
気さくに話しかけてくる憲兵。
甲冑で顔は分からないが、声音から恐らく昨日の憲兵と同一人物であると認識できた。
恐らく、と言うのは声がくぐもっているからである。
「おはようございます。
確かに、お久しぶりは違いますかね。
不躾で申し訳ないのですが、ご要件は?」
「そうですか。
しかし、私も業務がありますので早めに切り上げたかった所です。
それで、要件は。
と、言いたい所なのですが、生憎それは我が仕事ではありませんので」
そう言って憲兵は頭を下げる。
「では?」
「町長が何か伝えたい事があるそうなのでお迎えに上がりました。
あ、安心して下さい。
今回は容疑者としてではないので」
「そう、ですか。
では、早速向かいましょうか。
時間が惜しいですから」
「助かります。
我は何も知りませんから、詮索されても困る事しか出来ませんので。
無駄口は止めて、置くことにします」
そう言って憲兵、サルザは宿の扉を開き、社が出れるようにした。
「ありがとうございます」
サルザに礼を言い、社宿を出た。
役所までの距離は遠くない。
知っている。
言う間に着く距離。
サルザと幾らかの言葉を交わす。
しかし、社の心中にあるのは底知れぬ違和感。
社の中に渦巻く不快さが摩擦する。
これが何かと結論付ける前に、社は役所の前にたどり着いた。
迷う事もなく、町長がいる奥に案内される。
サルザは扉を開け短く報告だけ行い、社を中へ通す。
自身がその敷居を跨ぐ事はしない。
「おはよう、社会。待っていたよ」
「おはようございます、イテラさん。
先日、お会いしたばかりですよ」
社は苦笑してしまう。
「そうね。
だが、いや、まずは腰を落ち着けて。
立ち話もなんだから」
「それでは、御言葉に甘えて失礼します」
「朝早くに申し訳ないが、時間もないのだろうから早速本題に入らせてもらう」
「そうして頂けますと助かります」
「私から言う事は一つ。
どうして、そのような事が起こったのかは、分からない。
けど、事実としてそうなった。
郊外に多量に発生していたモンスターが全て同時に消失した」
社はそれに良かったですね、と返しそうになるが、止める。
一体どう言う事だ。
何の意味がある。
イベントとイテラが言うモンスターは関係していた可能性が高いだろう。
主催者はイベント第二段階は戦闘系だと告知していた。
社はどうあれそれと戦闘し、討伐する事が第二段階の内容であると捉えていた。
しかし、どうだ。
それが、完全消失したのだ。
これの意味合いは、真意は。
「どうかしましたか、社会?
顔色が少し優れないようだが」
社を心配してイテラは声をかけるが、返答はない。
イテラからは小さく口が動いている事が、確認出来るが何を言っているか理解は出来なかった。
社は数日前からの言葉を、全て洗いざらい再生していた。
主催者、イテラ、サルザ、アリアーテ、イシャーラ、清。
『社会、騒がしい』
騒がしい?
何が?
「騒がしい」
社の口からそう小さく零れた。
「騒がしい?
そうね、今日は外が騒がしいわね」
イテラが社の零した言葉に反応し、そう返す。
「はっ、ははっ、ははは─────。
やってくれますね。
そこまでだとは予想外ですよ。
本当に、性根が腐ってやがりますね」
ここまで御付き合い下さりありがとう存じ上げます。




