かえるの息抜き短編 ④
タイトルの「ヤマなし、オチなし」になんの含みもなく、ダラダラつ淡々、つーとした話です。
かえるの息抜き短編 ③ との対比で描いたお話です。
よろしければ(のっぺりですけれども)ご覧あれ、でございます。
風情漂う定食屋。
サングラスをする司会者から、明日もみてくれるかな? と問われなくなって久しい昨今。
店のカウンターではテレビを観ながら昼食をとるサラリーマン達の姿が並んでいた。
そして奥へ進めば座敷があり、いくつかあるテーブルの一つを三人の若い女性達が囲むのである。
ここよりほど近い職場から、食事の為に訪れていた清楚な身なりの彼女達。
目的は済ませているようでテーブルの端に空の器が寄せられ、今は雑談の場になっていた。
「でね、ベッドの下をのぞいてみたら……目が合ったの。知らない男の人がこっち見てたのよ」
「うわ。それキツいです」
「ちーちゃんって霊感強いもんね」
「え!? 赤佐先輩の部屋にいたのって、お化けだったんですか」
「違う違うっ、しっかりとした生物だったわよ! ベッドの下に空き巣が隠れてたのっ」
千秋が事の真相を告げると、同僚二人が息を呑む。
「幽霊じゃなかったんだ」
「そっちの方がまだマシだったわよ」
「私はどっちにしても怖いですけれど、空き巣を見つけた後、赤佐先輩大丈夫だったんですか?」
「ああうん。怖い思いはしたけど大丈夫だった。こっちが固まってたら、空き巣の方がベランダから逃げて行ったから。どちらかと言えば、私より空き巣の方が大変だったんじゃないかしら」
千秋の話に、彼女の後輩である黄ノ瀬が小首を傾げた。
「ほら、うち三階だから。空き巣のヤツ足スベらしたんだろうね。下のぞいたら地面でうずくまってて、それ見て私速攻警察に電話したんだけど。結局お巡りさんが来るまで、ずっとその場でのた打ち回ってた」
「うわ……痛そうですね」
「悪いことするからそうなんのよ」
千秋はかっかっかと、まるでどこぞの悪代官のような笑い。
黄ノ瀬は空き巣の悲惨な末路に苦笑い。
もう一人、幽霊以外の結末に興味が持てなかったのか。葵はただただ微笑んでいた。
「それで、黄ノ瀬はなんかない?」
「え~私ですか。怖い話ですよね。怖い話怖い……あれ、葵先輩?」
談話の席に、すうっと細い腕が上がる。
真上にピンと伸びたきれいな挙手であった。
「……部長が怖いです」
「葵、昨日部長からこっ酷く怒られてたからね」
「なるほど。だから葵先輩少し元気がなかったんですね。でも部長って元から恐くないですか―――あっ。先輩方……この噂知ってますか」
後輩の急に小さく、そして低くなった声のトーンに千秋と葵が身を乗り出す。
テーブル中央、三人の顔が寄り合う。
「あのですね……。チーフ、最近彼氏と別れたらしいです」
「おふう。それは……ヤバいわね」
「はい、ヤバいです」
「うん、やばい……の?」
「葵、確実に言えるのは、来週の歓迎会が荒れる」
「葵先輩、きっと台風並ですよ」
「そうなんだ。台風は恐いね」
お冷を手に取る葵を視界に映しながら、なんとも怖い噂だと身を震わせる千秋だった。
「じゃー次、葵の番ね。なんか怖い話ない?」
「部長」
「うんそれさっき聞いた。あのね……あんまり引きずると良くないよ。誰だって仕事でミスはするもんなんだから」
「ちーちゃん。なんかありがとう」
よしよし。千秋から頭を撫でられた葵が水をくっと飲み、口を開く。
「葵はねえ、もうあれが怖い。たまにね、台所に黒いのが居るの。きれいにしてるんだよ。それでもいるの。どうにもならないの。ごめんなさいって言ってもいるの」
「カサカサ――」
千秋の擬音に本人含め、小さな悲鳴がわき起こる。
「求めてたのと違う話だったけど、ヤツはダメね。ヤツだけは、ほんっとダメね」
「はい私日頃から、早く絶滅危惧種にならないかなって本気で思ってます」
黄ノ瀬の想いは満場一致で賛同を得た。
「黄ノ瀬……私の小さい頃のトラウマって言うか、ヤツにまつわる怖い話なんだけど、聞く?」
「なんですか、その思わせぶりな言い方。赤佐先輩の過去にいったい何があったんですかっ」
「ごめんごめん。そんな大した話じゃーないから。実家での事なんだけど、小学生の私とおばあちゃんの前にヤツが現れたの。そしたら私のおばあちゃんがね。いーい黄ノ瀬? おばあちゃんがねっ、なんと、おばあちゃんがねっ」
「怖い怖い、赤佐先輩が怖い」
「ヤツを手でバンって潰して、それから摘んでポイって。信じられる!? 素手だよ素手っ。いーってなった。全力で、いーってなった」
「おおお、おばあちゃんっ。衝撃的過ぎますよ、それもう完全ホラーですよっ。AA級ホラーですよ。全米が大震撼ですよ」
「うちの実家、日本だけどね」
黒い虫の話題は、千秋達の悲鳴と興奮を交差させながら盛り上がりを見せた。
「ちょっと葵っ。なんであんた……私から少し距離をとったのよ。私じゃないのよ。おばあちゃんなん
だからね」
「……なんとなく」
千秋が視線を送る先、葵が後輩寄りに座り直していた。
寄られた方の黄ノ瀬はというと、人差し指を顎に当て何やらうーんと唸っている。
「どうかした黄ノ瀬?」
「あっいえ。先輩の話で思い出したことがあったんですけれど、これ怖い話になるのかな~どうなんだろうって考えてたら、つい唸っちゃいました」
「何、今度は黄ノ瀬が思わせぶりな感じになるのかしら」
「ち、違いますよ。そんな気全然ないです。もう、ハードル上げないで下さい」
「はいはい、上げてませんから話しなさいよ」
「なんだかな~。結局上がってませんか?」
「上がってないよ。黄ちゃん頑張れ」
葵から矛盾した応援が飛んだ。
「この前、馬場さんと羊山さんに一緒した時の話なんですけれど」
「何、あいつらにセクハラされた?」
「黄ちゃんセクハラされたの?」
鋭い食いつきを見せた千秋と葵。
黄ノ瀬が口にした人物は彼女ら二人もよく知る人物で、同じ会社で働く同期の男性社員である。
「今のところは、まだ大丈夫です。それでなんか私、馬場さんと羊山さんが漫画についての話をしている所へ声をかけたみたいで。よく分からないんですけれど、二人の間で私に面白い漫画を教える大会が開催されたんですよ」
「聞いただけで迷惑な話だわ。でもなんか分かった。黄ノ瀬には悪いけど私、ピンときちゃった。あれじゃない? 巨人よ巨人。なんとかの巨人」
「ちーちゃん、漫才の人の漫画ってこと?」
「またあんたは、えらく渋いとこからくるわね。その巨人よりもっと大きい方の巨人よ。巨人が人を
襲う漫画があるのよ。なんでも、人間をぱくぱくって食べるらしいわよ」
「食べちゃうんだ……。それが面白いの?」
「さあ。でもすごい人気のようだし、聞いた感じちょっと怖いと言うかグロそうだから、黄ノ瀬が勧められたのってそれじゃないかなーってね」
自信あり気な千秋の発言に、間を溜めてからの一言、惜しいです、が黄ノ瀬から贈られる。
「その漫画も話題に上がってましたけれど、激推しされたのがありまして。ええと――なんだっけ? すみません、読む気なかったので、タイトル忘れちゃいました。名前分かりませんけれど、これがですね、SFっていうんでしょうか? 未来の話なんです」
「ほうほう」
「うん」
聞き手から、適度な反応と相づちが打たれる。
「人類が火星探索に向かったら、そこにある生命体がいて、それと戦う漫画らしいんですけれど……」
「エイリアンと遭遇してバトルか。ありがちよね」
「うん、ありがち」
「そのありがちな話に……ありがちじゃないのが出てくるんですよ。人を襲ってくるエイリアンが例の黒いあれらしいんです。赤佐先輩が言う……アイツなんですよ。しかもですね、未来のあれって人と同じサイズになってるっていうじゃないですか! もう驚愕ですよ、大きくなったアイツが襲ってくるっていうんですっ」
千秋達を悲鳴から救ったのは、絶句だった。
「しかも一匹とかじゃなくて、いっぱいでドワーって襲ってくるって。……そんなの耐えられるわけないじゃないですか。だから遠慮したくて素っ気なくしてたら、馬場さんと羊山さんが、アイツがしぶとくてなかなか死なないから面白いよとか、結構リアルに描いてあるから面白いよとか、細かい内容をわざわざ教えてくるんですよっ。正直、どこが面白いのか全くですよ」
「あいつら……バカじゃないの、ねえ、バカじゃないの! 何考えてんの、ほんとバカじゃないの。そんな恐ろしい漫画勧めてくんなって話よ。ああもう、今夜夢に出てきたらどうしてくれんのよっ。あいつら責任取れんのっ」
「私もなんでって思ったんですけれど、羊山さんが言うには、すごい人気のある漫画だからってことで勧めてくれたみたいです。赤佐先輩……信じられないことに、世間ではアイツが人気者のようです」
「羊山の常識は私の非常識だから、アテになんないわ」
「ねえ、ちーちゃん……噂をすれば影だよ」
硬直状態から一足遅く立ち戻った葵が、憤慨収まりやらぬといった表情の千秋を目で促す。
千秋はそこにあった男の顔を見て、チッと舌打ちした。
「いやに騒がしいな」
「騒がしくして悪かったわね」
雑談に花を咲かせる千秋達の前に現れたのは、ビジネススーツに身を包む二人組、羊山と彼の後輩にあたる猿里であった。
「あれ、羊山さん。今日は馬場さん一緒じゃないんですね」
「おう。たまには後輩に飯でもオゴってやろうと思ってな」
「え~いいな~。私達にもオゴって下さいよ」
「ならさ黄ノ瀬ちゃん。今度俺とディナーしちゃうか」
「ありがとうございます。私、平日のランチがいいです」
羊山と黄ノ瀬の他愛もない挨拶が終わると、羊山の視線が葵に注がれた。
「なんか葵ちゃん元気ないな。どうちたんですかあ」
「別に葵はどうもしてないわよ。羊山さぁ、どうせ大した用事もないんでしょ? 早くどっかに行きなさいよ」
「赤佐、行けと言われたら、行きたくなくなるのが人情ってもんだろ」
「あのね、羊山君。昨日の事で落ち込んでたわけじゃないから。ちーちゃん達と怖い話してて……それで、ううってなってただけなの」
葵の言葉によって、睨みを利かせる千秋の視線は遮られる。
「ほお、怖い話とな。俺もあるぜ怖い話」
「ちょっと、何勝手に話に入ってこようとしてんのよ」
「ああーと、そうだな、女子の話が怖いね、俺っちわ」
「……ああ、皆あんたの悪口言ってるから聞きたくないってことね」
「今日の赤佐は一段とエグいな。ほら女子の話ってのわだな、聞く分聞いてオチがないだろ。俺はそれが怖い訳よ。聞いてるうちにドキドキしてくる訳よ。てことは、俺は赤佐が怖いってことになるわな」
「はあ? 何それ。あんた私に喧嘩売りにきたの? ムカつくからその顔でこっち見ないでくれる。てかとっとと、どっかに行って埋まってきなさいよ、畑の肥やしになってきなさいよ。この……もういい。猿里君悪いんだけど、羊山連れてって」
「分かりました。埋めて土地が腐るといけないので、空へ打ち上げておきますね」
「ああうん、ありがと。それでお願い」
「ほら羊山さん、カウンター空いたようなので行きますよ」
猿里が羊山をぐいぐい押す。
千秋達の前から、男達は去って行った。
「黄ノ瀬、私よりパソコン詳しいよね……」
「はい? 詳しいといいますか、パワポを使えるってだけですけれど」
「羊山のデスクのパソコンに、ウイルスとか仕込めたりしないかしら」
「……すみません、私じゃ無理そうです」
ひとしきり残念がった千秋が、お会計済ませてくるね、と先に席を立った。
その後姿を眺める黄ノ瀬の耳元に、そっと葵の口元が近づく。
「ちーちゃん、怖いよね」
「……ですね」
【終わり】
目を通してくださり、ありがとうございます。
また、お食事の方がいらっしゃいましたらごめんなさい。
そして、完走されたのであればお疲れ様でした。苦行に等しい内容と文章量ではなかっただろうかと思います。
読んで頂き、ありがとうございました。
作中特定のマンガ作品を匂わす描写がありますが、
深い意味はありません。作者かえるは好きな作品です。