File:26 嘯く
皆様、お久しぶりです。
早い事に、もう蝉の合唱が聞こえる季節になってまいりました。
ですので、こまめな水分補給を心掛ける事をお勧めします。
喧騒。
騒ぎ立てる。
信じる事を拒んでいるのだ。
自身の常識がそれだけではないのだと知る事を、覆される事を。
何故か、単純である。
新たな事は好奇心を生む。
それと共に無知である事の恐怖を再確認させられるのだ。
だから、拒み、拒絶し、捲し立てる。
不安で成らないのだ。
ただ大きな声を上げているだけならば、簡単に去なす事が出来るだろう。
けれど、それが嘘で無い事など容易に理解出来てしまう。
それが心を煽り、揺らし、乱す。
◆◇◆◇◆
「放火、ですか。
容疑、連行、穏やかでは無いですね。
ですが、あの時私も森に居ましたから幾許かお話が出来ましょう」
それは唐突な事であった。
イシャーラと認識の擦り合わせと、交換を行っていた時の事だ。
ただそれだけの事をしていたのだ。
しかし、過去に撒いた種は何れ意図せぬ所で芽吹くなどという事も少なくない。
今回がそれのいい例であろう。
河蛇を倒す事に尽力し、それを成す為の最善手を打ったが為に、後の対応まで頭が廻っていなかったのだ。
言い訳がましい様だが、その後も多くの対応に手を煩わされた事も大きな要因だと言える。
しかし、蔑ろにしていた事は紛れも無い事実である。
であるならば、すべき事は愚痴を零す事ではなく。
適切な対応である、と言うのは言うまでもない。
社は此処に至るまでを洗いざらい見直し、振り返る。
そうして社はそう言って此処を離れる事を容認する旨を込め、憲兵を促す。
憲兵は社の大人しく従う意思を汲んだのか、踵を返し宿の廊下を進む。
その後も宿の階段を静かに下り、表の通りに出る。
憲兵が社に声をかけることはない。
社は宿の前まで出て来てくれたアリアーテに謝辞を述べ、また今度と言って憲兵に続いた。
目的地は差程遠くは無かった。
宿から10分かからず、街役場の様な場所に到着した。
中に連れられ入ってゆく。
最も奥にある部屋。
そこが最終地点である事はここまで連れられれば、容易に予測出来た。
社は強ばりなく扉を潜る。
「連れて参りました」
憲兵の報告。
それは端的で曲解の仕様のない言葉。
「ご苦労様」
それはハスキーで芯のある声色。
けれど、何処となく柔らかさや、優しさを感じさせる声音であった。
憲兵は一礼をして早々に部屋を出ていく。
「町長さんで御間違いないですか?」
「ええ、違いないよ」
怖い人ではないのだろうと社は感じた。
「では早速、私はどう言った御用件で呼ばれたのでしょうか?」
「あら、何を仰るのか。
それが分からない貴方では無いでしょうに」
女性はわざとらしくそう言ってみせる。
厭に貫禄のある姿は、どれだけ頼りにされているのかを如実に語っている。
アッシュグレージュの髪を左耳に掛け、右にバンクを流した、前下がりのショートボブ。
無地の黒スーツ、着飾らないその服装が肌の白さを際立たせている事は間違いない。
年齢は30代程であろうか。
それよりもずっと若く見えるが、社は思考を凪いだ。
柔らかな微笑みを相対する女性に向けられたからだ。
社は身震いを抑えた。
「ん、確認は大切ですから」
何食わぬ顔で社は言う。
「そう、まぁいい。
案件一、放火の疑い。
で、これの審議は本人としてはどうなの?」
投げやり気味に女性は言葉を吐く。
対応に追われて疲れているのかもしれない。
「言って信じて頂けるかは分かりませんが、火事の全貌を話す事は可能ですよ」
社は軽くそう言ってみせる。
「そうよn───────っ!?
今何と?」
「火事の全貌を話す事は可能ですよ、と私は言ったのですよ」
「疑われているにも関わらず、簡単に話すのね」
「疑われているからですよ。
ですが、話す前に一つ伺っても宜しいですか?」
「構わない」
「では一つ、どうして私に容疑がかけられてのでしょうか?」
「それは、申し訳ない話。
最も疑わしい人物が貴方だったからと言うのが本当の所ね。
証言一、スーツ姿の男性が1人森の中を何かをしながら走っていた。雑魚パーティより。
証言二、燃えた森よりスーツ姿の男性が出て来た。憲兵より。
等々多数の証言があったのよ。
確証など何もない証言の数々だけれど、これだけの証言が寄せられているにも関わらず確認しない訳にはいかないでしょう」
溜息交じりに言葉を吐き出す。
「正しい判断です。
私でもそうします。
ですので気を悪くして森で起きた事を、話さないなどという事はありませんから、そう気を落とさないで下さい」
「貴方が度量の広い方で安心した」
「度量が広いなど過大評価です。
ただ、事の善し悪しを弁えているだけです」
「どちらにしろ、私たちとしては何としてでも、知らなければいけなかった訳だから。
素直を話してくれる人が相手で良かったわ」
「いえ、私としましても有らぬ疑いをかけられる事は望みませんから。
それが晴れると言うのなら、話さないと言う選択肢はありませんでしょ」
「よく回る事」
「さて、では森で私が出会した事について話します。
と、仰々しく言う様な事では無いのです。
何せ至極単純な事なのですから」
「長い」
「貴女も分かっているでしょう。
形式と言うのは大切なのですよ。
とは言え、貴女にそう言われれば手短に話す必要が私には発生するのですから。
では、私が森に居た理由から順に。
集会所にあったいくつかの依頼を達する為に蜘蛛を狩りに行ったのです。
順調に私は蜘蛛を狩っていましたが、私は蛇に出会ったのです」
「蛇?」
女性は疑問に思う。
南の森の蜘蛛を苦悶する事なく狩る事が出来るのであれば、同レベルたいの筈である蛇程度にスポットを当てるのはどうしてであろうかと。
どちらかと言えば、あの森で特筆すべきは蜘蛛である。
いや、通常種の蜘蛛であれば憲兵らでも苦労なく狩る事が出来るが、あの森には亜種がいるのだと。
思考を頓挫させる。
だから、特筆すべきは蜘蛛である。
女性は思慮を決した。
けれど、そこで一つの馬鹿げた報告を思い出す。
クレイブスネークを見たと言う報告。
それらに関する依頼が出たと言う報告。
女性の考えは一瞬にして瓦解する。
肝が冷えていく。
「ええ、蛇です。
大きな、大きな蛇。
クレイブスネークと呼ばれる蛇だった様です」
女性はその言葉に頭の痛みを覚えた。
「それは──良く生きて帰って来たわね」
が、それと共に素直に関心を抱く。
「ええ、本当に大変でした」
社はその時の苦労を思い出したのか息をつく。
「一ついい?」
「どうしたのでしょう?」
「さっきから所々出てくる過去形は何?」
「ん、それは既に過ぎ去った事だからですよ。
それ以外に何があると言うのですか」
「ん、話の腰を折った。
続けて」
「では、失礼して。
私はその蛇と戦闘に入った訳ですが、これが厄介な事に私が持ち合わせの武器では歯が立ちませんでした。
当然ですね。
安物しか持っていませんでしたから。
と、私は蛇の攻撃を回避しながら、策を労し、罠に嵌めて動きを止め、倒木によって蛇を殴殺したのですが、不運な事に私と蛇の戦闘場所は、いつの間にかセーフティーエリアにまで移動していたのです。
そこでも容赦無く蛇は移動、攻撃をする訳ですから、倒れた木が多くありそれらにセーフティーエリアの火が引火したのです。
以上が南の森で起きた事です。
私は森の火事に関係していますが、直接的原因は蛇にあるというものです。
如何ですか?」
「────────────」
硬直、停止、硬結、凍結、硬化、途絶、硬変、固化、業間、固縮、強直、固結硬直、停止、硬結、凍結、硬化、途絶、硬変、固化、業間、固縮、強直、固結
「どうかされましたか?」
「え、ひぁ、あの」
「落ち着いて。
ほら、息を深く吸って。
吐いて。
吸って────吐いて」
女性は社の声に連なり動作する。
「あぁ、こほん。
すまない、取り乱した」
「いえ、お気になさらず」
「そう、か。
なら留置く、が。聞かなければならない事が多過ぎる」
「そうですか。
端的に分かり易く説明したつもりでしたが、不明な点が沢山あるとは、私も反省しなければならないようです。
と、なれば何処がいけなかったのでしょうか。御教授頂けますか?」
「いや、説明自体は非常に分かり易く簡潔だった。
けれど、私には理解出来ない点が多過ぎた、それだけ」
「そう、なのですか。
例えばどの様な所が理解し難いのでしょう。」
「貴方がクレイブスネークを討伐した事。
それも単騎攻略、その上被害が森だけで済んでいる事。
抑々、討伐例が極端に少ない事。
何十年何百年に一度、気紛れの様に現れ、人里を荒らすモンスター。
討伐の際は騎士団が帝都から派遣され、大規模な任務として掲げられる程の、程の程の─────っ相手なのに。
そう、嘘ね。
嘘に違いないわ。
え、英雄になる事は誰しもが憧れるもの。
そう、そうだ。
各言う私も幼い頃は憧れ、恋焦がれたもの。
何より、印し、証が無いもの。
信じない、信じられないわ」
次第に女性の鍍金が剥がれてゆく。
威厳、貫禄のある上司から、英雄譚に憧れる子どもの様に変貌していく。
口調も声音も強く張ったものから、駄々を捏ねる子どもの様な幼いものへと、移り変わってゆく。
「印し、ですか。
何が良いでしょうか?
持ち合わせは怨嗟の大蛇の骨しかないのですが、大き過ぎて拡げる事が出来ませんから、ウィンドウを見てもらう形になってしまうのですが証明になりますか?」
社はそう言ってウィンドウを開き、女性に見せる。
女性も恐る恐る覗く様にして確認する。
視線を泳がせる。
目を白黒させる。
「─────────?
え、ほんとに、ほんとに倒したの?」
驚愕を隠しきれない。
「えぇ、信じきれませんか?」
余りの変貌ぶりに社も戸惑ってしまう。
「あ、あ、ああ」
「あ?」
「あ、握手して下さい!」
興奮のままに行動する。
立場、服装にそぐわぬ雰囲気を漂わせる。
暴走、手を前に突き出した。
「ん?
一体どの様な心境なのでしょうか」
思わず、問うてしまう。
これは自身が確かに討伐した事を信じられていると受けて良いのだろうか。
はたまた、それ以外の思惑があるのだろうか。
等と無用であろう考えが廻る。
「いや、その、あの、私。
昔読んだ絵本に憧れてて、その。
今だに英雄譚が好きで、私も成れればと夢想した。
成れはしなかった。
私には武才はありはしなかった。
だから、その憧れるに当たる人が現れて、現れて、思わず興奮してしてしまった」
「それは、申し訳ない。
期待に添える人物では無かったでしょう?」
「そ、その様な事は!
───────いや、忘れてくれ。
何せ今の私は今は多くの部下に慕われ、有難い限りなのだから」
「良き上司あってのものですよ。
私も見習いたいものです。
それはそうと一つ良いですか?」
女性はあからさまに疑問符を浮かべる。
「今更で失礼なのですが、御名前を御伺いをしても?」
「あぁ、確かに。
私はイメメル・イテラ」
「御丁寧にありがとう御座います。
私は社会です。
それではイテラさんそろそろ本題に移りましょうか」
互いに名乗り終えた所で、社は自己に掛けられていた疑惑を前座と言い捨ててイテラを促す。
此処に自身が呼びつけられたのは疑惑の確認などでは無いと。
「いつ切り出そうか迷っていたのに、そちらから言われるとは思わなかった。
そもそも、それを臭わせる事を言った覚えは無いけど」
「郊外で増え続ける敵。
今がどれだけの数になっているか把握していますか?」
社の唐突な問いにイテラを怪訝に思ってしまうが、部下の報告の数を思い浮かべる。
「把握はしているが今はまだ機密だ」
「8164」
社は奥に見える広間に視線を落とす。
社はそこに記された数を読み上げる。
「やっぱり広間にあるあれが関わっている、か」
イテラも振り返り広間に視線を向ける。
「言わずものがな。
一致する数がそれを明確に示していると思うのですが、疑う余地がありますか?」
「信じたくない、と言うのが拭えない。
が、信じざる得ない」
理解の出来ない事象にイテラは溜息をつく。
現在の参加者数25146人
現在の失敗者数8164人
1万人近くの参加者が敗退している事に、社としては驚きを隠せないが戦闘系統のイベントを期待していたプレイヤー等が、警告を読む前に行動し失敗したのだろう。
などと広間の数字を見ながら社は思考を廻す。
「それと、イベントと言うのはどう言う事?
社会、貴方はこの言葉の意味を把握してる、な」
イベント、その言葉にイテラは引っ掛かった様だ。
失念していたと社は思い直す。
参加した社としては当然の言葉だが、参加の出来ないイテラとしては意味の分からない、何故使われているのか分からない言葉なのだ。
「そうですね、言ってしまうのは簡単なのですが、イテラさんに理解して頂くのは少しばかり難しいかもしれませんね」
イテラは首を傾げる。
自身が聡いなどと自惚れるつもりは無いが、それでも幾ばくかは学がある方であると、自負していた。
でなければ、実際にこの様な職にはあり付けていないであろう。
そういった点から見けばイテラは十分に、十二分に学がある事は間違いない。
では、この人物が言ってのける理解し難い事は何なのか。
イテラは思考を廻す。
いや、思慮する、考慮する。
考えたくは無かった事にまで、思考の手を伸ばす。
移民。
冒険者。
この街には多くの移民がやって来る。
それは治安が良いからだ。
他都市に比べ、地理的に端にあり争い事に加担する事が極度に少ないのだ。
である為に、戦線から離れるべくやって来る事は少なく無い。
その上、それらの人々の護衛の為に冒険者らが付いて来る事も然り。
しかし、今回の冒険者大量増加は異常を極めていた。
それこそ説明の使用がない程にだ。
であるならば、今回のそれに関わりがある事は、明白でないにしろ予測、奥卒としては成り立つ事である。
であれば、彼、彼女らは一体何処からやって来たのか。
抑々の話、イテラの所に移民受入の承諾書は届いていないのだ。
だからと言って無論追い出すなどと言った事では無いのだが、これだけの人数の人々がやって来たのにも関わらず、他国が関わったものでは無いという事である。
それだけは明確なのである。
それが数人なのであれば、自力で戦線から逃れて来た者なのであろうと推察する事が出来るが、この人数である。
無いとは捨て置けないが、これだけの戦力を失う事を国側が良しとするとは考えられない。
であるならば、一体どうなのだ。
どういう事なのだ。
突如として万単位の人間がこの街に現れたとでも言うのか?
馬鹿な、馬鹿げた事だ。
イテラは有らぬ方向へ歩を進めようとし始めた、思考の軌道修正を図るべく叱咤する。
そこで、一つの思い出が脳裏を過ぎる。
それは自己が幼子の頃に、好んで読んでいた英雄譚を絵本にしたものであった。
内容を簡潔に説明するのであれば、戦争の人員確保の為に異世界なる場所から人を召喚するのだ。
その召喚された人物らは召喚者に服従させられ、戦線に駆り出されるのだが、その異世界人は不思議な力を駆使し勇者の行く手を阻む、けれど勇者は彼、彼女らを召喚者からの束縛を解除し自由を与えるのだ。
英雄譚である、絵本の話してある。
けれど、事実では無いと思考外へと切り離す事もままならない。
可能か、不可能かで言えば可能なのだろう。
方法としては魔導帝国ラディウの魔導帝立図書館に封印されている図書の中にあるかもしれない。
けれど、それは閲覧する事を禁じられている。
所謂、禁書である。
この世界の何人がそれを閲覧したのか。
閲覧した人物が今も生きているのかすら怪しい。
抑々、万単位の人間を同時にこの街に召喚する事は不可能だ。
何十年と言う時間をかけても今の百分の一の人数も召喚出来ないであろう。
それが、突如として現れるわけがない。
もっと違う方法なのだ。
それにその方法でもし、この人数を召喚したのであれば、いや、召喚と言う手法を取ったのであれば、彼、彼女らにもっと動揺や混乱が起こっていても不思議ではない。
否、起こっていない現状が不自然なのである。
であるならば、彼、彼女らは望んでやって来たのである。
イテラは洗いざらい嵌めても嵌らないパズルを思考し、考慮し、組み上げてゆく。
それでも、嵌らぬモノは嵌らない。
情報を得る為に思考を一度切り上げる。
時間としては10分程度が経っていた。
イテラはそこでいままで自身の思考が固まるまで待機していた社に問う。
欲しいピースを出来るだけ多く得る事が出来る言葉を選び。
「貴方は何者?」
ここまで御付き合い下さりありがとう存じ上げます。
それでは皆様、脱水症にはお気おつけて。




