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カザブの野望編 第28話

「お嬢様〜!」


ドスンと衝撃が来る感覚にマーガレットが下を見下ろすと、黒髪の小さな頭が目に入った。


「メグ・・・」


「心配じまじた〜!」


マーガレット、アレク、アラシドの三人が部屋に空間転移で現れるなり、メグは泣きじゃくりながらマーガレットに抱きついた。


マーガレットはそんなメグを優しく抱きしめた後、彼女の体をそっと離す。


「心配かけてごめんね、メグ」


マーガレットはそう言うと、かがんで彼女の顔を覗き込んだ。


「ゔゔっ、ご無事でよがっだでず〜」


メグはグズグズと鼻をすすりながら涙でぐちゃぐちゃになった顔をエプロンで拭った。


そして一緒に転移してきたアラシドをぎらりと殺意のこもった目で睨みつける。


「お嬢様を危険にさらした罪、許すまじ!」


言うなりさっと吹き矢を取り出した彼女はそれをためらいなくアラシドに向かって吹いた。


「メグ!!」


焦ったマーガレットが彼女を止めにかかる。

アラシドは飛んできた針をひょいっと避けると、感心したように言った。


「毒針か・・・やっぱり只者じゃないな、あんた」


「よくもよけたな〜!」


そしてなおも針を吹こうとするメグの視界をマーガレットは自分の体で遮った。


「メグ、待ちなさい!」


「お嬢様、邪魔立てしないでください!」


「落ちついて。彼は敵じゃないの」


「そんなこと関係ありません!お嬢様を危険にさらす人間は誰であろうと私の敵です!」


鼻息荒くそう言うメグをマーガレットは再び抱きしめる。


「ありがとう、メグ。気持ちだけで十分だから」


そう言って背をなでると、メグはようやく落ち着きを取り戻したのか、やがて吹き矢をエプロンのポケットにしまった。


(もしかしてポケットに吹き矢を常備・・・?)


マーガレットは疑問に思ったが、あえて触れないことにした。

メグが完全に落ちついたことを確認すると、マーガレットはアラシドを振り返った。


「それでアルカハール王は?」


作戦はおそらく失敗だろう。

そう思っていたマーガレットはアラシドの予想外の言葉に驚く。


「もちろん捕縛した。王妃、第一王子、アルカハール派の人間を含め全員な」


そう言ってニヤリと笑ったアラシドに、マーガレットは目を見開いた。


「一体どうやって」


「簡単だ。あんたの竜巻に巻き込まれて空から降ってきたやつらを全員、用意しておいた部屋に転移で飛ばして拘束した」


(まじですか)


アラシドの規格外な器用さに感心するマーガレット。


何はともあれ作戦がうまくいったことを知ったマーガレットは安心してその場に座り込みたい気持ちになった。


「それにしても驚いたぞ。塔から降ってくるあんたを見たときは」


アラシドは未だに信じられないという顔でマーガレットを見た。

それにアレクも同意して頷く。


「まったくです。心臓が止まるかと思いました」


どうやら二人はマーガレットが放った魔法を感知して駆けつけたらしい。

塔の下に転移した彼らは、真っ逆さまに落ちてくるマーガレットを見て慌てて駆け寄り受け止めたのだそうだ。


ちなみにアレクはマーガレットが王の間で竜巻を起こしたときにも駆けつけているが、彼が転移したときにはすでにマーガレットは逃げ出しており、彼女が二度目の魔法を使うまで走り回って彼女を探していたらしい。


「あれは追い詰められて仕方なかったんです。捕まって処刑か、飛び降りて一か八かに賭けるかの二択でしたから」


マーガレットは苦笑する。

あの時はアラシドの作戦は失敗したと思っていた。

捕まったら処刑だと思ったとしても仕方がないだろう。


「それにしても、よく予備の魔法石を持ってたな。そのドレスじゃ隠しようがないだろ?」



マーガレットの薄い布地に体に沿ったデザインのドレスを見てそう言ったアラシドに、彼女が塔から落ちた時に上昇気流を起こすために使用した魔法石の事を言っているのだと気づいた。そしてマーガレットはちらりと複雑そうな視線を彼に送る。


「ん?」


それに気づいたアラシドが首をかしげた。


「サリーマが・・・」


マーガレットはそこで視線を伏せ言い淀む。

だが意を決したようにアラシドを見ると言った。


「サリーマが、きっと必要になると言って髪の中に編みこんでくれたんです」


その言葉にアラシドがマーガレットよりさらに複雑そうな顔をして横を向いた。


「あいつ・・・」


あの竜巻の後、サリーマはどさくさに紛れて行方をくらませた。

その後王宮の中を探したがサリーマはどこにも見つからなかった。

忽然とその姿を消してしまったのである。



***



アルカハール政権の崩壊は図らずも王宮の屋根が一部ぶっ飛んだという形でカザブ国民の知るところとなった。


そして先代王の息子であるアラシドは、国民の絶大な支持を得て新国王としてその座に就くこととなった。


アルカハールたちのやり方に怒りが溜まりに溜まっていた国民たちの要求により、アルカハールと彼に連なる王家のものは公開処刑されることになった。


実はアルカハールは先代王の子ではないというのは国民にも知れ渡っていた。

自分たちの敬愛するアルワジを武力で(ほふ)り、力こそすべてだとカザブを軍事国家へと変容させていったアルカハールを国民たちはまったく受け入れることはなかった。


だがそんな国民感情をアルカハールはさらに武力で押さえつける。

ちょっとでも彼や彼の政策を悪く言おうものなら見せしめに極刑にされる。

国民たちは恐怖によって仕方なく口をつぐむこととなる。


さらに相次ぐ他国を侵略するための徴兵と軍事増強のための増税により、国民は生活苦にあえぎやがて国全体が疲弊していく。


それに伴い、国民のアルカハールに対するはけ口を失った怒りもますます積み重なっていった。


アラシドはもし自分がアルカハールを捕らえなかったとしても、カザブ王家は国民の手で葬り去られていただろうと言った。



***



途中危うい場面はあったものの、マーガレットの活躍もあり無事アルカハールたちを抑えることができたアラシド。


現在は急ピッチで王の間の屋根と壁の修復と新王の戴冠式の準備が進められている。

すべてはうまくいっていた。


だがこの作戦により1点だけ困ったことが起きている。



ーーーそれは。



「所長・・・」


「ん?なんですかマーガレット」


新緑の香りでもしそうなぐらい爽やかな笑みを浮かべるアレク。

だがマーガレットはそんなアレクを見て困ったように眉を下げる。


「そろそろ降りてもいいですか?」


「なぜです?」


そう言いながらアレクはがっちりとマーガレットを腕の中に閉じ込める。


「なぜって、わたしは一人でも椅子に座れるからです」


「一人で座れるからといって、一人で座らなければならない理由にはなりません」


無駄に理屈の通ったことを言い返してくるアレクに、マーガレットは彼の膝の上に抱えられながらこっそりとため息をついた。


マーガレットは困っていた。

彼女が無事に帰ってきてからというもの、アレクが彼女を片時も離そうとしないのである。


あのカザブ第二王女の結構披露パーティーの夜、自分がちょっと目を離した隙にマーガレットがいなくなり、それから1週間近くも行方不明になっていたことが相当堪えたのかもしれない。


しばらくは好きにさせるしかないか、とマーガレットは遠い目をしながら諦めの境地に至った。


現在、マーガレットたちは新王の戴冠式に参列するため、与えられた部屋に滞在しながら準備が整うのを待っている状態だ。


マーガレットは所長の膝の上に座りながら首から下げた小さな袋を手で弄んだ。

じわりと彼女の胸に喜びが湧き上がる。


ーーーあの日。


作戦を決行した日、マーガレットとアレクとアルカハールが部屋に転移して話をしばらくした後、アラシドは事後処理をするべく早々に部屋を出て行こうとして足を止めた。


「おっと、そうだ。これを返しておく」


彼はマーガレットを振り返るとそう言って、無造作に紐付きの小さな袋をぽーんと彼女に放ってよこした。


慌ててそれを受け止めたマーガレットは袋の中身を確認し、それが確かに自分の開発した魔法石だとわかるとアラシドを見た。


「あんたを利用する形になって悪かった。礼は後ほど改めて」


そう言ってアラシドは足早に部屋を去っていった。


マーガレットは手の中にある透明の珠を見て、ヘナヘナとその場に崩れ落ちる。


(ようやく取り戻すことができたんだ)


魔法石を胸元でギュッと握りしめる。


(戦争に使われずに済んだ。多くの命を失わずに・・・)


アレクはそんな彼女のそばに膝をつくと彼女の頬をぬぐった。

そこで初めてマーガレットは自分が泣いていることに気づく。


「マーガレット、よくがんばりましたね」


アレクはそう言って彼女を優しく抱きしめた。

彼の言葉にリチリアの面々も微笑んで頷く。


「いえ、私はただ自分の不始末の責任をとっただけです。みんなこそ、こんな危険な国にまで付き合ってくれて、私の無謀な作戦に協力してくれて本当にありがとう」


マーガレットはここまで一緒に来てくれた皆に深々と頭を下げた。


「お嬢様を守るのは当然の役目ですので」


メグが至極真面目に返す。


「そうだよ。危機を一緒に乗り越えてこそ仲間だからな」


ジョシュアが力強く頷いた。


「あなたが通常運転いてくれないとアレックスが仕事してくれませんしね」


フォルがそっぽを向いてメガネのブリッジを押し上げる。


「みんな・・・」


マーガレットが感動に瞳を潤ませていると肩を抱き寄せられ耳元に囁かれる。


「あなたとなら世界の果てまででも共に行きますよ」


その言葉に真っ赤になるマーガレット。

そしてゆっくりと重なる二人のシルエット。


と、そこで


「げふんげふん」


「ごほんごほん」


「はあぁぁ」


三者三様のわかりやすいノイズにピキッと青筋を立てるアレク。


「そこは見て見ぬ振りをするところでは?」


「お嬢様は永遠に私のお嬢様です」


「いやなんかただでさえ暑い部屋の気温が上がっちまうなと思って」


「喧嘩を売ってるならわかりやすくそういえばいいのですよ?」


その後ゆらりと立ち上がったアレクに逃げるのが一足遅かったジョシュアが捕まり、稽古という名の憂さ晴らし、もとい特訓を受ける事になったのだった。


次回、カザブの野望篇の最終話です。

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