カザブの野望編 第11話
翌朝、朝食をとるため食堂に行くと、首の詰まったドレスを着たイラリアがいた。
部屋に入ってきたアレクに目を止めるとギクリと顔をこわばらせるが、そのあと強気にもフンと顔をそらせる。
アレクはそんな彼女を視界にもいれない。
彼は壁のそばに立って控えると、テーブルについている皆が食事を終えるのを静かに待った。
そして出発の時、玄関に立つイラリアや使用人に見送られて一行は館を後にした。
(ふ〜っ、今回もなんとか無事?にすんだわね)
マーガレットは馬車の中で疲れたように背もたれに身を預ける。
しかし、本当に気をつけなければならないのは道中だ。
マーガレットはこの気の抜けない旅が早く終わって欲しいと心から願うのだった。
***
荒れた土地を越えると広大な森が見えてきた。
マーガレットたちはもう一泊、領主の館に滞在してからカザブの首都リンガンへ入る。
今夜滞在する領主の館は首都からそう遠くないので、もしカザブが街中での戦闘を避けたいと思っているなら、この道中で最大限の戦力を差し向けてくるだろうとマーガレットは思っていた。
そしてその予想は当たることになる。
森の中をしばらく進んだところで、ヒヒーンという馬のいななきとともに馬車が止まる。
「刺客だ!」
騎士の声に続いて、カン、キンという剣戟の音があちこちで響きだす。
それを聞いて王宮侍女のエレナがさっと馬車の窓のカーテンを引いた。
そして声を低くしていう。
「マーガレット様、身をおかがめください。絶対に外に出てはなりませんよ」
そしてマーガレットの体を馬車の椅子と椅子の間に押し込むと、その上から彼女に覆いかぶさるようにして自分も身をかがめた。
「王子を狙え!銀の髪の男だ!」
刺客のものと思われる声が響いた。
(所長、ジョシュア、みんな・・・どうか無事で・・・!)
マーガレットは外で戦っている彼らの無事を強く強く願った。
馬車の外では騎士に扮したアレク、アレクに扮したジョシュアとリチリアの四人の騎士が十数人の刺客と戦っていた。
アレクは敵と仲間が入り乱れる状況に、魔法が使いづらくて舌打ちする。
だがリチリア側はさすが精鋭ぞろいだけあって、人数では圧倒的に不利なものの戦力は拮抗していた。
中々事が思うように運ばない相手が焦れ始め、馬車の中にいる人間を狙おうと、メグとフォルの乗った馬車に駆け寄りドアを開け放つ。
「しまった!」
ジョシュアが慌てて馬車に戻ろうとするが、メグの腕をつかんで引きずりだそうとした刺客がその場に音もなく崩れ落ちた。
当のメグは、地面に横たわる刺客を毛虫でも見るような目で見ると、パッパッと刺客に掴まれた自分の腕を払っている。
そして元どおりパタンと馬車のドアを閉めた。
「そうだった。彼女が強いの忘れてた」
ジョシュアはニヤリと笑う。
「じゃあこっちはこっちで遠慮なく戦わせてもらうぜ!」
そう言って、斬りかかってきた刺客の剣を自分の剣で受ける。
その頃には刺客の人数も半数まで減っており、焦った彼らは今度は後ろの馬車に目をつけた。
「くそお!」
そう言ってマーガレットとエレナの乗っている馬車に向かって走り出す。
そんな刺客の前に一頭の馬が立ちはだかった。
「この馬車には指一本触れさせませんよ」
そう言うとアレクは男に向かって手をかざす。
「風よ」
アレクがそう唱えた瞬間、無数のかまいたちが男を襲った。
風の刃に切り裂かれ崩れ落ちる男。
それでも威力の衰えないかまいたちは周囲の木を無残に切り刻んでいく。
「どうも杖がないと魔力のコントロールが甘くなりますね」
アレクはそれを見てひとりごちた。
残すは刺客数人のみとなり、状況の不利を見てとった男たちは逃げるように引き上げて行く。
「へっ、余裕だな」
ジョシュアはそれを見て剣を振り払い、鞘におさめながら笑った。
四人の騎士たちも軽い傷を負いながらも無事だ。
アレクにいたっては完全に無傷である。
マーガレットたちの乗る馬車のドアを開け彼女たちの無事を確認したアレクは、ドアを閉めるとジョシュアの方を見る。
その時。
「ジョシュア!」
一本の矢がジョシュアの肩をさし貫いた。
その場に崩れ落ちるジョシュア。
アレクはすかさず矢の放たれた方向一帯に稲妻を落とす。
「ぐああ!」
叫び声がしたあと、ドサリと男が木から落ちた。
男は白眼をむいて、体から煙を上げながら倒れている。
急いでジョシュアに駆け寄るアレク。
ジョシュアは騎士の一人に助け起こされている。
「へへ、油断しちまったな」
そういうジョシュアの顔色は悪い。
何事かと馬車から出てきたメグは、倒れたジョシュアの様子を見て血相を変える。
そして駆け寄って彼の傷口を確かめると言った。
「毒が仕込まれています」
同じく馬車から出てきたマーガレットとエレナはそれを聞いて顔を青ざめさせる。
「どんな毒かわかるか?」
ジョシュアのそばに屈みこんだアレクはメグに聞く。
「矢を抜いてそこに付着している毒を調べればわかります」
「わかった」
アレクはそう言って頷くと、ジョシュアを仰向けに寝かせる。
彼の顔は青ざめ、だんだんと呼吸も苦しそうになってくる。
時間がないと見てとったアレク。
「ちょっと痛むけど我慢してください」
そうジョシュアに言うと彼の肩に刺さった矢を一気に引き抜いた。
「ぐあ!」
呻いたジョシュアは恨めしそうな目でアレクを見て言う。
「おま・・・ちょっと、じゃ、なく、痛えよ」
アレクはそんなジョシュアに肩をすくめてみせると、抜いた矢をメグに渡した。
メグは鏃を指でなぞり、その指を赤く小さな彼女の舌でぺろりと舐める。
そして少し思案してから言った。
「材料があれば解毒剤を作ることができると思います。ですがあいにく今は持ち合わせていません。時は一刻を争いますので、私が持っている似た毒の解毒剤を用いてひとまず症状を緩和し、今夜の滞在先に到着ししだい街へ降りて材料を調達して、きちんとした解毒剤を作りたいと思いますがよろしいですか?」
そう言ったメグにアレクは真剣な表情でうなずいた。
「お願いします」
メグはそれを受けてうなずくと、マーガレットたちの乗ってきた馬車へと走った。
そして自分の荷物から一つの箱を引っ張り出すと、それを持ってジョシュアの元へ駆けもどる。
メグはジョシュアの横に座り、持ってきた箱を開けると、ズラリと並ぶ試験管の中から一本を選んで取り出し栓を抜いた。
箱の中には試験管の他に無数の針やその他よくわからないものが並んでいたが、一同はそれを見て一瞬顔を引きつらせつつも、今そのことについて言及するものは誰もいなかった。
メグはジョシュアの頭を自分の膝に抱え起こすと、彼の口に試験管を近づけ飲ませようとする。
ジョシュアはまだかろうじて意識があるのか、必死に飲み込もうとするがうまくいかず、解毒剤が彼の口の端からこぼれ落ちてしまう。
それを見たメグは試験管の中身を一気に自分であおると、そのままジョシュアに深く口付けた。
それを見たマーガレットはちょっと赤くなりなんとなく目をそらしてしまう。
ジョシュアの喉仏が上下に動き、解毒剤を嚥下していく。
メグは口に含んだすべての解毒剤をジョシュアに飲ませ終わると、顔をあげて手の甲で口元を拭って言った。
「これでひとまず大丈夫なはずです」
それを聞いた一同はほっと胸をなでおろす。
「解毒剤が効いてくるまでに時間がかかりますので、彼を馬車の座席に横にならせ先を急ぎたいを思いますが」
メグはそう言ってアレクを見る。
「もちろんです。ここにいつまでも留まるのは安全とは言えません。先を急ぎましょう」
アレクはメグの言葉にそう言うと、騎士に手伝わせてジョシュアを馬車の中に運び込み座席へと横たえる。
そのあと、メグとフォルも彼が寝ている向かいの座席に隣り合わせに馬車に乗り込んだ。
(メグがいてくれて本当に良かった)
マーガレットはジョシュアが大事に至らないことにほっとして思わずにじんだ涙をぬぐいながら自分も馬車へと急いだ。




