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亜麻色の髪の男編 第9話

(あー!恥ずかしい!)


覗き見していた家人たちにお説教をし、アレクを送り出したマーガレットはプリプリしながら食堂で皆と夕食をとった後、自室に戻りテーブルに突っ伏していた。


(うちの家族ったらもう!覗くとかありえないんだから!)


マーガレットは令嬢らしくない仕草でぐしゃぐしゃと髪の毛をかきむしる。

よその貴族が見たら、このコメディな一家が本当に国を支える一柱である侯爵家かと目を疑うだろう。

マーガレットのような令嬢が育つわけである。


(でも私もう少しで所長とキス・・・)


今度は違う意味で悶えるマーガレット。


(はあ、明日からどんな顔で所長に会えばいいの?)


テーブルに片方の頬をつけ唸る。

マーガレットは明日から出勤しようと決めていた。

早くあの魔法石も安全に使えるように改良しなくてはならない。

しかし頭の中は先ほどの出来事ですぐにいっぱいになる。


(所長はどういうつもりでキスしようとしたんだろ)


マーガレットは今まで一切恋愛ごとに興味がなく、まして経験もない。


(嫌われていないのは確かよね。すごく心配してくれていたし。危機に駆けつけて間一髪のところを助けてくれて・・・)


そこで所長の勇姿を思い出してマーガレットの頬がポッと赤くなる。


(でも心配は研究所の局員に対してなら誰にでもするだろうし。でも一局員として好意があるだけならキスをしようとなんてしない・・・よね?)


そうやって悶々としていると、衣装ダンスの上に置かれている布が目に入った。

マーガレットは身を起こすと歩いて行き、きれいに洗濯されてたたまれたそれを手に取る。


それは白地に藍色の糸で”J”という文字が刺繍されたハンカチだった。

つたない手で一生懸命刺繍したのだろうというのが伝わってくる。

そういえば、私も昔刺繍にはまってたな、とマーガレットは思った。


とは言っても5、6歳の時だ。

あの時は家に来た人や、父親にくっついて王宮に行った時に出会った人に名前を尋ねては頭文字を刺繍して手渡していた。


そうすると、みんなすごく喜んで手放しに褒めてくれたのだ。

しばらくすると飽きてきてやめてしまったが。


(あの人無事に逃げたのかしら)


亜麻色の髪に榛色の目をした長身の男。

結局彼はマーガレットに一度も危害を加えることはなかった。


(それどころか、すごく親切だったよね。お腹が空いたと言ったらご飯用意してくれたり、怪我した手首にハンカチ巻いてくれたり)


そして自分の手首をさする。傷はアレクが癒してくれたのでもうない。


マーガレットは不自然に切れた縄のことを考えた。

事件から数日が経ち落ち着いた後、あの縄は亜麻色の髪の男が切ったのだということに彼女は気づいた。

おそらく彼がマーガレットの手の近くに剣を突き立てた時だろう。


(あの後、彼は私をどこへ連れて行くつもりだったんだろう)


首謀者である伯爵のところへ?

国境で落ち合うはずの隣国カザブの人間のところへ?

それとも・・・


彼女はそっと息をつきクローゼットにかかっている仕事用の白衣にそのハンカチをしまうと、ベッドに潜り込み目をつむった。



***




「長い間お休みをいただきありがとうございました」


久しぶりに出勤した魔法研究所の所長室で、マーガレットは頭を下げた。


「十分休養はできましたか?もう少し長くお休みしていてもかまわないのですよ?」


アレクは心配そうにマーガレットを見ている。


「いえ、もう十分お休みをいただきました。一刻も早くあの魔法石を安全なものにしたいので」


それを聞いたアレクは笑みを深めた。


「わかりました。ただし無理はしないように。疲れたと思ったら自宅へ戻り休養してください」


「はい」


これで話は終わりと踵を返そうとしたマーガレットにアレクが声をかける。


「あと、街へ行く時は必ず私に声をかけるように」


「・・・え?」


マーガレットは予想外の言葉にアレクを振り返って目を瞬いた。

デスクの向こうにはにっこり笑うアレクの顔。


「あなたがいつまた狙われるかわかりません。よってあなたの外出には必ず私が同伴します。いいですね?」


有無を言わせないいつになく強い口調に、マーガレットはたじろぐ。


「返事は?」


「う・・・」


街で自由に過ごせなくなるのはかなり残念だ。

だが死ぬほど怖い思いをしたのも事実。

そして、目の前の一見野暮ったい彼が自分を守ってくれるというのが嬉しいのもまた事実。


「・・・はい」


よろしい、と言わんばかりににっこりと微笑むアレクを、マーガレットは若干恨めしげに見やったが結局彼の笑顔には勝てず、彼女も最後には「よろしくお願いします」と頭を下げ所長室をあとにした。


「マーガレット!」


自分が所属する魔法石研究室につくと、ウィルとモニカの二人が駆け寄ってきた。


「大丈夫か?えらい目にあったんだって?」


「心配してたのよ!」


そう言う二人にもみくちゃにされる。


「へへ、うん、大丈夫。心配かけてごめんね」


「も〜本当よ!ウィルなんて俺も探しに行くとか言って止めるの大変だったんだから!」


「おま!それ言わない約束!」


マーガレットはそんな二人を見てクスクス笑う。


この職場にまた戻ってこれてよかった。

もしかしたら今頃、隣国で監禁されてあの魔法石を大量に錬成させられていたかもしれないのだ。


ぞくり、と震えがマーガレットの背筋を這い上がる。

多くの人の命を奪っていたかもしれない事実。

それは彼女の心に恐怖の楔となって打ち込まれた。

彼女は初めて自分が錬成するものへの重大な責任を自覚したのだった。


深刻そうな表情になったマーガレットを二人は茶化しあいをやめて心配そうに見る。


「マーガレット大丈夫?まだつらいんじゃないの?」


「俺が家まで送ってやろうか?」


マーガレットはそんな二人ににっこり微笑むと、首を横に振った。


「ううん。大丈夫!さあ、仕事仕事!」


三人は顔を見合わせると微笑みあう。


「さ、俺らも仕事すっか」


そういって皆それぞれの持ち場へと戻っていった。


これで亜麻色の髪の男編が終了です。

次回から消えた魔法石編が始まります。

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