亜麻色の髪の男編 第3話
舞踏会も無事に終わり、また研究漬けの日々に戻ったマーガレットは悩んでいた。
思っていたような研究成果が出ないのだ。
「やっぱり石の組み合わせが悪いのかしら。それとも術式?」
マーガレットは、うーんと頭を抱えて唸る。
「どうしたの」
そこへ外出から帰ってきた同僚のウィルが声をかけてきた。
今日もいつもどおりあざやかな赤髪の男前っぷりだ。
魔法研究所内の女性の間で密かに人気があるのをマーガレットは知っている。
「モニカは一緒じゃないの?」
確か一緒に出て行ったはずだけど、と思いウィルに聞くマーガレット。
「ああ、なんかまだ買いたいものがあるっていうから俺だけ先に帰ってきた。で、何悩んでるの?」
そう聞くウィルに、マーガレットは眉を下げて答える。
「出来上がった魔法石に期待してたような効果がでなかったの」
「へー、どれどれ?」
ウィルは後ろからかがみこんでマーガレットの前に広げられている研究レポートを覗き見る。
「何かわかる?」
そう言って振り返ると思った以上に近くにウィルの顔があってマーガレットは驚き固まる。
鼻がもう少しで触れそうな距離だ。
間近からウィルの緋色の瞳がマーガレットのオレンジ色の目をじっと見つめてきた。
マーガレットはウィルの瞳の色を自分の目の色に少し似ているかもしれないとぼんやり考える。
(って、さっきより顔が近づいてませんか!?)
慌てて顔を逸らそうとするマーガレットより少し早く、研究室にノックの音が響いた。
ウィルが扉の方を舌うちしそうな顔で睨む。
マーガレットはその影でホッと胸をなでおろした。
ウィルがドアまで行き開けると、そこには珍しく所長であるアレクが立っていた。
***
「・・・」
「・・・」
マーガレットと若き所長は、向かい合って所長室のソファに座っている。
マーガレットの前にあるローテーブルにはいれたての紅茶と、お皿に盛られたお菓子が置かれていた。
(所長って意外と甘党なのかしら)
マーガレットはその山盛りのお菓子を見つめて考えた。
するとアレクがマーガレットの考えを呼んだかのように苦笑いする。
「ああ、このお菓子は王宮の知り合いからの差し入れです。甘いものは正直苦手なので召し上がっていただけると助かります」
(ああ、なるほど。私はお菓子消費要員ってわけね)
マーガレットは納得した。
いったいなぜアレクとお茶をする状況になっているのか理解できなかったのだ。
女子=甘いもの好きはどの世界でも共通であり、アレクもそう考えてマーガレットを呼んだのだろう。
そしてその考えは間違っていない。
マーガレットは研究の合間に甘いものを食べるのが大好きだ。
「では遠慮なくいただきます」
マーガレットは皿の上のクッキーをひとつ摘んで口に運んだ。
「おいしい・・・」
しっとりとした生地にバターの濃厚な香りが広がる。
(さすが王宮からの差し入れ!)
マーガレットがうれしそうに頬を緩めるのを、アレクは目の前でニコニコしながら見ていた。
しばらくまったりとした時間が過ぎる。
「それで研究の方は順調ですか?」
お菓子を咀嚼し終わり紅茶を口に運んでるところへ突如そう聞いてきたアレクに、マーガレットは紅茶を吹きそうにるのをなんとか我慢して答えた。
「えっと・・・今行き詰ってまして・・・」
「そうですか。もしよろしければ、研究経過を見せていただいても?」
「もちろんです」
もともとその話だろうと思っていたので、経過を記したレポートは持ってきている。
マーガレットが差し出した紙の束をアレクが受け取る。
そこにふとアレクの手が目に止まり、モニカの言っていた言葉を思い出した。
(確かに、長くて綺麗な指してる)
じっと自分の手元を見つめるマーガレットの視線を不思議に思ったのかアレクが顔を上げた。
そこで彼女は勤め1年経つにもかかわらず、初めてまともにアレクの顔を見た。
アレクと会う機会は企画書の承認をもらう時と、できた魔法石の報告をするときぐらいなので、ほとんど顔を合わせないのだ。
そしてそもそもマーガレットは錬成以外にはあまり興味がないので気にしていなかったというのもある。
無造作に束ねた銀の髪、切れ長のすみれ色の瞳に、涼しげな口元。
確かに顔もモニカの言っていた通り男前のようだ。
(ん?この顔どこかで見たような?)
マーガレットは最近どこかで似たような顔を見たような気がするのだが思い出せない。
何しろ、錬成以外のことに関してマーガレットの記憶力はアリンコ並みなのだ。
「そんなに見つめられると照れてしまいますが」
微苦笑しているアレクを見て、マーガレットが不躾にも彼の顔をじっと観察してしまっていたことに気づいた。
「も、申し訳ありません!」
マーガレットはガバッと頭を下げる。
人の顔を正面からジロジロ観察するなんて失礼極まりない。
「いえいえ、美人に見つめられるなんて光栄ですよ」
アレクはそういって笑うとレポートに目を落とした。
(美人・・・所長もお世辞とかいうんだ)
マーガレットは少し意外に思いながら、アレクがレポートを読み終わるのを待った。
実際マーガレットは人に聞けば10人中9人は美人だというぐらいの容姿をしている。
艶やかな栗色の髪に、大きなアーモンド型の目の中には鮮やかなオレンジ色の瞳、赤く色づいた小さめの唇という出で立ちだ。
ただマーガレット自身、自分の容姿に関しても貴族令嬢にしては珍しくかなり無頓着だった。
「このトリファーネという魔石をアガーテという魔石に変えてみたらどうですか?」
「えっ?」
アレクがレポートを読んでいる間、手持ち無沙汰に所長室を眺めていたマーガレットは、突然かけられた声に驚いて振り向いた。
正直なところアレクにアドバイスなど期待していなかったので、レポートを読んで終わりだと思っていたのだ。
アレクはレポートのあるページをめくりそこを指差しながらマーガレットに見せた。
「トリファーネという魔石は確かにほとんどの魔石との相性がよく触媒にするには最適のように見えますが、このシトリーネという魔石に関してだけは効果を相殺してしまいます」
「そう・・・なのですか?」
マーガレットは信じられない気持ちでアレクを見つめた。
自分が何日も悩んで気づかなかった点を、目の前にいる野暮ったい(失礼)所長はレポートを読んだだけで見抜いたのだ。
「ええ、その点アガーテならどの魔石の効果も相殺することなくうまく混ざり合うと思います。ただ錬成してみるまでなにが起こるかわからないのが錬成術ですから、くれぐれも慎重に実験してください」
「はい。それはもちろん」
マーガレットはレポートを受け取り、アレクに気なったことを聞いた。
「あの、所長は錬成にお詳しいんですか?」
そんなアレクは眉をさげて微笑む。
「いいえ、少しかじった程度です。この石の組み合わせはたまたま自分が使ったことがあったから知っていたにすぎません。私の錬成の知識などあなたの足元にもおよびませんよ」
「そうなんですか」
それでも今まで自分以外に錬成をたしなんだ人間は誰一人としていなかった。
話ができるというだけでも、マーガレットの気分はかなり高揚した。
それからマーガレットは錬成についてアレクと話をし、ルンルン気分で所長室を後にした。
が、廊下を歩いている途中でハタと気づき猛然と研究室に向かって走り出した。
一刻も早くアレクの指摘した箇所を修正して実験したくなったのだ。
マーガレットは研究室に着くなりすごい勢いでウィルの前を駆け抜け、また猛然と研究室を出て行った。
「あ、マーガレッ・・・」
「ちょっと買い出しに行ってきます!」
後には手を中途半端に伸ばしたウィルが残されるのみだった。