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亜麻色の髪の男編 第5話

後日気を取り直したマーガレットは出来上がった魔法石と共にきちんとした研究成果の報告書を作成し所長室を再び訪れていた。


コンコンとドアをノックする。

今後はちゃんと返事があるまで絶対にドアを開けないと心に誓ってある。


耳をすませると「はい」という返事が中からあったので、「マーガレットです。入ってもよろしいですか?」と確認した。


「どうぞ」という返事が聞こえやっとドアを開ける。


マーガレットは少し緊張しながら所長室に入ると、アレクの座るデスクの前まで歩いて行きがばりと頭を下げた。


「申し訳ありませんでした!」


「ん?」


恐る恐る顔を上げるとアレクがきょとんとこちらを見返している。


「あの、先日、その、許可もなくドアを開けてしまい、その上見たことを人に話してしまって・・・」


(本当に最低すぎる!自分!)


「本当に申し訳ありませんでした!」


ガバッともう一度ひざに頭がつきそうなほど深く頭をさげる。


しばらくするとクスクス笑い声が聞こえてくる。


「顔をあげてください、マーガレット」


マーガレットが恐る恐る顔をあげると、アレクはいつもより優しい目でいつも通りニコニコしていた。


「あれは部外者を研究所内にいれてしまった私の落ち度です。あなたは悪くありません」


「いえ、そんなことは・・・お身内なら気軽に職場を訪れることもあると思いますし」


「それは・・・まあ、そうですが」


アレクは目をそらし言葉を濁す。


「ところで、マーガレットはウィルとはその・・・そういう関係なんですか?」


「えっ?」


ここでアレクが自分とウィルの関係を突っ込んで聞いてくるとは思わず、マーガレットは目を瞬いた。

アレクは研究所の恋愛沙汰などには無関心だと思ったのだ。

マーガレットは少し考え、彼は研究所内の風紀が乱れることを気にしているのにちがいないと思い当たる。


「いえ、私とウィルはただの同僚です。今後あのようなことは一切ありませんので」


その言葉を聞いたアレクは笑顔のままつぶやいた。


「一切ね・・・果たしてウィルが同じ気持ちかどうか・・・」


「え?なんですか?」


アレクが小声で言ったので、聞き取れなかったマーガレットは聞き返した。


「いえ、なんでもありませんよ。ただあなたはもう少し男というものを警戒したほうがいい」


そういうとアレクはおもむろに立ち上がり、机を回ってマーガレットのそばにきた。


マーガレットはなんだろうとそばに立つアレクに向き直り、きょとんとだいぶ上のほうにある彼の顔を見上げる。


アレクはそっとマーガレットの顎を指で持ち上げると、ゆっくり顔を近づけてきた。

ここへきてマーガレットはアレクが何をしようとしているのかに気づきそのアーモンド型の目を大きく見開く。


もう少しで触れ合う、というところでアレクはぴたりと止まった。

そしてその唇をマーガレットの耳のそばまで移動しささやいた。


「ほらね。隙だらけだ」


マーガレットは全身が沸騰するかのように熱くなった。

思考も完全に停止してしまっている。


アレクは真っ赤になって口をパクパクしているマーガレットを横目に見ると笑みを深めて言った。


「抵抗しないなら本当にしちゃいますよ」


そこでマーガレットはようやくアレクから一歩、二歩と後じさると、ダッシュでドアへと駆け出した。


「し、失礼します!」


そして勢いよく部屋から飛び出すと、そのまま廊下を走り去っていった。

後にはクスクス笑うアレクが残された。


「本当にかわいい人だ」


アレクはそういうと開け放されたドアに歩みよってそれを閉め、自分のデスクへと戻っていった。


***


(所長があんなことするなんて!)


マーガレットは走りまくってたどり着いた研究所内の物置小屋の陰でうずくまって熱くなった両頬を手で押さえた。


もちろん自分がいかに隙だらけかということをわからせるためにしてくれたのだということはわかる。

わかってはいるのだが、感情が追いつかない。

照れと恥ずかしさと驚きとその他諸々の感情が入りまじってマーガレットは混乱していた。


所長といえば、野暮ったくてさえなくて、女性関係など無縁だと勝手に思い込んでいたのだ。

それがどうだろう。


(けっこう慣れてる?)


マーガレットはそこにわずかなショックを感じる。


(でも・・・イヤじゃなかった)


マーガレットはウィルにキスされそうになったときは全力で抵抗したが、アレクのときはまったく抵抗する気が起きなかった。


は〜っとマーガレットは両腕に顔を埋めて大きくため息をついた。


(もう考えるのはやめよう。私は研究のことだけ考えるんだ!)


マーガレットは頭をブンブンと横に振ると、「よしっ!」と気合を入れて立ち上がった。

そして念のため(顔の赤さを引かせるために)洗面所で顔を洗った後、研究室に戻っていった。


研究室に戻るとなるべく挙動不審に見えないように自分のデスクへと戻る。

そこへ、トンと肩を叩かれてマーガレットは飛び上がった。


「ひゃうっ」


振り返るとウィルが驚いたような顔で自分を見ている。


「あ、ウィル・・・どうしたの?」


マーガレットは誤魔化すようににへらっと笑う。


「いや、成果報告してきたのかな、と思って・・・」


「あ、うん、そうよね、そう・・・・あーーーー!!!」


(そうだった!また報告し損ねた!)


「マーガレット・・・大丈夫?」


がっくり机にうなだれるマーガレットにウィルは心配そうに声をかけるが、「大丈夫」という返事の割にマーガレットは撃沈したまま起き上がる気配はなかった。


ウィルはモニカを振り返って肩をすくめると自分の研究へと戻っていった。


***


やっとのことで成果報告をアレクに提出したマーガレットは、久しぶりに休みをとって街へと来ていた。


(うーん、久々にのびのびした気分)


今日のマーガレットは街の娘が来ているようなワンピースに、編み上げのブーツ、髪は軽く後ろでアップにしているという出で立ちだった。


一応貴族の娘なのだが、本人にその自覚がまったくないため、商店街の中でもちょっと品のいいお嬢さんという感じで自然に溶け込んでいた。


ただ彼女の整った容姿が目を引いてしまうのはどこへ行っても同じだった。


マーガレットが街に来た理由は、久々にウィンドウショッピングやカフェでランチがしたかったというのもあるが、家にいると母親がやれ「婿を探せ」だ「結婚しろ」だとうるさいからというのもある。


貴族の子女にとっては結婚こそがすべてだ。

より良い条件の男性に嫁ぎ、子供を産み子孫を残す。

それが貴族の女性に求められるただ一つの、そして拒否することを許されない(はずの)使命である。


マーガレットにも社交デビューをしてからというもの、あちこちからひっきりなしに縁談が舞い込んでいる、らしい。


特に侯爵家であり、宰相の娘でもあり、見た目も美しい超優良物件であるマーガレットは、実際王家と婚姻を結んでもおかしくないほどの地位にあった。


だが本人はどこ吹く風。

両親の小言を右へ左へと聞き流し、毎日錬成のことばかり考えている。

馬耳東風、暖簾に腕押し、糠に釘とはまさに彼女のためにあるような言葉だ。


(あ、これかわいい)


露天に並べられたガラス細工のイヤリングを手に取り眺めるマーガレット。

親に言えば最高級の宝飾品を買い揃えてもらえるが、彼女はいつも自分が魔法研究所で働いた給料で買える範囲のものしか買わなかった。


これは魔法学園で一般市民とともに机を並べて勉強しているうちに、彼女が身につけた金銭感覚である。

学園でも数割の生徒が一般市民であり、彼らは自分の教材ですらも、自分で働いたお金で賄っていた。


マーガレットはさすがに学生の間は親にお金を出してもらっていたが、働き始めてからは自分で買えるものは自分で買うことにしている。

さすがに行きたくもない社交界に顔を出すためのドレスや宝飾品は親に出してもらっているが。


露天を冷やかしながら歩いたマーガレットは、お目当のカフェに着いたのでそこで昼食をとり、いい魔石が入っているかどうか見に魔石店に寄ることにした。


魔石店は表通りからちょっと離れており、閑散とした薄暗い路地裏を少し歩かなければならない。マーガレットはここを通る時自然と駆け足になってしまう。

この日も同じように角を曲がり駆け出そうとした瞬間、マーガレットは腕を掴まれ壁に押し付けられた。


そして大きな手で口を塞がれる。


「お嬢さん、ちょっと用があるんだ。一緒に来てもらうぜ」


屈強な男が三人、マーガレットを囲むようにして立っていた。

マーガレットは目を見開き恐怖に固まる。


「暴れなきゃ手荒な真似はしねえよ」


「俺らの理性が飛ばなきゃな」


「がははは」


下卑た笑い声を響かせ、男たちはマーガレットを手際よく縛り上げると猿轡をかませ、麻袋を彼女の上からかぶせると肩に担ぎ上げ足早に路地裏を移動する。


「んー!んー!んー!」


マーガレットは肩の上でジタバタするが、彼女を担ぎ上げている男の腕はびくともしない。


「しょうがねえな。あまりうるせえと目立っちまう」


男は一旦降ろしたマーガレットの意識を手刀で奪うと、再び路地裏を素早く移動していった。


マーガレットがいた場所には、マーガレットが壁に押し付けられた際に切れた、彼女の瞳と同じ色のネックレスだけが残されていた。

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