カザブの野望編 第12話
滞在予定の領主の館に到着すると、アレクは館の人間が出迎えに来る前に皆を見回して小声で言う。
「ヤツらもあとがありません。何をしてくるかわからないので、十分注意するように」
皆はそれに頷くと、出迎えにきた館の人間に対応するべく動き出した。
「よこそいらっしゃいました」
そう言って進み出たのは厳しそうな印象のある壮年の男性だった。
身なりから察するにおそらくこの館の主だろう、とマーガレットは思った。
「私はゲオルグ・バルビゼと申します」
ゲオルグはそう自己紹介すると、自分の後ろに控える女性を前へと促し彼女を紹介した。
「私の妻のパトリシアです。お見知り置きを」
華奢で儚げな印象の女性が紹介を受けては前に進み出た。
彼女はゆっくりとカザブ式の淑女の礼をとる。
「パトリシアと申します。手狭な場所ではありますが今宵は我が家でゆっくりと旅の疲れをお取りください」
そう言って顔を上げた彼女はヒタとアレクを見つめた。
アレクはそれに対し怪訝な顔するが、今は一刻も早くジョシュアを安静にさせなければならない
「ご丁寧な挨拶痛み入ります。それで早速なのですが、王子殿下が道中ケガを負われまして」
それを聞いた領主ゲオルグは険しい表情をして言う。
「それはいけませんな。すぐに部屋まで案内させましょう」
そう言うと後ろに控えていた使用人に指示を出す。
騎士の一人がジョシュアを背負い、館の使用人に案内してもらいながら部屋へと急いだ。
医師を呼ぶというゲオルグの申し出を、アレクは丁重に断った。
解毒剤を作るために必要な薬草は今フォルが街へ買いに行っている。
毒の種類が判明している以上、医師の診察は必要ないとアレクは判断した。
しかし、と食い下がるゲオルグをアレクは心配は無用だと説得し部屋から追い出す。
ここが敵国である以上、医師が信用できるかどうかもわからない。
余計な不安の種はなるべく増やしたくはなかった。
ジョシュアのそばではメグが付き添い彼の様子を伺っている。
半刻ほどしてドアのノックが響き、フォルが街から戻ったと告げた。
マーガレットがドアを開くと、走ったのであろう、少し肩で息をしているフォルが部屋へと入ってきた。
そして手に持っている麻袋をドアのそばまで受け取りに来たメグに渡す。
「ありがとうございます」
メグはフォルにお礼をいうと、先ほどと同じ四角いカバンから調合用の道具を出しテーブルの上にテキパキと並べ、薬草を擦りつぶし始めた。
部屋にいろんな薬草の匂いが充満ししばらく経った頃、メグの声が部屋に響いた。
「できました」
彼女が手に持っている小皿には緑色のどろっとした液体が入っている。
それを見て思わず眉をしかめる一同。
(飲むのが自分でなくてよかった)
皆目をそらしながら密かにそう思い、ジョシュアに向かって心の中で同情する。
メグはジョシュアの枕元にやってくると彼の頭を支え起こし薬剤を口へと流し込んだ。
症状が前より緩和されていたためか、今度はすんなり飲むことができた。
薬を飲み干したジョシュアの頭をメグがそっと元に戻す。
そこへ館の使用人が来て、夕食をそれぞれの部屋へ運ぶ旨を伝えた。
おそらくこの状況で晩餐など開いている場合ではないと領主が判断したためだろう。
了承の意を伝え使用人が去ると、部屋の中に沈黙が訪れる。
(お願い、効いて)
マーガレットは祈るような気持ちでジョシュアを見ていた。
メグの腕が確かなのは知っているが、実際にジョシュアが快方に向かうまでは安心できない。
「薬が効いてきたようです」
しばらくした後、メグはそう言って皆を見回した。
見ると青白かったジョシュアの頬に赤みがさし、呼吸もいっそう穏やかになっている。
それを聞いて一同はやっと心底胸をなでおろす。
「まったく、寿命が縮みましたよ」
そう言って眼鏡のブリッジを指で押し上げるフォルに皆が同意して頷いた。
安心したせいか、皆の表情がゆるむと同時にその顔に疲労が滲んだ。
「メグ、ありがとうございます。あなたのおかげでジョシュアが助かりました」
そういうアレクに、メグはゆるゆると首を振る。
「持ちこたえられたのはひとえにジョシュア様の体力ゆえです。お褒めの言葉は彼に」
アレクはそんなメグに苦笑する。
実際どんなにジョシュアの体力があろうと、解毒剤がなかったら助からなかったのは誰の目にも明らかだった。
だがここで押し問答するのも無意味だと考えたアレクは、国に帰ってからメグに謝礼を送ることを密かに心に決めた。
「ジョシュア様には私がついていますので、皆さんはお食事をしてください」
そう申し出たエレナの言葉にうなずくと、皆それぞれ自分の部屋へと移動した。
メグとマーガレットがメグに与えられた部屋へ行くと、ほどなくしてメグの分の夕食が運ばれてきた。
「私は大丈夫ですので、お嬢様も食事をとってきてください」
夕食の席に着いたメグがマーガレットを見て言う。
だが、主人の食事中に彼女をほっぽり出して侍女が食事をとりに行くのは不自然な気がしたので、結局いつも通りメグの夕食の世話をして食堂に降りることにした。
メグが食事をすませると、マーガレットは客間のある二階から、厨房のある一階へと移動する。
そして厨房にいる人に声をかけ自分の分の食事を出してもらうと、少量口に含んで毒味をしてから無言でそそくさと平らげた。
毒味にも慣れたなあ、と彼女は自分のこれまでの旅を少し感慨深く思った。
厨房の人にお礼を言ってメグの部屋に戻り、メグと一緒に再びジョシュアの部屋へと向かう。
ノックをすると、エレナが部屋のドアを開け中へ入れてくれた。
ジョシュアはベッドの上で穏やかな寝息を立てている。
「エレナさん、代わりますので食事をしてきてください」
ジョシュアのベッドのそばの椅子に座るエレナにマーガレットがそう言うと、彼女はお礼を言って部屋から出て行った。
しばらくするとアレクとフォルもジョシュアの部屋へ再びやってきた。
「よく寝ていますね」
アレクはジョシュアの寝ているベッドのそばに立つと、彼の穏やかな寝顔を見て言った。
「はい。解毒剤が良く効いているようです」
ベッドの反対側に立つマーガレットがそれに答える。
「今日は私とフォルが交代でジョシュアにつきます。万が一ということもありますので」
そう言ったアレクをマーガレットが見る。
つまりアレクは何者かが弱った王子を屠りに来る可能性があることを心配しているのだろう。
「マーガレットとメグは部屋へ戻って鍵をかけ一歩も外へ出ないでください。この館の人間が訪ねてきても理由をつけてドアを開けないように」
そういうアレクに二人は頷いた。
今夜はジョシュアの警護で人員を割くためにメグとマーガレットの守りが手薄になるのを心配してのことだろう。
メグは強いので大丈夫だろうが、マーガレットはもし襲われた場合間違いなく足手まといになる自信があった。
皆の邪魔になるぐらいなら、おとなしく部屋でじっとしている方がずっとマシだ。
それにおそらくメグは何かあったときに身を挺してマーガレットを守るだろう。
マーガレットが部屋で大人しくしていることはすなわちメグの身を守ることにもつながる、と彼女は考えていた。
二人はジョシュアの部屋を出てメグの部屋へと戻ると、言われた通りに鍵をしっかりかけた。
そして順番に湯浴みをすると寝る支度を整えた。
マーガレットはベッドに入る前に二人分のお茶を入れる。
いつもならメグが「私がいれます」とマーガレットをとめるところだが、メグもさすがに疲れたのか口数がいつにもまして少なくそこまで気をまわす余裕もないようだ。
それもそのはず。
リチリア国第三王子の第一騎士であるジョシュアの命がかかっていたのだから、彼を実質自分一人で救わなければならなかった彼女の肩にかかるプレッシャーは相当なものだっただろう。
「メグ、お疲れ様。ジョシュアを救ってくれてありがとう。メグがいてくれて本当に良かった」
マーガレットはソファに座る彼女の隣に腰掛けると彼女に言った。
メグはマーガレットを見てその表情に疲れをにじませながらも微笑む。
「お役に立ててよかったです。色んな毒を勉強していた甲斐がありました。それにジョシュア様には悪いですが毒の症状もよく観察できましたし一石二鳥でした。毒って人に試すわけにいかなし、自分で試すと寝込むしでなかなか難しいんですよね」
それを聞いてマーガレットは頬を引きつらせる。
「まさかメグが家で時々調子悪そうだったのってもしかして…?」
「はい。毒の味や香りを覚えるためと、症状を観察するために自分で服用してました」
やはり自分の侍女は只者ではない…
マーガレットは思ったより元気そうなメグに安心しつつも、彼女の変人っぷりに今更ながら引いたのだった。




