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File:25 相違

私は驚きました。

予約投稿した、と思っていたのですが、なんと物の見事に忘れていました。

何週も同じ様な事ばかりが続くと、如何して忘れぽくなってしまうものですね。








 社は寝苦しさを覚え目覚めた。

 擡げた首を少し持ち上げ、自身の身体を見やる。

 苦しい筈である。

 社の腹部を少女が枕の代わりにしていたのだから。


 ()は少女を横に下ろし、ベットから降りた。

 少女は唸る。

 それは心地の良い枕から下ろされてしまったからであろうか。

 社は寝室から少女の睡眠を妨げぬ様に静かに出た。


「おはよう御座います、社会様」

 キッチンから清が顔を出た。


「ええ、おはよう御座います」

 嗅覚を撫でる様に漂う朝食の香りを芳しく思いながら、挨拶を交わす。


「社会様、朝食が出来るまでもう少々掛かりますので────」

 申し訳な下げに清はそう言うが、作って貰っている身からすれば頭上がらないと言うものなのだが、そう言う事ではないのだろう。


「いえ、清、気にしないで下さい。

 寧ろ、毎日作って頂いて感謝して居るのですよ」


「そ、その様な御言葉を掛けて頂けるだなんて。

 でも、当然の事ですから。

 いえ、私が社会様の食事を用意したいと思い勝手に作っているのですから」

 清は胸元で左手を大事そうに右手で包み言葉を紡いでゆく。


「そう、ですか。

 それではこれからも宜しくお願いしますね」

 それ以上、社は追求する事はしなかった。


「はい、これからも作らせて下さいね」

 前のめりに清は社の言葉を拾う。


「ええ、では私は朝食が出来る前に少女を起こしてきますね」

 社はそう言って寝室に戻ろうとする。

 踵を返した社の隣をスッと影が通る。

 それは殺気を撒き散らしながら寝室の前に立つ。

 扉が開く。

 寝室から少女が出てくる。

 少女は両肩を抱いて、振るえていた。

 扉の前に立った清の隣を何者も居なかったかのように通り過ぎた。


「御飯出来た?」

 社の隣に立った少女は社に問うた。


「申し訳ありませんが、食事を作っているのは私ではありませんよ。

 ですが、聞いたところでは後もう少しで出来るそうですよ、ね、清?」


「えっ、はい、すみません取り乱してしまいました。

 後もう少しで出来ますので、少々を待ち下さい」

 そう言って清はそそくさとキッチンへと歩を向ける。


「あ、あれは怖いな、社会」

 少女はさも当たり前の様に口を開き、社に言葉を投げ掛ける。


「モールス信号での会話はもう宜しいので?」


「ん、あぁ。

 あれは私の意思じゃない、よ。

 あの場所でのルールや仕様、と言ったものの類い。

 ここに来て暫く使ってたのはただの気まぐれ、気にしなくていい。

 もう話せる、私は自由」

 少女は小さな身体から手を拡げそう言って見せる。


「それでは、これから聞く事でになるであろう事は一度隅に置き、一つ伺います。

 貴女の名前は?」

 それは出会って直ぐに問うべき事、今の今まで知り得ぬのは言うまでもなく可笑しな事である。


 「ネスヤーン・ログス・イシャーラ。

 イシャーラでいい」

 少女は名を告げる。

 それはとても日本人では無い名。

 それは恐らく本名であると社は推察する。

 このゲーム自体には名前に関する文字制限は無い。

 よって、ネスヤーン・ログス・イシャーラと名乗る事も容易である。

 しかし、社はそれを加味した上でそれが本名であると推察し、確信を得ていた。

 それは本来であるならば確定と言うのは憚られる事である。

 何故なら、それは不鮮明に他ならない事柄の上に、勘や憶測で築き上げられた(確信)であるからだ。

 なのにも関わらず、関わらず。


「では、イシャーラさん」


「イシャーラ、さん要らない。

 社会とはこれから多く関わる事になる。

 勘だけど。

 貴方もそう感じたでしょ、思ったでしょ。

 けれど、それを裏付けられる事が無くて戸惑っている」

 的確であった、的を射ていた。

 不確かな確信、生じるは矛盾。

 で、あると断じる事が出来た。

 しかし、その無用と、無為と言える考えを思考を社には到底、凪ぐ事が出来ないのだ。


「では、改めてイシャーラ。

 どれ程の付き合いになるか推し量る事は叶いませんが、宜しくお願い致します」


「ん、よろ」

 イシャーラは短く相槌を打つ。

 どうして、であろうか。

 既視感を感じる事が出来ないのだ。

 社は内心、首を捻る。

 既視感、それは人と対面するならば少なからずこの人物は誰かに似ている、やこの人物はどの様な性格、性質であるかを感じる事である。


「透かして上げようか。

 既視感を感じない、違わない」


「では、私からも一つ。

 貴方はこの世界に違和感しか感じない」

 それは確信。

 根底の違い。

 交わし合うは認識。

 それは両者が正しく。

 両者の違い。

 交わる事の無い互いの認識を交わす。

 次第に言葉は形を潜め、視線が交わされる。









「社会様、朝食が出来ました────よ?

 その様な場所で立ち話をしていたのですか?


 ─────朝食が冷めてしまいますからお二人共ダイニングに着いてください」


























「お話は後にじっくりとお伺い致しますので」


 ◆◇◆◇◆


 社は食事を終えるまでの間を、清を諌める事に費やした。

 しかし、イシャーラが「子供はいつにしますか?」などと言う冗談を口にしなければ、もっと早くに収集が着いていたと確信している。


 社とイシャーラは認識を擦り合わせる為に、寝室に戻り楽な体位を作り口火を切る準備をする。

 況や、清も同伴である。

 清は社の傍らで腰を落ち着ける。



「何、聞きたい?」

 イシャーラは小首を傾げ社に言葉を投げる。


「何を聞きたいか、ですか。

 まずはこれを見て頂けますか」

 社は白い部屋の書庫で見つけた2部の内の1部を取り出してイシャーラの前に置く。


「──────え!?

 何、これ。

 私が引退した後の、新聞?」

 すらすらとイシャーラは新聞の文に目を通してゆく。


「やはりそれはイシャーラなのですね」

 社は記事自体が実在して事柄である事を確証付けられ、頭が痛むのを堪えイシャーラの言葉を待つ。


「取り乱した、で?」

 イシャーラは佇まいを整え促す。


「今が何年かイシャーラは把握していますか?」


「何年?

 どれだけ寝ていたのかを把握していないから分からない。

 けど、私が寝始めたのは2039年からだった」

 額に少し皺を寄せて考え込むが、結論は考える前も後も変わらなかった様だ。


「そうですか、今は2044年なのですが。

 私の世界にはその様な新聞は発行されませんでしたよ。

 それどころか、ネスヤーン・ログス・イシャーラと言う人物は存在しませんでした」

 イシャーラは社の言葉に首を捻る。

 意味が理解出来なかった訳ではない。

 要領を得なかったのだ。

 それはそうだろう。

 唐突に自身が存在して居ない等と告げられれば、誰しもが戸惑うだろう。

 イシャーラと言えども例に漏れはしない。


「社会が知らないだけと言う事は、ないか。

 確信の無い事は言わなそうだし、事実なのか。

 でも、それは可笑しいと私は言わざるを得ない。

 そこに書かれている事は確かに私が残した功績に他ならない」


「ええ、それはそうですとも。

 そこに書かれている事はイシャーラが確認した通り、貴女の功績でしょう。

 ですが、言った筈ですよ。

 ()()()()には、と」


「え、でもそれは。

 それを良しとしてしまっては────」

 イシャーラは言い淀む。

 それは本来であるならば候補に入れる事すらも、恥じる事柄。

 考える事を、思考を放棄している事に他ならない。

 しかして、それは本来であるならばと前置いた通りである。

 イシャーラとしても社の言葉としてそれが出た事に違和感が否めに無かった。

 相対してそれ程の時間が経っていなくともそう感じてしまうのだ。

 社本人が何も思う事無くそれを言う筈がないのだ。

 であるならば、イシャーラが考えるべくは、思考すべくは何なのか。

 況や、その思考を良しとするに至ったのは何故かを辿る、と言う事である。

 それは思考の統一化を図る事では無い。

 相手の思考を推し図る為の行い、行為の一種に他ならない。

 イシャーラは自身の怠惰さを叱咤する。

 持ち得る者がそれを行使しない事は罪である。

 叡智を振るう。

 脳内に血液が廻るのをいつもよりも感じる。

 熱い、沸々と煮える血液が血管を焦がす様に駆け巡る。

 上気している事を自身でも確信してしまう。

 が、イシャーラとしてはそれに少しばかりも思考のリソースを割く余裕はない。

 廻す、廻す。



 私はどうして社会の言葉に否定的に成っていたのだ?

 朝食前に交わした言葉は何だったのだ。

 あの時既に結論は出ていたではいか。

 違和感の有無。

 それは世界への違和感。

 疑問では無く、違和感。


「落ち着きましたか?

 堂々巡りですので話題を一度切り替えましょう」


「ぅん、ごめん。

 そうして貰えるとありがたい」

 思考を整理する時間が欲しいのだろう。

 イシャーラは少ししおらしく謝って見せる。


「そうですねぇ、では一つ聞いても良いですか?」


「差支えなければ」


「それでは御言葉に甘えて少しばかり失礼に当たる事をお聞きするかもしれませんが、一つ。

 どうして、活動停止したのですか?

 貴女、イシャーラであればもう頭一つ抜けた事を─────」

 社の言葉は途切れる。

 それはイシャーラの顔に一瞬、歪みが見えたからだ。


「ぃえ、したのですね。

 流石に内容は汲み様がありませんが」


「何も、言ってないのに。

 怖い、見透かされている様で。

 そう、社会が言う様に、私はやらかした」


「と、言いますと?」


「ほんと、ズケズケと踏み込んで来る。

 失礼と言う言葉は知っていても、それがどう言った事が知らない?」


「差支えなければ、との事でしたので。

 その様子でしたら話して頂けるのでしょう?」


「憎らしい、業務的で。

 ─────癪だけど話す」

 イシャーラは拗ねるかの様に口を尖らせ、俯いて棘のある声で言った。


「社会はデザイナーベイビーって知ってる?」

 社の顔色を窺う様にチロチロ見やりながら言葉を吐き出してゆく。


「詳しくは存じ上げませんが、知識として一応には」


「そう、なら話が早、い?

 問い、社会はデザイナーベイビーは倫理的にどう思う?」


「難しい問題ですね。

 ですが、敢えて言わせて頂くならば倫理以前に面白みに欠けると言うモノです。

 病気に罹らない、運動能力が高い、外見に不備も無く。

 完璧な人間、良いですね、良いですね。

 偽造された完璧、努力無き完璧、励む事無き完璧。



 それは、真に誠に允に慎に信に実に、完璧?

 出来ない事を出来る様になると言う快楽を知れない滑稽さ。

 全ての事が出来様ともその全貌を展望を知れない滑稽さ。



 メリット、デメリットの対比。

 社会が廻らなくなりますよ。


 しかし、私は反対ではありませんよ。

 社会を廻す事に殉じて下さるならば、ですけどね。


 すみません、熱くなりました」

 社は熱りを冷ます様に出た汗を拭う。


「模範的な社会の犬(社会人)

 デザイナーベイビーは倫理に邪魔されなければ、利点が多い。

 けれど、少なくない人が倫理的に抵触し、拒絶した。

 しかし、近年その意思は薄れ、手を出す人は少なくなった。

 デザイナーベイビー、それは禁忌では無くなった。

 では、その先に待ち受けるのは?」

 次の問い、イシャーラは言葉を切る。


「死の払拭でしょうか?」


「聡い、転職を勧める。

 そう、私はそれに手を出した。

 神が許さなかった、禁忌」

 声音を落としてゆく。


「完成自体は簡単だった。

 酸化しない細胞。

 私がした事はそれだけ。

 けれど、それは私の意に反し、急成長し、数を増やし、結合し、器官を構成してゆく。

 次第に脳に成った、肉を付け人の赤子の様な形となった。

 それは私の研究の終着点と言えるモノとなった。

 けれどそれはこれまでの人類史を冒涜するに相違ないモノ。

 私は後悔した。

 けれど、私は恍惚した。

 美しかった、流麗であった。

 新たな生命を生み出した、と言う喜び。

 私は柄にも無く喜びに舞った、舞った。

































 けれど、怖くなった。

 生命の成長を見守るのが。




 だから、放棄する事にした。

 知り合いの子供を授かりたがっている不妊症の夫婦に預けた。

 無責任である事は百も承知であった。

 私は逃げる様に夫婦に預け、コールドスリープに入った」

 ころん、とイシャーラは後悔を押し出し、不貞腐れる様に寝転がった。

 身を奮わす。

 社には理解出来ない感覚。

 母性本能。

 男性である社には得る事の出来ない感覚。

 言葉は無い。


 「気を使わせた、続ける。

 正す、訂正する。

 私が最も後悔しているのは、バケモノ(あの子)を現世に解き放った(生み出した)事。

 バケモノ(あの子)は人類史を何れ破壊する。

 絶対的生命体として生物の頂点に君臨し、再構築する」

 それは狂った言葉。

 それは明確な敵意。

 絶対的な迄の謝意。


「技術者としては、研究者としては正しかったのでしょう。

 けれど、親となる覚悟は出来なかった。

 逃げる、それを出来る人に託す。

 実に合理的で良い判断では無いですか?

 何を後悔しましょうか?

 新たな生命が世を切り開いてゆくのは自然の摂理です。

 何を卑屈になりましょか?



 抑々、イシャーラ、貴女は本当に後悔をしているのですか?」

 社は一息に言葉を吐いた。

 イシャーラは目を瞬かせる。

 言われた事が下せなかったのだ。

 困惑。

 イシャーラは確かに自身の目が廻っている事を感じる。

 しどろもどろと正常に制動する事を忘れ、思考をする事もままならない。


「ぁ───────ん、え!?

 違う、違うよ。

 私、私は──────やはり、後悔した。

 何度思い直した所で私は、後悔した」





「そう、ですか。

 これ以上は個人情報に触れ過ぎると言うものですね」

 それは明確な潮時だった。

 社もそれを感じ止めた。

 社とイシャーラは息を着き、周囲を見回す。

 2人の視線は沈黙を保っていた清を捉える。

 真剣に聞いていたが為に理解を示しているのだと思いきや、理解許容範囲を凌駕してしまいショートして、装って居ただけの様だ。






「しゃ、社会様。

 いらっしゃいますか?」

 ノックと共にアリア―テの声が部屋に居る社らの方に届いて来る。

 切羽詰まった様な声音。

 その後ろで男性の声が聞こえる。

 どうやらその人物の存在がそうさせて居るのだろう推察出来た。


 社はそれが聞こえると即刻行動した。

 所持金の9割程をイシャーラに渡し、寝室を出る。

 出る前にイシャーラに告げる。

「暫く外出する事になると思いますので清と大人しくしていて下さいね」

 社は玄関でアリア―テを出迎える。



「おはよう御座います、アリア―テさん。

 お待たせ致しました」

 柔和に微笑みを浮かべ、挨拶を言ってみせる。




























「社会、貴方を放火の容疑で連行する」

ここまで御付き合いくださりありがとう存じあげます。

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