カザブの野望編 第20話
アレクの提案通りマーガレットは次の晩も、その次の晩も体調不良を理由に晩餐を欠席した。
そしてカザブの第二王女の結婚式の日がやってくる。
マーガレットはリチリアの正装に身を包み、アレクにエスコートされて式に参列する。
カザブ式の花嫁衣装に身を包んだ王女と、結婚相手のカザブの貴族男性は皆の前で誓いの祈りを捧げた。
そして式の後は祝いのパーティーへと会場を移す。
パーティーはリチリアと同様の立食形式で行われた。
マーガレットも着慣れた形のドレスを着ることができ胸をなでおろす。
今日はアレクの瞳の色に合わせた淡いすみれ色の総レース地の、胸の開いたロングスリーブにパニエを履かないスレンダータイプのドレスを身につけていた。
上品でありつつもマーガレットのスタイルの良さをこれでもかと強調している。
アレクはリチリアの正装である白の立て襟のシャツに濃い紫のベスト、銀糸で刺繍が施された黒いロングジャケットにパンツといういでたちだった。
会場ではうっとりと彼を見つめる女性の視線がいくつもアレクへと向けられている。
晩餐では見かけなかったが、パーティーにはカザブの正装以外のの装いをした女性もちらほらと見かけた。
他国から招かれた王家、または貴族の女性たちだろう。
(もしかしてあの晩餐に招かれた女性は私だけだったのかしら。そうだとすれば、所長の言っていた”私の失態を誘おうとした”という説がますます信憑性をおびるわね)
マーガレットは会場でアレクの隣に並んで今夜の主役である王女とその結婚相手の登場を待ちながらそう考えた。
やがて主役の二人が会場へと入り拍手が鳴り響く。
二人が参列者へ感謝を述べると皆に飲み物が配られ、王の音頭で乾杯をしたあとパーティーが始まった。
マーガレットは手にした飲み物に口をつけずに手近なテーブルへと置くと、アレクとともに会場内を移動しながら周辺諸国の貴賓へと挨拶する。
一応毒を盛られることを避けるため、食べ物は大皿に盛られているもののみ食べることにし、飲み物は万が一を避けるために一切口にしないことに決めていた。
マーガレットは挨拶に回りながら思ったよりも色々な国の参列者がいることに驚いた。
(まあ本音は断れなかったからでしょうけど)
おそらくカザブの軍事力を恐れてなるべく角を立てないために参加している国がほとんどだろうとマーガレットは考える。
「これはリチリア国のアレックス殿下」
挨拶がひと段落つき一息ついたところでアレックスに声がかかる。
マーガレットとアレクが声のしたほうを見ると、金の刺繍が施された黒い服に黒いマントを身につけた年若い男性が立っていた。
長い黒髪をそのまま流していて、彼の黒い瞳にはどこか影がある。
「これは・・・ツィツェン国のラドゥ殿。お久しぶりです」
やや戸惑うような表情を見せながらアレクが挨拶をする。
マーガレットが誰だろうと思いながら眺めていると、アレクが紹介してくれた。
「こちらはツィツェン国の第二王子ラドゥ殿下です。私がツィツェン国へ留学した時に机を並べて学んだ仲です」
ラドゥがマーガレットに向かって礼をする。そしてアレクはマーガレットをラドゥに紹介した。
「こちらは私の婚約者のマーガレット嬢です。以降お見知り置きを」
アレクの紹介を受けてマーガレットが淑女の礼をする。
「マーガレットと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
するとラドゥは彼の背後に隠れるようにして立っていたラドゥと同じ黒髪黒目をした小柄な女性を前へと促した。
「私の婚約者のメイです」
メイはそう紹介されおずおずと前に進み出てちょこんと礼をした。
「メ、メイと申します。よ、よろしくお願い、いたします」
そしてさっとラドゥの影に隠れてしまう。
どうやらかなり人見知りのようだ。
そんな彼女をマーガレットはじっと見つめた。
(なんかどこかで見たことあるような・・・)
マーガレットはメイに既視感を覚えたが、その理由は考えてもわからなかった。
「かわいらしい婚約者殿で」
そう言ったアレクにメイはポッと頬を染めるが、ラドゥはハンと笑った。
「白々しい。そんな美人の婚約者を連れておきながら。偽善ぶった態度は相変わらずだな」
そう言ってギラリとアレクを睨みつける。
ラドゥの後ろではメイがしぼんだ風船のようにしょんぼりとしてしまった。
「偽善も何も本心ですが」
アレクが困ったようにそう言うと、ラドゥは今度はそれをフンと鼻で笑う。
「勝ったつもりでいるのだろうが今に見ているがいい。お前がその澄ました顔をいつまで保てるか楽しみだ」
ラドゥはそう言うと、メイを置いて足早に去っていった。
メイはラドゥが去った後、何か言いたげにしばらくそこに佇んでいたが、やがてラドゥが自分を呼ぶ声が聞こえると「申し訳ありません!」と言って、マーガレットとアレクに頭をさげラドゥの元へと駆けて行った。
マーガレットはぽかんとそんな遠ざかっていった二人を眺めていた。
「なんですか?あれ」
マーガレットの疑問にアレクがハァと大きなため息をつくと言った。
「彼は留学時代から私を過剰にライバル視してまして、ことあるごとにああして突っかかってくるのです」
「そうなんですか。喧嘩でもしたんですか?」
マーガレットの質問に、アレクが苦虫を噛み潰したような顔になる。
「喧嘩というか・・・まあ、彼が情熱的すぎると言いますか」
「???」
マーガレットは意味がわからず頭上にハテナマークを浮かべる。
「特に重要なことではありませんよ」
アレクはそう言って微笑むと、マーガレットをテーブルへと誘う。
「そろそろ食事にしましょう。お腹が空いたでしょう」
そうして二人は色とりどりの豪華な食事が盛り付けられたテーブルへと連れ立って行ったのだった。
***
その後もパーティーは和やかに進み、やがてお開きの時間となった。
マーガレットもかなり警戒して常にアレクと共にいるようにしていたので、何事もなく過ごすことができた。
会場から出て、さあ部屋に帰ろうと薄暗い明りに照らされた廊下をアレクとマーガレットが進み始めたとき、他国の貴族と思しき女性がアレクを捕まえて声をかけた。
マーガレットは部屋へ帰る人の波を遮らないように大きな支柱のそばへとよける。
そこでアレクを待っていると、突然彼女の背後から腕が伸びてきた。
その腕はマーガレットを捉えると、布を持った大きな手で口をふさぎ柱の影へと姿を消した。
話を終えたアレクがマーガレットのいた場所へ戻ってきたとき、そこにはただ夏の夜の生ぬるい風が吹き抜けるばかりだった。




