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カザブの野望編 第23話

アラシドにさらわれてから一夜明けた次の日の朝、差し込む光に目覚めたマーガレットはベッドの上で身を起こした。


(ここどこ・・・って、あ、そうか)


マーガレットはぼんやりした頭で、自分の身に起こった事を思い出す。


「おはようございます」


マーガレットの斜め後ろから聞こえた声に振り向くと、黒い髪をきっちりとまとめた褐色の肌の女性が目覚めたマーガレットを見て深々とお辞儀をしていた。


「えっと・・・おはようございます?」


「本日よりお世話をさせていただきますサリーマと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


「はい、あの、よろしくお願いします」


マーガレットもつられて頭を下げると、サリーマは少し困惑したような表情をしたがすぐに元の無表情に戻った。

年はマーガレットより20歳ぐらい上に見える。


「ではさっそくご準備をさせていただきます」


サリーマはマーガレットに洗顔用具を渡し手洗い場へ案内した。

そしてそれが終わるのを待って、マーガレットを部屋にある鏡台へと促した。

サリーマは手際よく彼女の髪をアップにして整えると、クローゼットからカザブ式の服を出して持って来る。


「えっと、それを着るのですか?」



と言ってジリジリと後ずさって逃げようとしていたマーガレットに、サリーマも無表情のままジリジリと迫った。


「アラシド様から言付かっておりますので」


そういうサリーマに、マーガレットは自分の部屋の服を持って来たいと言ってしばらく攻防を繰り返したが、まったく折れる気配のない彼女に疲れて結局カザブの服を着る事になったのだ。


用意されていた服は刺繍の施された柔らかな布地を何枚か重ねて前で合わせ、胸の下でベルトを結ぶタイプのものだった。

これがカザブの貴族の日常的な部屋着なのかもしれない。

前で合わせるタイプなので胸元が開いていて少し心許ないが、お腹周りの締め付けがないので着ていて非常に楽だった。


(これいいかも)


マーガレットが思いの他その服を気に入っていると、サリーマが「朝食はあちらです」と言って彼女を促す。

サリーマの後について隣室に移動したマーガレットはちょうど彼女の部屋と反対側のドアから出てきたアラシドを見た。


彼も着替えたらしく、マーガレットと同じように刺繍の入った布を前で合わせるタイプの上着に、色違いの同じ素材のズボンを履いていた。


(ホント絵になる人ね)


マーガレットは彼の均整のとれたスタイルに感心する。


「似合うじゃないか」


アラシドはマーガレットの姿を見て言った。

柔らかな布が彼女の豊かな胸、細い腰、丸みを帯びた腰回りを浮き出させるように覆っている。

しかも彼女は窓を背にして立っており、後ろから当たる日の光が布地を透かし、ドレスの下にある体のラインをくっきりと見せてしまっていた。


「襲わないなんて約束するんじゃなかった」


そう言って朝から獲物を狙う野獣のような表情をするアラシドにマーガレットは盛大に焦る。


「その約束絶対に守ってくださいね!」


マーガレットの必死の言葉にアラシドは妖艶に微笑むだけで何も答えない。


「破ったら取引はなしですから!」


その言葉にアラシドはチッと舌打ちでもしそうな顔をするとしぶしぶ頷く。


「わかったよ」


アラシドが朝食の席に着くと、それを受けてサリーマがマーガレットを用意された席へと促す。


「よく眠れたか?」


そう問いかけるアラシドに、マーガレットは不本意ながらも頷くと言った。


「おかげさまでとてもよく眠れました」


それを聞いたアラシドがフッと微笑む。


「それは良かった」


アラシドの笑顔は思いの他邪気がなく、マーガレットは本当に気遣われているような気がしてしまう。


(いやいや、取引のためですから)


マーガレットは気を引き締めるといつもの習慣で少量を口に含んで毒見した。

自分の分を口に運ぶ途中だったアラシドはそれを見て手を止める。


「心配しなくとも毒など入っていない。俺に出される料理を作るのは、俺専属の料理人だからな。それでも気になるなら使用人に毒見をさせるが?」


そう言う彼にマーガレットは首を横に振った。


「これは習慣なんです。気にしないでください。ちなみに習慣付けてくださったのは()()()()()ですが」


マーガレットがにっこり笑うと、アラシドはやがて何か思い至ったように目を伏せた。


「なるほど。そういうことか」


彼の反応にマーガレットはああ、と先日かわした会話を思い出す。


(彼とアルカハールは対立しているんだったわね)


おそらく彼はマーガレットたちが道中何度も命を狙われたことを何も知らないのだろう。


その後は特に会話もなく食事が進む。


「俺はこのあと会議があるが昼前には戻る。その時に昨日の話の続きをしよう」


アラシドは朝食を終えると席を立ち部屋の扉へと向かって歩いていく。

だが扉を開ける前にマーガレットを振り返ると言った。


「ああそうだ。魔法を使うのは禁止させてもらう。あんたの婚約者に居場所を特定されると面倒なんでね。わかってると思うがあんたが魔法を使えば俺にもわかる。そしてもし魔法を使った場合は・・・わかってるよな?」


そういうと、今度こそ部屋から出て行った。

マーガレットは、悔しさにぎゅっと唇を噛みしめる。


(昨日の夜のうちに使っておけば・・・私のバカバカ!なんで爆睡しちゃったのよ!)


彼女がアレクと連絡をつけるために真っ先に考えた方法が魔法を使うことだった。

アレクならマーガレットが魔法を使えばよほど距離が離れていない限りほぼ確実に居場所がわかるからだ。

だが魔法が使えるアラシドはそんなことはとっくにお見通しだったらしい。


抜け道を塞がれたマーガレットは、はぁっとため息をつくと残された食事を手早く平らげた。



***



アラシドが戻ってくるまで何もすることがなくなったマーガレットは、居室の外にある庭園をぶらぶらと散歩する。


カザブはとても乾燥していて、砂利が引いてある部分以外は赤みを帯びた色をした砂がサラサラと足元を風にあおられて舞っていた。


後ろからサリーマがついてくる。


せっかくなので色々話を聞いてみようと思いマーガレットは彼女を振り向いた。


「アラシド殿下ってどんな方?」


急に話しかけられたサリーマは数秒固まったが、すぐに回復しいつもの無表情に戻ると言った。


「殿下に関する質問にお答えすることは禁じられております」


「ふーん・・・」


それを聞いたマーガレットはにっこり笑うとさらに質問する。


「あなたはここに勤めて長いの?」


「・・・」


まさか自分のことを聞かれると思っていなかったのであろう。

サリーマは先程よりも長く固まる。

いつまでも回復しない彼女にマーガレットはさらに追い討ちをかける。


「どうしたの?()()()()()()()質問なら答えられるんでしょ?」


「・・・7年になります」


「そうなんだ。じゃあベテランだね。ご家族はいるの?」


「・・・弟が・・・いました」


過去形で答えたサリーマにマーガレットはしまった、と思う。

どうやら踏み込み過ぎてしまったらしい。

そのまま押し黙ってしまった彼女にマーガレットは謝ろうと口を開きかけた。

が、突然サリーマがその場に膝をつき、地面に頭をこすりつけた。


「サ、サリーマ!?」


驚いたマーガレットは彼女に駆け寄る。


「お願いでございます!どうか!どうかアラシド殿下に協力してくださいませ!」


急に様子のおかしくなったサリーマにマーガレットは戸惑い彼女を見つめる。


「わたくしの弟は・・・弟は・・・」


「それぐらいにしておけ、サリーマ」


ハッとしたサリーマは頭を下げたまま動きを止めた。


マーガレットが声のした方を見ると、アラシドが中庭と室内をつなぐドアのふちにもたれて腕を組んで立っていた。


マーガレットはとりあえず土下座をしたままのサリーマを助け起こす。


「こいつの言ったことは気にしなくていい」


アラシドのいっそ冷たい言いようにマーガレットは逡巡する。


「でも・・・」


「こいつは俺の使用人だ。()()()が背負うべきものは何もない」


そう言ったアラシドをマーガレットは驚きの表情で見つめた。

彼が言外に()()()()()()()()()()()と言っているのがわかったからだ。


マーガレットは表情を緩めると微笑んだ。


「そうだね」


そしてサリーマに向き直る。


「最初の質問の答えがわかったちゃった。アラシド殿下は使用人思いの雇い主なんだね」


そう言ったマーガレットにサリーマは初めて泣き笑いのような笑顔を見せる。


「何の話だ?」


話のわからないアラシドは頭にはてなを浮かべながら二人を見比べた。


「なーんでも。こっちの話です」


マーガレットはそう言うとうーんと両腕を天に向かって伸ばしたあと、室内へと戻っていった。

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