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最上サクリファイス

作者: 安藤ナツ
掲載日:2016/06/26

その内、最上アドバンスになるかもしれません。

 最初に断っておくと、二十一世紀の現代日本の話しである。

 民間の宇宙航空機開発が進められ、3Dプリンターで臓器の一部を作る実験が行われ、人工知能が将棋やチェスのプロに勝利する時代に、後に最上姫路と名付けられる少女は、生贄として育てられた。

 念の為に説明しておくと、生贄とは『尊い物』を失うことで、その『失われた希少さ』を補填する為に、世界が新たな力を産み出すと言う思想の元に行われる儀式のことである。恐らくは世界中の何処でも行われた魔術的儀式の一つで、現在も最も行われている魔術儀式かもしれない。この場合の『最も尊い物』と言うのは、『命』であることが多い。

 狩りの成功を祈って、最初の得物を森へと捧げる。

 一年の豊饒を願って、若い家畜を大地へと捧げる。

 荒れ狂う河を鎮めるために、幼い赤子を波の中へと捧げる。

 そう言った野蛮とも思える行為が『生贄』だ。

 さて、話を姫路に戻そう。

 最上姫路は元々孤児であった。臍の緒が付いたまま、公園のゴミ箱で泣き叫んでいる所をホームレスに発見され、そのまま地方自治体に保護されることとなった。母親や父親を発見することは叶わず、その半年後に東北地方の山奥の名士に引き取られる。社会的な地位に加え、それなりに政治力のあった夫婦はすんなりと姫路の身柄を引き取ることができたようだ。

 捨て子から大金持ちの養女へ。ゴミ箱の中で人生を終える可能性があったことを考えると、それは逆転ホームランと言っても良かっただろう。

 夫婦が本当に善良な一般市民であったら、と言う今更どうしようもない前提が必要になってしまうが。

 夫婦達が住む村には、一つの伝承があった。

『神が豊饒を約束し、対価として人は神の妻となる女を捧げる』

『それが破られれば凄まじい呪いが村を襲う』

 そんな契約が戦国時代に成されたと言う、如何にも閉鎖的な山奥の村にありそうな伝承だろう。無知と野蛮さが生んだ悪しきこの伝承の周期は七十二年であった。この手の伝説としては、中々見ない長期的なスパンであると言えるだろう。

 この理由は、神が新たな妻を娶る為には、前回の生贄の女が死んでいる必要があるからと考えられるだろう。意外と誠実な神様である。

 無論、神などこの世にいるわけもなく、これは無知な時代が作り上げた愚かな風習だ。よって、真実は違う。恐らく、最初の頃はもっと生贄のスパンが短かったに違いない。だが時代が近代に近づくに連れ、技術が向上し、安定して作物が取れるようになると生贄が必要になる頻度は減少して行く。最終的には七十二年と言う人の一生にも等しい時間となり、忘却の彼方へと消えさることを望み始めた……と言った所だろうか?

 そう考えた前回の町長は、人間の生贄を出さなかった。代わりに豪華な海の幸と銘酒を用意し、若い鶏を三羽生きたまま洞窟の祭壇へと捧げることにした。村の誰も反対はしなかった。既に七十二年前のことを覚えている者はおらず、伝承自体、町長の家の中だけで語られる物になっていたのだから当然だろう。

 結果、村中の既婚男性が一夜にして姿を消すこととなった。最初は生贄の儀式に合わせた何かのデモンストレーションか何かと思った若い衆や女共であったが、昼を過ぎても姿を表さないことに流石に不安を覚え、村人全員で山狩りが開始される。

 と言っても、直ぐに男達は見つかった。場所は生贄の祭壇がある洞窟の近く。総勢三十名を超える男達は、誰一人欠けることなくその場で確認することが出来た。

 男達の身体が樹木と一体化した状態で。樹と男の境界線はなくなっていた。樹を傷つければ深紅の樹液が噴き出し、見た目は人の肌なのに触感は木々のそれ。爪の間から若葉が芽吹き、口の中には栗鼠が隠れている。意識があるのかないのか、瞼はぴくぴくと痙攣するように瞬きを繰り返し、眼球はぎょろぎょろと助けを求めて動き回る。

 変わり果てた夫や父の姿に多くの村人は発狂し、正気を保つことができた少数の人間はその光景に『神』を感じる。当時の町長の息子はその場で直ぐ様に判断を決し、狂乱する一人の女を鶏の肉片と血液で汚れた祭壇へと押し込み、厳重に洞窟の出入り口を蓋代わりの岩で閉じた。悲鳴は二時間程続いたが、この世の物とは思えない絶叫の後、声は完全に消えた。

 その後、男達の丁度半分は樹から解放された。ただし正気は失われており、全員が精神病院へと搬送され、二度と出て来ることはなかった。残りの半分は樹と融合したまま、十年経っても二十年経っても何の変化も起こりはしなかった。見ていられなかった一部の村人が全ての木々を斬り倒した後に焼却処分を行ってしまった為、現在は町長宅の裏庭に当時の町長が一本だけ残るのみとなっている。

 噂によれば、アーカム大学の資料庫にその一部が保管されているらしいが、その真偽は定かではない。

 ここまで語れば、姫路が養女となった理由も見えて来るだろう。

 そう、姫路は次の生贄となる為に引き取られたのだ。

 生贄は村の中では公然の秘密であり、今も生き続ける当時の村長を知る村人達に取って生贄を出さないと言う選択肢は有り得ない。しかし、必要だからと言って自らの娘を差し出すことのできる者もいない。

 現在の村長も同じだ。前回の騒動の後、彼の家系は魔術を学び、『神』について可能な限りを調べた。その結果、次の生贄は今までよりも上等な者を、或いは多数の生贄を出さなければならないと知りつつも、自らの二人の娘を差し出す気にはなれなかった。

 その結果。孤児を魔術的に処理した後、生贄に捧げると言う答えに彼は至った。

 そして、姫路は選ばれてしまった。

 十三年間と言う人生の全てを、姫路は神の妻として相応しい存在になる為に過した。一切の穢れのない、美しくも儚い少女へと成長した彼女は、きっと最高の生贄になるだろうと、誰もが確信していた。


 ――が、その確信は外れることとなった。


 開発によって、山その物が消えることになったのだ。

 大型ショッピングモールの建設と、それに伴う道路の整備と言う名目だった。村人達は多額の金銭を受け取り、用意された移転地で生活することをあっさりと享受した。先祖代々の土地を離れることに抵抗はあったが、『神』と呼ばれるおぞましい何かが住む山で暮らすより、それはマシに思えたのだ。

 そうして、森との契約は終わってしまった。

 山その物がなくなれば、神の脅威も何もない。前回から七十二年を数える去年、あの山があった場所では、誰一人としてオカルティックな被害に合うことはなかった。

 姫路を引き取った夫婦は、姫路に対する生贄としての教育が児童虐待に当たるとされて逮捕された。『山の神と生贄の少女』と言う話題は中々にセンセーショナルな物となり、二週間ばかりテレビを騒がせた。が、二本脚で歩く猫が近畿地方で大量発見されると、視聴者の興味は直ぐにそちらへと移った。

 名前すら与えられていなかった姫路は、東海地方の資産家の老夫婦に引き取られることになり、そこでようやく最上姫路となった。元教師の婦人による社会復帰プログラムの結果、十六歳の春から地元の高校へと通う予定だ。

 多大な犠牲を払った姫路の人生が、せめて安らかであることを祈ろう。

 いや、そうでなくてはならないだろう。


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