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亜麻色の髪の男編 第4話

「はあ、はあ、ア、アガーテをください」


魔石店の女店主は駆け込んできたマーガレットに目を丸くする。


「どうしたんだい、お嬢ちゃん。そんなに急いで」


マーガレットは乱れた息を落ち着かせるように息をする。


「研究がうまくいくかもしれなくて、いてもたってもいられなくて」


「はっはっは。なるほどね。錬成狂いの嬢ちゃんらしい」


女店主はワインレッドの腰ほどまである髪を揺らして笑った。

出るとこの出たスタイルに、泣きぼくろのセクシーな女性だ。

魔石店の黒いエプロンをかけている。


女店主のレネはマーガレットのことを彼女が魔法学園の学生だった頃から知っているので、マーガレットがいかに魔石を錬成することに情熱を注いでいるかもよく知っている。


「ほいよ。好きなのを選びな」


そう言ってレネはアガーテという魔石の入ったカゴをマーガレットに差し出した。


「ありがとうございます、レネさん」


マーガレットはそう彼女にお礼をいうと、魔石を真剣に選びだした。

ここにあるものは同じ価格帯なので、純度や質にそう大きな差はないのだが、少しでも良いものを選びたいと思ってしまうのが人間のサガというものだ。


「これにします」


そういっていくつかを手にとると、レネに手渡した。


「あいよ。毎度あり」


お金を手渡すと、レネが商品を包んで手渡してくれる。


「研究うまくいくといいね」


「ありがとうございます」


マーガレットは礼をいうと、また足早に王宮へと戻っていった。

その後ろ姿をひとつの影が見つめていた。


***


それから数週間、マーガレットは研究室の仮眠室に泊まり込んで寝る間も惜しんで研究していた。

もう何十個魔石を無駄にしたかわからない。


予算を使い切った後は、自分の貯金をはたいて魔石を買った。

最高の魔石の組み合わせで最高の魔法石をつくるために。


すでに89回試作に失敗し、90回目。


「できた・・・」


マーガレットはテーブルに置かれた魔法陣の上で、まばゆいほどの輝きが徐々に収まるのを見ていた。


「できたのか?」


「できたの?」


ウィルとモニカが覗きにやってくる。


マーガレットはそれに答えず、輝きを失った虹色がかった無色透明のこぶし大の石をそっと持ち上げた。


そして、集中し「風よ」と唱える。


「うわ!」


「きゃ!」


豪風が室内に荒れ狂う。

机の上の紙や研究道具が天井へと巻き上げられる中、マーガレットは石をかかげて叫んだ。


「ついにやったわー!!」


***


「所長!所長、できました!ついに完成しました!」


マーガレットが喜び勇んでノックもそこそこに所長室のドアを開けると目に飛び込んできたものは、所長であるアレクの首に腕を回して抱きつく女性の後ろ姿だった。

女性は金色の髪をきれいに結い豪奢なドレスをまとっている。


一瞬何が起こっているのかわからずぼんやりとするマーガレット。

だがアレクと目があい彼が口を開こうとする瞬間、彼女は慌ててドアを閉めた。


「し、失礼しました!」


顔を真っ赤にしてその場から逃げ出す。


(所長が逢いびき!あの所長が!)


足早に研究室へと戻るマーガレットは渡り廊下にさしかかったところで「おーい」と呼びかける声を聞いたので辺りを見回した。


「こっちこっち!」


見ると人懐っこい笑顔を浮かべたウィルが中庭から手を振っている。


「あら、ウィル。何してるの?そんなところで」


マーガレットは木陰に腰掛けているウィルの方へと駆け寄った。


「ん?何って、休憩という名の仕事。休むのも仕事のうちってね」


そういっていたずらっぽく笑う。


「なるほど。言い得て妙ね」


そういってマーガレットはウィルの隣に腰掛けた。


「さっき慌ててたけどどうかしたの?所長のところに研究がうまく行ったことを報告に行ったんだよね?」


「う、うん。まあね・・・」


マーガレットは先ほどの所長室での光景を思い出してしまい、また頬が熱くなるのを感じた。


それを見たウィルは眉を眇める。


「なに?所長となんかあったの?」


「え?何かって?」


きょとんとするマーガレット。

こういったことにとことん疎いのが彼女である。


ウィルはため息をついて質問を変えることにした。


「所長に何かされたの?」


マーガレットはウィルを見つめて言われたことをしばらく考えていたが、やっとその意味がわかりブンブンと首を横に振った。


「ううん、まさか!」


「じゃあ、なんで赤くなってるの?」


ウィルのさらなる追及にマーガレットはバツが悪そうに目をそらせた。


「見てはいけないものを見ちゃった・・・って感じかな」


マーガレットはウィルに話していいかどうか迷ったが、いい大人に彼女がいることなど別に珍しくもないかと思い直し自分の見たものを話した。


「ふーん。所長が女性と逢いびきねえ」


「うん。たぶん貴族のご令嬢だと思う」


自分もそうだからよくわかる、とは思っても口に出さなかった。

さてそろそろ研究室に戻るかとウィンを振り返ると、前回と同じくやけに近くにウィルの顔がある。


「えっと、ウィル。顔近いんですけど」


マーガレットがそう言ってもどんどん近づいてくる。

彼女は後ずさろうとして失敗し、芝生の上に仰向けに倒れてしまった。


(これはひょっとしてマズい?)


覆いかぶさってくるウィルに超鈍いマーガレットもさすがに今の状況がどういうものか理解できた。


「ちょっ、ウィル!やめなさい!」


必死にウィルの体を押し返そうとするが、普段まったく鍛えてない非力なマーガレットの力などまったく役に立たない。


「こらー!やめろってば!」


ポカポカとウィルの胸を拳で叩くが、彼は意に介さずどんどん近づいてくる。

しまいには彼女の両手首をつかみ、地面にぬいつけてしまう。


「ゴホン、ゴホン」


彼の顔がますます近づいてきてあと少しで唇が触れるというところで、わざとらしい咳払いが響いた。


ウィルが離れた気配がしたので目を開けて音のした方を見ると、所長であるアレクが中庭に立って自分たちを見下ろしていた。


ウィルはまたもアレクに邪魔され盛大に舌打ちしたい気持ちだったが、さすがに本人を目の前にしてそれはできず、体を起こすと芝生に寝転がったままのマーガレットも助け起こした。


ウィルの後ろでマーガレットは大きく胸をなでおろす。


(た、助かった〜!所長ありがとうございます!)


感謝の気持ちをこめてアレクの方を見ると、彼はいつも通り微笑んではいるものの目が笑っておらずなんだか凄みのある雰囲気を醸し出していた。


(しょ、所長、めちゃくちゃ機嫌悪い?)


アレクは、とまどいながら自分を見つめるマーガレットの姿を一通り確認すると、ウィルに向き直る。


「ウィル、何をしていたんですか?」


「休憩していただけですよ」


「ほう、あなたのいう休憩とは女性を押し倒すことだと?」


バチっと両者の間に火花が散ったかのような気がした。


「あなたこそ、隅に置けませんね。後ろの女性をお待たせしてもいいんですか?」


そうウィルが言ったのを聞いて、マーガレットは初めて渡り廊下に先ほど所長室で見かけた女性が佇んでいることに気づいた。


金色の髪を優雅に巻き、きちんと化粧を施し、仕立ての良さそうなドレスを着ている。

社交パーティにも一応出席しているマーガレットは彼女に見覚えがあるような気もしたが、やはり思い出せなかった。


ウィルに言われたアレクは不機嫌そうに彼を見つめたまま「彼女はただの知り合いです」と答える。


「ほう、あなたはただの知り合いと抱きしめあうと?」


ウィルがしてやったりという感じで、にやりと笑う。

そこでアレクがわずかに目を見開きマーガレットを見た。


マーガレットはウィルに話してしまったことをものすごく後悔したが時すでに遅し。

ウィルの後ろで必死に頭を下げてアレクに謝罪を伝えようとする。


アレクはそんなマーガレットを見て軽く息を吐き出すと言った。


「彼女は私のいとこです。家族と抱擁するのは普通ではありませんか?」


今度はウィルが悔しそうに視線をそらす。

マーガレットはアレクと女性の関係を勘違いしてしまった自分がものすごく恥ずかしかった。

それと同時に少しほっとしている自分もいて、不思議に思う。


「とにかく研究所内では自粛してください。いいですね?」


アレクはウィルにそういうと、待っている女性の方へと戻っていった。

女性はアレクが来ると彼の腕に自分の腕を絡ませて去っていく。


「あ〜、俺らも戻るか」


気まずそうに目をそらしながらいうウィルに、マーガレットはちょっと仕返ししてやりたくなった。


「ちょっとおイタがすぎるんじゃないの、ウィル」


そう言って彼に詰め寄る。


「うっ」


ウィルはたじろいで後じさった。


「あんまりたくさんの女の子に手を出してるとそのうち刺されちゃうわよ!」


そういうとマーガレットはウィルにくるりと背を向けて研究室の方へと歩き出す。


そもそもマーガレットはウィルが自分に気があるなどとは思っていない。

彼は魔法学園時代もすごくもてていたし、彼の華やかな噂はそういったことに疎いマーガレットですらも時々小耳に挟んでいた。

彼はそういう人なのだとマーガレットは思っていた。


「えっ!おい!お前なんか誤解してない?」


呼び止めてもスタスタ歩いて行ってしまうマーガレットを慌てて追いかけるウィル。


「俺はそんなに軽くないぞ!」


「ハイハイ」


色男もマーガレットにかかれば形無しなのであった。

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