File:18 ホームシック
本日も社は清に見送られ工房へと足を運ぶ。
昨日に引き続き[糸製作]を取得する為に。
恐らくスキル自体は昨日の時点で取得出来ていた。
けれど、社が製作仕様としていた糸はもう少し作業を続け無ければ出来ないのである。
である為に社はスロットにセットしていた[本製作]を[糸製作]と入れ換えた。
工房に着いた社は貸出金を払い、糸紡ぎ機と卓上機織り機を借りた。
糸紡ぎ機は昨日の続きをする為、卓上機織り機は布を織りスキル[布製作]を取得する為である。
さて、では、と社は奥から2番目の席に陣取った。
昨日、撚った糸を巻いた2本のボビンを縦型ボビン立てにセットする。
左撚りの2本の糸を引き少しだけ、糸を合わせ右に撚る。
糸紡ぎ機の端に前回と同様に少し撚った糸を繋げる。
幾らか撚った後に糸紡ぎ機の端から根元に繋げ換える。
片撚りのかかった2本の糸を引き揃えた、片撚糸とは反対方向に撚りをかけてゆく。
所謂、諸撚糸と呼ばれる糸の撚り方である。
タヌキの糸車を思い出して頂ければ、少しは分かりやすいだろうか。
どれ程の間、糸を撚る為のハンドルを回していただろうか。
顔を上げる。
そう言えばと種族特性を思い出し、満腹度を確認する。
─────────16/100。
ぁれ、あぇ、たまたまではあったけれど、これは顔を上げて良かった。
ゲーム内で餓死する間抜けが出来るところであった。
そして何よりも称号[社畜への手解き]のデメリット[社会不適合者]を受ける訳にはいかない。
デメリットの効果などの理由も少なからずあるが、デメリット名[社会不適合者]が駄目だ。
毛頭死ぬつもりはない、いや死ねない。
[社会不適合者]のレッテルを貼られるのは、それだけは絶対に阻止しなければならない。
そもそもこの称号を渡したのは誰だ、と社はままならない憤慨を覚えながらポーチから食料を取り出し、食する。
集中を解く。
そうすると、遮断していた音を聴覚が収集し始める。
社の回りで1人の人物が騒がしく暴れまわっていた。
茜夏が無視するのであればと、隣で跳ねていたのだ。
「なぁなぁ、何で無視するん会兄、忘れてもうたん。
私、茜夏や」
わちゃわちゃとしながら声を掛けてくる。
「ええ、忘れていませんよ。
昨日ここで会いましたね、一番奥は空けておきましたよ、茜夏」
忘れていない事を確証付ける事の出来る言葉を織り交ぜて言う。
社は上げた顔を茜夏の方に向ける。
「なんや、ちゃんと覚えてくれてたんやないか。
やったら、何で無視しっとたんや、私すっごい傷ついたやん」
茜夏は濡れてもいない目元に手を当ててそう言った。
「あぁ、勘違いしないで下さい。
スキル[集中]を行使していて作業以外の事に気が付かなかった、と言うだけですので」
「どっちにしろ、私はスキル程度に負ける気配しかない悲しさやなぁ。
まぁええは、会兄は何をちまちましってんの。
昨日と同じ事してるやん、地味やん。
そんなん貧乏人のする事やわ、糸作るとかパッチとか。
もっとこうパーっと豪快な事せぇへん?
鍛冶とか、鍛冶とか鍛冶とかどうや?
豪快でかっこええで、炎ボォォォ、鉄をカーンってして、汗を拭う姿とかものすっごいかっこええやろ。
それでな、んでな今日はなぁ会兄に初心者用鍛冶セット持って来てん。
それでな、それでな──────────────」
「へぇそうですか、はいはぃ、で、なのですか、えぇ──────」
社は食事を終え再度[集中]を発動する。
適当に相槌を打ちながら機織り機に縦糸を筬の隙間を通し張り、撚り終わったばかりの諸撚糸を杼に巻く。
用意の終わった機織り機に杼を通し、卓上型の簡易機織り機の為、綜絖(糸を上下に開く役割)も含めた筬で縦糸を上下を切り替える。
それを数度繰り返し、筬を手前に引きしっかりと織り込ませる。
「ちょいちょい、ちょい会兄、私がせっかく鍛冶について熱く、熱く、情熱的に語ってるちゅうのにや。
何無視ししくさって布織っとるんや。
鍛冶仕様や、鍛冶、かーじー」
社が相槌を打って居るだけで、全く聞いていない事に気が付いたようで茜夏がぶうぶう文句をたれてくる。
しかし、社としては鍛冶スキルも取るつもりでいる為に順に取得していこうと考えていた訳なので困ってしまった。
「いえ、茜夏に言われずとも鍛冶スキルを取得しますよ。
ただ、今は[布制作]をしているところなので、また後にですね」
社は杼を左右に移動させ、筬を上下させ、作業の片手間程度で返事をしてゆく。
「なんで、なんでそんな適当なん。
もっと、もっとかまってーや。
なぁーなぁー、会兄さ~ん」
茜夏も生産職であるが為に肩を揺すったりなどの事はしないが、回りをちょろちょろする。
正直に言ってしまえば、目障りである。
「茜夏、静かにしなさい。
作業の迷惑になる事をしてはいけないと、会社の上司に言われなかったのですか?」
「なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああ。
会社の話はせんで、せんで特に上司はいかんってぇぇ。
堪忍や、堪忍やて、静かにするて、するから許してぇや。
あっでもな私、私な鍛冶師や言うてもな、刀専門の鍛冶師なんや。
そう刀、刀、刀ってかっこええやろ、でもな刀を専門にしてたら売れ行きわるーてなぁ。
そんでなぁ、なんでもでけそうな会兄に私の製作出来るレパートリーを増やすん手伝いをして欲しいてなぁ」
茜夏は頭を掻き毟り、喚き散らし図々しく頼みごとをしてくる。
「いや、その様な事を言われましても私としましては、非常に困るのですがどう反応して欲しいですか?」
社は呆れたように手を動かしながら、本人に聞いてしまう。
このような事を聞くのはいけない事だと理解はしているが、余りにもついていけないテンションで口にしてしまった。
「聞かんで、聞かんでや。
困るわ、困るわ、そないなこと聞かれても困るわ。
そこんとこは、かるーく、かるーく流してくれな困るわ。
てか、会兄さぁ、私と出会ったばかりなのに冷たない、冷たない?」
─────────────かつあい
結果だけ伝えよう。
茜夏はその後もずっと喚き続けた。
夕方を回り早々に社は借宿に帰った。
淡々と一日掛け製作し、完成した布は今装備しているスーツを一新出来るほどの物となった。
明日も来るのだろうな、と社は思いどうしたものかと顔を顰める。
「社会様どうしましたか?」
「あ、いえ、考え事していただけですよ」
「そうなのです、か?
とても楽しそうな表情でしたので」
清は少し小首を傾げそう言った。
社は考える、主観的には楽しそうな表情をしているつもりはなかったのだが、主観よりも客観の方が正しい事の方が多いのだ。
よって治されるべきは主観である。
であるならば、清による客観的意見を考慮してこの事に関しては考えるべきである。
ならば、と再度思考を深めてゆく。
考える、自身の表情が綻ぶのはいつだろうか、と。
どうして茜夏の対処法を考えている時に楽しげに成るのだろうか。
そうか、似ているのだ、職場に。
誰かにものを頼まれる事が似ているのだ。
そして、現在の私は仕事をしている感覚にはとてもなれていないのだ、と社は脳内に思考結果を並べていく。
現実ではゲームを始めて1日と半日程しか過ぎていないのだ。
その上、現在土曜日なのだ。
明日になろうとも日曜日なのだ。
まだ、仕事から離れて1日と半日しか過ぎていない。
現実ではそれだけしか過ぎていなかろうと、ゲームないでは24日近くが過ぎ去ろうとしているのだ。
社としては、仕事が恋しくてならない。
それが今日は少し満たされたのである。
そう仮定し、思考を組み上げていくならば、少なからず社としては理解できる。
それが茜夏で満たされたとは思いたくないが、認めなければならない。
───────閑話休題。
「明日は鍛冶スキルしましょうか」
製作などばかりですみません。
とは言いつつ製作なんて殆どしていないのですが。
20話目くらいからイベントに入る予定なので暫しお待ちを。
それでも楽しんで頂けましたら幸いです。




