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カザブの野望編 第27話

「はあっ、はあっ」


走りまくって息があがったマーガレットは、立ち止まると膝に手をついて呼吸を整える。


「いたぞ!あっちだ!」


「げっ、もう追いついてきた。早いってば〜!」


マーガレットは泣きそうな声でつぶやくと、再び走り始める。


彼女が竜巻を放った後、王の間の屋根はぶっ飛び、壁は半壊、そこにいた人々は竜巻に巻き込まれて宙を舞った。

(たぶん死ぬほどではない、と思う。打ち所が悪くなければ!)


骨の二本や三本はやられるかもしれないが。

実際、マーガレットがリチリアでさらわれて逃げ出した時もあの竜巻で死者はでなかったと聞いている。


というわけで、彼女はその後一目散に逃げ出した。

もちろん捕まらないためである。


自分に課せられるであろう罪状をマーガレットは考えたくもなかった。

王宮破壊、テロ実行犯、カザブ王殺人未遂(死んでなければ)。

ちょっと考えただけでもわかる。

捕まれば間違いなく極刑だ。


というわけで、彼女は目下全速力で絶賛逃亡中であった。


(も〜!しつこい!)


彼女はもつれそうになる足と悲鳴をあげる肺を叱咤しながら、諦める気配もなく追いかけてくるカザブの兵を背にひたすら走った。


唯一の救いは着ているドレスが軽くて意外と走りやすいことである。

ちなみにヒールのある靴はとっくに脱ぎ捨てている。


「げっ!行き止まり!」


マーガレットは進行方向に壁を見て盛大に焦る。


だが近づいていくと、横に扉があることに気づいた。

彼女はそれを夢中で押し開け中に飛び込む。


すると螺旋階段が彼女の目の前に現れた。

どうやら塔の中腹部に出たようである。


マーガレットはひたすらそれを駆け上がっていく。

下の方から兵の怒声が響いてきた。


彼女が必死に駆け昇っていくと階段の終わりが近づいてくる。

マーガレットがそれを一気に昇り切ると、抜けるような青空が目の前に広がった。

眩しさに思わず目を腕でかばうマーガレット。


そこは柵も何もなく、ただ屋根があるだけの塔のてっぺんだった。


次第に近づいてくる兵たちの足音にハッとした彼女は身を翻すと、塔の端に駆け寄る。

強い風に煽られた彼女のドレスが舞い上がった。


階段を上りきった兵たちは塔の端にいる彼女にジリジリと近づいていく。


マーガレットは後ろに一歩踏み出し、バランスを崩す。

足元にあるレンガがカラリと崩れ落ちて遥か下へと落ちていく

見ると遥か下の方に木々が見えた。

ぞくり、と彼女の背を震えが伝っていく。


徐々に近づいてくる兵士。

ゴクリ、とマーガレットは唾を飲み込んだ。


(ええい、女は度胸よ!)


彼女は震える手を髪に突っ込み一気に引き抜いた。

丁寧に編み込まれていた美しい栗色の髪がほどけて空に舞う。


彼女の不可思議な行動に動きを止める兵たち。

その瞬間、マーガレットは身を翻すと一気に塔から飛び降りた。


「しまった!」


兵たちが慌てて塔の端に駆け寄り下を覗き込む。

そこには真っ逆さまに落ちていくマーガレットの姿があった。



***



叩きつけるような空気の中をマーガレットは重力になされるがままに落ちていく。

少し気を抜けば気を失ってしまいそうな状況の中で、彼女は手の中のものをギュッと握りしめた。

うまくいく可能性は五分五分。

何しろぶっつけ本番だ。


(お願い!うまくいって!)


強く祈りながら魔法を唱えるマーガレット。

その直後、地面から上空へと吹き上げる風が起こった。


その風によって彼女の体がふわりと押し上げられる。


(や、やった!)


彼女は魔法がうまくいったことを知り歓喜する。

そのまましばらく緩やかに落下していく。


このまま地面まで降りられればと思ったのも束の間、手の中の魔法石が砕け散り、再び落下スピードが速まっていった。


(げっ、もう終わり!?)


マーガレットが持っていた魔法石はふたつ。

一つ目は王の間で使い、そしてもう一つは今しがた使ってしまった。


よって、もう彼女にはなす(すべ)がない。


マーガレットはだんだん近づいてくる地面に、襲い来るであろう衝撃に備えてぎゅっと目をつむって身を硬くする。


だが次に来た衝撃は彼女が予想していたものと違った。

ボスンと音がして柔らかなものが彼女を包む。


(あれ?痛くない?)


きつくつむっていた目をマーガレットはそっと開ける。

目の前にはふたつの秀麗な顔。

どちらも盛大な安堵の表情を顔に浮かべている。


「えっと・・・あ、ありがとうございます?」


見るからに心底安堵している二人の男の顔を見比べてマーガレットは言った。

そう、マーガレットは今二人の男に抱きかかえられていた。


一人は銀の髪に薄紫色の瞳をした白皙の美青年、もう一人は赤みがかった金の髪に金の瞳、褐色の肌をした美丈夫だった。


いつまでも彼女を離そうとしない二人に、マーガレットはとまどっていたがやがて色々耐えられなくなって二人に向かって言った。


「あの・・・下ろしてください」


そんなマーガレットにアレクは微笑むと、目の前の男アラシドに言った。


「彼女がこう言ってますので手を離してください」


そう言うアレクにアラシドは不敵に微笑む。


「あんたこそその手を離したらどうだ?」


「私は彼女の婚約者ですので」


「それを言うなら俺だってそうだ(作戦上のだが)」


「何を言っているんです。あんなのデマに決まっているでしょう」


「ほう、その自信はどこからくるのかな?」


「あなたこそ・・・」


「いやあんたこそ・・・」


間に挟まって事態を見守っていたマーガレットだったが、いつまでも収まる気配のない言い合いに段々嫌気がさしてきた。


そしてついにキレた。


「もー!いい加減にしてください!!!」


二人の男を手で押しのけると地面に降り立つ。


「だいたいですね、こんなところで言い合いなんて場所と状況をわきまえてください。今はそれどころじゃないんですよ!王の手勢に追われて逃げなきゃ処刑・・・」


そこまで言ってマーガレットはハッと気づく。


「アラシド殿下!」


マーガレットは彼の全身を見回すと、彼が無傷でそこに立っていることを確認する。


「ご無事で・・・」


彼女の言葉にアラシドはニヤリと笑うと言った。


「おかげさまでね」


その言葉にマーガレットはほっと息をついた。


彼女は王の間で竜巻を放つ直前、アラシドを見た。

そして彼がしっかりと頷くのを確認してから魔法を放ったのだ。


だがあの竜巻の威力は結構なものだった。

マーガレットは彼なら大丈夫だろうとは思ったが、実際に無事な姿を見るまでは安心できなかったのだ。


その時、彼らの後ろからバタバタと兵がかけてくる音が聞こえる。


「場所を移しましょう」


アレクが言ったその言葉にマーガレットとアラシドが頷くと、アレクは二人の肩に手をおいた。

次の瞬間、三人はその場から忽然と姿を消した。

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